29.Qualia

大きな、箱型の装置が飾られていた。

「これは?」

「“Qualia”は『世界を一つにする』ために開発された装置です」

「哲学的だな」

「実際、哲学の問いでしたから。『クオリア』というものを知っていますか?」

「人の見る世界と、自分の目で見る世界が同じとは限らない――みたいな」

「その通りです。人は、他者の『赤』と自分の『赤』が同じ様に見えているという確証を得られない。それはあくまで感覚に根差すものですから。この機械は、それを一つに統合する装置です」

「統合?」

「この装置の影響下に入った人間は、これを起動した人間と同じ世界を見ることになります」

それは、実際に人の見る世界は違うものだったということだろうか。

「人の見る世界に、同じ『色』は一つとしてないのだそうです。この装置の開発者に寄ればですが」

「他の人間は?これを試した人間はなんて言ったんだ?」

「この装置の被験者のコメントは存在しません」

「どうして」

「一人残らず発狂したからです。その後に兵器としての軍事転用が試みられましたが、実用段階には至らず放置されていたものを当博物館が回収しました」

「装置が不完全だったってことか?脳に損傷を与えるとか」

「いえ。この装置そのものは仕様通りに完成し、完璧に動作していました」

「なら、何でそんなことに」

「この装置を開発した科学者曰く、『他者の目から見た世界は地獄そのものなのかもしれない』と」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る