第164話 ゴブリン退治

 魔物は基本スポーンから生まれてくるが、特定の魔物を生むスポーンがある場所には、その特定の魔物の巣ができる。


 スポーンからだけでなく、繁殖能力も持ったある程度知性のある魔物がそうだ。


 ゴブリン、ホブゴブリン、オークなどが一般的だろう。


 時にはグリフォンやワイバーンといった種族の巣もあるらしいが、そういった魔物は元素含有量が極めて多く、もっと元素の濃い危険地帯にしかいないものらしい。


 ゴブリンの巣は人間にとって最も身近な魔物の巣だ。しかし、これが厄介である。


 人が住んでいるすぐ側に巣を作るので、夜襲される事も頻繁にあるそうだ。ある程度腕の立つ冒険者が居れば夜襲は防げるが、根本的な解決には巣とスポーンの破壊が必要である。


 そして、メネウ達が受けた依頼もまた、近くに幾つかの集落がある場所の巣の破壊だった。


 集落で馬車を預かってもらうと、メネウたちは徒歩で森の中を進んだ。この森の奥にゴブリンの巣があるらしい。


 縄張りを主張するかのように動物や人間の髑髏を木の枝に刺したものが森の中に点在していた。


 巣が近くなると悪臭が立ち込めて来る。糞尿、血、火薬、汗、腐った肉、そういった物の混ざり合った悪臭だ。レオはローブの裾で鼻を隠したが、それほど酷い匂いが漂ってくる。


 森を雑に切り開いたゴブリンの巣は遠目からは人の集落のようにも見える。だが、その悪臭と雑過ぎる建造物……というよりは、単なる雨避けのほったて小屋、そして雑に茨を巻き付けた柵でゴブリンの巣は覆われていた。奥には絶壁があり、その絶壁には洞窟がある。


 木の陰に入って様子を伺うと、外側には狩った得物や人里を襲って奪った物が乱雑に置かれていて、あまりゴブリンの数は見えなかった。生活の基盤はやはり奥の洞窟にあるようだ。


 人里を襲って奪った家畜の死骸や骨等禍々しくも恐ろしいような場所だが、これは他の魔物避けにもなっていると予測できる。これだけのものを奪って殺せるだけの数がいるぞ、と誇示しているのだ。たかがゴブリンといえども、群れをなしていない魔物は近付かないし近付けない。


 そしてそれは人に対しても有効なのだが、顔面を蒼白にしているレオの横にはけろっとした様子のメネウ、ラルフ、モフセンが居た。


 レオは思わず目を見張った。こんなに恐ろしい場所なのに、平然とどうやって崩していくかを小声で話し合っている。


「外は焼けばいいとして、中だよね。サーチを付与しておくから制圧できる? 必要ならトーラムも一緒に行かせるけど」


「何よりも外に逃がさん事が肝要……とはいえ、メネウ、お主とレオは外に残るのじゃろう? ならば結界は使わんでもよいじゃろうな」


「むしろ結界で中に閉じ込めた所をお前が焼いてしまえばいいんじゃないか?」


「少しは働いてよラルフ。レオの練習にならないじゃんそれじゃ」


「それもそうだな。ではトーラムと俺とモフセンで中は制圧しよう。終わったら顔を出す。逃げた奴は頼むぞ」


「了解。レオもそれでいい? 俺たちは逃げて来た奴を倒せばいいから」


「わ、わかった」


 茫然としている間に作戦会議が終わってしまった。いとも簡単なように言っているが、魔物の巣をつぶすというのは本来何パーティーかで組んで、最初に斥候を放ち、数を把握して罠や火薬を使い、という風に建設的かつ油断せずにやらなければならない事だ。


 こんな、ちょっと中に行って倒してくる、で済む話ではない。いよいよレオは付いて来た事を多少後悔している段階にきてしまったが、それは数十分後には払拭される後悔だった。


「よし、まずはトーラムを呼ぼう。洞窟の中だし人型くらいで……召喚、トーラム!」


 木の陰に隠れたまま、メネウが杖を掲げてそう言うと、直径2メートル程の炎の円が現れた。


 そこから現れたのは人よりも少し大きいガルーダ……炎を纏った脚の、鳥の顔と羽毛を持つ人間のような魔物だ。その目の光を見れば分かる、とてもじゃないがゴブリンが太刀打ちできる魔物ではない。


「で、皆の目に……サーチ!」


 全員の目の前に黒い小さな魔法陣が展開すると、その魔法陣が目の中に吸い込まれていった。レオは驚いて目を瞑ってしまったが、恐る恐る目を開けると、洞窟の中にいるゴブリンの数や居場所、罠の位置などがこんなに離れていても見える。驚いてメネウを見ると「これもエンチャントだよ、エンチャントは応用が利くから頑張ってね」と笑って言われた。


 度肝を抜かれっぱなしのレオの前で、仕上げとばかりにメネウはゴブリンの巣、その外側にある小汚い集落に向って、いくつかの魔法陣を展開させた。


 洞窟の中に後でラルフたちが飛び込む事を考えると、的確に建造物や柵だけを焼く必要がある。


 エアカッターで指向性を、そこにファイヤーボールとファイヤーウォールを足して、小さな炎の球をいくつも中空に作り出して巣に近付いていく。こうなると、もうゴブリンの方からも魔法が丸見えである。


 メネウに襲い掛かろうとするゴブリンたち。とっさに飛び出そうとするレオをラルフが肩を抑えて止める。この位でメネウは傷一つ負わない。


 無数の炎の球を、メネウは向かってくるゴブリンとその周りにある巣の構成物に向って放った。


 着弾した炎の球は、それと同時に火柱を上げる。対象を燃やし尽くせば炎は消える。外に居た少数のゴブリンは炎の柱に焼き尽されて結晶になり、周囲の建造物は炎を上げているが、最奥にある洞窟までの一本道がこれでできた。


「じゃあ、トーラム、ラルフ、モフじっちゃん。よろしく頼むね」


「あぁ、任された」


「ふぉっふぉ、腕がなるわい」


『了解だ、主』


 トーラムの言葉が分かるのはメネウだけで、実際は甲高い鳴き声を上げただけのように聞こえるが、三人は三者三様の答えを返すと、洞窟の中へと入って行った。

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