第163話 プロト・エンチャント

「確か呪文は、我資格を持つ者なり、声に応えよ魔法、標に集いて我を助けよ、だったよね」


「あ、あぁ……」


 メネウの突飛な要求にレオは多少怯みながら答えた。先ほど取り落とした杖をしまって、さらの杖を取り出す。この杖には何の魔術式も書き込んでいない。


「たぶん、標って限定してるからさらの杖だと発動しないんだと思うんだよ。我が杖、とかにしてみたらどう?」


「だ、だってそうしたら魔術式は」


「あるでしょ?」


 そう言ってメネウはレオの頭を指差した。


 レオは不思議そうに額を抑え、暫く何を言われているのか分からなかったのだが、はっと思い至った。


 魔法は魔術式を『覚えて』発動するもの。レオの頭の中には何度も杖に刻んだ魔術式が残っている。


 今やろうとしているのはエンチャントの魔法。魔法ならば、魔術式を『覚えて』いるレオならば発動するはずだ。


「でも、失敗したら……」


「その時はまたさらの杖を買ってあげる。実験に失敗はつきものだよ。さぁ、やってみよう」


 メネウの目は新たな可能性にきらきらと輝いていた。言っている事は間違っていない、だが言ってる様子は新しいおもちゃを見つけた子供のように無邪気に喜んでいる。


 メネウはレオの魔法が成功すればいいと本気で思っているのだ。


 そして何より、成功する事をレオより信じている。


「……失敗したら、新しい杖頼むぞ。安くないんだから」


「分かってる分かってる。じゃあお願い」


 レオは溜息を吐いて、また魔物を探した。この辺には低級の魔物がうろうろしている。一体のスライムに目を付けてさらの杖を取り出した。


「レオ! 嬉しかった事を考えるのを忘れずにね!」


「……! わかってる!」


 すっかり忘れていた。木の魔法は喜びの魔法。心の中に喜びを見出す事で威力や成功率がぐっとあがる。


 レオは喜ばしい事を考えようと目を閉じた。やはり、先程木のエンチャントが成功した事がすごく嬉しかった。その後の事は今は忘れて、あの時の高揚した気分を思い出す。


「我資格を持つ者なり、声に応えよ魔法、我が杖に集いて我を助けよ……」


 草原の上を風が走った。レオを中心に大きな渦を描き、杖は反応して魔力を帯びて光っている。


 魔術式なら完全に頭に入っている。どんな魔法なのかもイメージできている。


 失敗は考えない。先ほどの成功した事だけを無心に思い浮かべる。


「エレメントチャージ・ウインド!」


 レオの言葉に反応して、緑に光っていた杖に魔法が収束する。


 小さな風を幾重にも纏った『木のエンチャント』が成功した杖が出来上がった。


 これで先程と同じように魔物を倒せれば成功だ。


 レオはごくりと生唾を飲み込むと、目当てのスライムに向って杖を振った。


 風の刃が飛び出し、スライムに命中する。スライムは斬撃耐性はあるが魔法には弱い。一撃で結晶へと姿を変えた。


「…………!」


 レオの喜びは声にならなかった。喜んでいるというより、信じられない気持ちで自分の杖を両手で掲げて見ている。


 ホーンラビットが目の前を通りがかる。それにも魔法を放つ。成功する。杖の魔法はまだ解けていない。


 レオはメネウたちを振り返って声にならない声をどうしていいかわからず、口を開けたまま彼らを見た。


「おめでとう!」


 メネウは嬉しそうに笑って、今度は駆け寄る前にラルフに襟首を掴まれて、その場で拍手した。


 この世界で初めてのエンチャント魔法の使い手が生まれた瞬間である。それに立ち会えた事がメネウは嬉しくて仕方がなかった。


「……あ、ありがとう」


 レオはそういうと、嬉しそうにはにかんだ。そうすると本当に(いや、本当の少女なのだが)少女のように見える。


「レオ、凄いよ! 君は凄い事をしたんだ! まだきっと研究も実験も必要だと思う、だけど、一回成功した事は君を裏切らない」


「お、おう! この調子で他のエンチャントも研究してやる!」


「うん! 成功したら教えてね、きっとだよ。絶対にこの国に戻ってくるから!」


 メネウはじたばたともがいてラルフの手から逃れると、レオと手に手を取り合って喜んだ。


「ふぉっふぉっふぉ、なればそろそろ、本番といこうかの」


「そうだな、ゴブリンの巣の掃討。レオのエンチャントが使える事は分かったが、無理に実践で使おうとしなくてもいい。練習したければ使ってもいい、隣にメネウがいるからな」


「うん、何があってもレオの事は俺が守るよ。だから好きなように戦っていいからね」


 本来女性とはこういった事を言われたら喜ぶものなのだろうが、レオはメネウのつま先から頭のてっぺんまでをじろじろと見て、首を傾げた。


 どうみても魔法使いだ。近接で迫られたら終わりじゃないのか、と思う。


 守るよ、と言われてもいまいち信じがたいようだ。遠慮ない視線はメネウにも通じるものだった。


 苦笑して、自分のステータスを一部表示にして見せる。


「改めて、俺は召喚術師のメネウ。大丈夫、俺の召喚獣は強いからね。あと俺も、たぶん強いと思う」


 たぶん強いと思う、どころの話では無いが、召喚術師が不遇職だという事くらいは研究一筋のレオでも知っている。


「ワイルドベアでも呼び出せるのか……?」


「いや? その魔物は呼び出せない」


「……期待しないで自衛に勤める事にする」


「そうだね、自分の身は自分で守れるのが一番だ」


 遠回しにメネウの評価が下がっているのだが、メネウは委細気にしなかった。大事なのは皆が怪我をせず依頼を成功させる事。これだけである。


「じゃあ行きますか、ゴブリンの巣!」

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