第162話 やる気を削ぐ天才

 レオは驚嘆し、未だ炎の宿るラルフの剣を茫然と眺めていた。


 自分の杖と同じだ。媒体に魔法が宿っている。


 違うのは術者だ。魔術式を媒体に刻む事も無く、詠唱する事もなく、呆気なく自分が目指している答えを示されてしまった。


 レオは俯いて震えている。ぎゅっと自分のローブを握り、悔しさに唇を噛んで。


(なんで……!! なんでこいつは俺の何歩も先をいくんだよ!! 旅人のくせに……!!)


 メネウはレオの助けになればと思って魔法を見せたが、それは些か早計だったかもしれない。


 レオにとっては渾身の研究結果であり、成功した事を喜ぶくらいまだ研究途中のものなのだ。それをあっけなくやられてしまっては……レオの胸中は推して知るべしだろう。


「レオ?」


 そんなことには思いもよらないメネウは、レオの様子に後ろからそっと声をかけた。


 魔法の消えた杖を取り落としたレオは、そのままメネウに向って突進し、再び襟首を掴んだ。


 しかし、何か言葉にしようにも言葉にならない。魔法の発展は嬉しい、だけど、……悲しい。


「……なんで……」


「なんでって、俺が魔法創造魔法を使えるから」


「はぁ?!」


 レオでも知っている魔法だったのだろう。もしかしたら今迄ちゃんと魔法使いと関わってこなかったから知らなかっただけで、魔法創造魔法というのは魔法使いにとっては憧れの魔法なのかもしれない。シスターも大泣きしていたし。


「俺は魔法創造魔法でこういう魔法があったらいいな、と思った物が作れる。だけど、レオみたいに術式や方法まで全部分かるわけじゃない。誰かに伝えられない、誰かに教える事もできない、自分でもよく分からない。そりゃ、結果としたらレオのやりたい事ができるのかもしれないけど、レオみたいに誰にでも使えるようにできてるわけじゃない。いわばこれはズルだ。でも、俺が他人の剣に魔法を宿す事ができた、ならレオが研究を進めればそういう事ができる、それを伝えたかった」


 ゆっくりとレオの手がメネウの襟首から落ちる。


 しばらく腕を落として俯いていたレオが「ふふふ……」と低く笑いだしたのはそれから数十秒が経ってからだった。


「魔法創造魔法か……くっそ、羨ましいな……」


 メネウにしては珍しく、ちゃんと要点を掴んだ説明だったが、レオの頭が納得しても心が納得するには少し時間がかかりそうだった。


 悔しそうに笑いながらレオは言った。そんなに羨ましい事だろうか、とメネウは思う。


 自分は魔法使いが本職ではない。召喚術師である。描画術師でもある。魔法は使えたら便利な、元素という絵の具を使って描くもの、だ。魔法に対する姿勢が全く違う。


 魔法が手段であるメネウ。魔法が目的であるレオ。もしかしたらこの二人は、取り合わせが悪いのかもしれない。


 だが、レオが激情を押し殺せば、メネウの見せた炎のエンチャントは実に画期的な発見である。そして、レオは研究者だ。それも昨日今日なったばかりの新人ではない。


 悔しさをぶつけて、己の無力さを多少嘆いて、そして頭を切り替えた。


「俺の魔法は……エンチャント、というのか?」


「そう、レオの魔法はエンチャント。付与魔法と言ってもいいかもしれないね。武器に魔法を付与するんだ」


「お前のエンチャントは……他人には伝えられないんだな?」


「うん、だから教える事はできない。ごめん。でも、レオの研究の結果あぁいう事ができる、っていう事は教えられたと思う」


「はぁ~~……! お前は他人のやる気を削ぐ天才だな!」


 レオががしがしと頭をかいて、それでもすがすがしい顔でメネウに言い放った。


 魔力量でも負けているのは研究所の実験結果でも分かっているし、研究している訳でもないのに自分の研究成果の先をいくし、レオのプライドというプライドは粉々である。


 だが、悪気が無いのは分かる。研究所の実験の結果だって……本当は凄い事で、貢献してくれたんだという気持ちもレオは持っている。


 きっとこの非常識の塊のような男についていくには、ある程度覚悟がなければついてこれないのだ。それを理解したから、レオは笑った。


 そしてメネウの背後に控えていたラルフが、レオに向ってうんうんと頷いているのだ。


 そんな事情を知らぬは本人ばかりなり、メネウは表情と裏腹に言われた言葉に、え? と多少傷ついた顔をしていた。この程度は言われても仕方無いという事を自覚していない、まだレオの方が(激情家ではあるが)精神的に大人かもしれない。


「レオ、使えるのは木のエンチャントだけ?」


「いや、五属性の杖は常に持ち歩いてる。あとは普通に魔法を発動させるためのさらの杖がある」


 レオがローブをめくると、腰の両側に3本ずつ杖がぶら下がっていた。


「なるほど。それぞれの魔法で使い分けているんだね。ついでにさらの杖でさ、さっきの呪文って唱えてみた事ある?」


「……昔やったけど、何も発動しなかった」


 少しばつが悪そうに顔を逸らして応えたレオに、メネウは少し考えた。一応この世界の魔法の仕組みは理解している。うーん、と唸ってからレオを促した。


「じゃあさ、今度はさらの杖にやってみて。さっきの木の魔法」


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