第116話 かいじゅうだいけっせん

 翌日、素知らぬ顔で冒険者ギルドに集まったメネウたち一行とセティは、ギルドの隅で作戦会議を始めた。


 声を低くしつつも冒険者ギルドに顔を出しているというのも、全てはカモフラージュである。


 昨日で依頼された三件のうち二件が片付いたこともそうだが、魔物の侵攻をギルド側に知られたら騒ぎは必至、必ず面倒臭いことになるに決まっている。


 相変わらず衆目を集めることは避けたいメネウである。要らぬ耳目でできることもできなくなることを嫌ったのだ。


 過ぎる力は要らぬ妬心をなんとやらは根強くメネウの心に刻まれている。というか目の前にいつも代表する顔があるので良い戒めになっていた。本人には言わないが。


「なんだ?」


 そんなことを思いながら見つめていたら訝しがられた。


「いや……ラルフって綺麗な顔してるよな、と思って」


 スパーンと小気味良い音をたててメネウは後ろ頭を叩かれた。ほんの冗談だったが、昨日実際に魔物の大群を見ているラルフにとってはこの不真面目が許せなかったのかもしれない。


 昨日ハヒノフ平原で作業していた低級冒険者は疫病の危険を説いて治療舎に向かわせた。トットが治療したと言っていたし、医療ギルドの面々はまだ仕事が残っているはずだから手伝わされていると思われる。


 作業の進捗は報告していないから、平原周辺に誰かが近寄る可能性は低い。現状維持で人目がないうちにパパッと五万を越しているだろう魔物の大群を倒すのが得策なのだ。パパッと。


「まず、状況は最悪だけど条件は最高だ。昨日見た限り人目は無いからどうとでもできる。でもせっかく昨日耕したところを無駄にしたくない」


 地図を囲んでいるメンツに視線をやりながらメネウは真顔で言っている。


 五万からなる魔物の大群よりも、昨日やった仕事が台無しになる方が困る、と。


 モフセンが髭を撫でながらふぅむと唸った。


「のぅ、メネウよ。ここはワシを信じてハヒノフ平原で戦ってみんか?」


 土地に関しての知識は当然モフセンに分がある。それでも戦場になってしまっては昨日の二の舞だと思い、メネウは腕を組んだ。


「何か考えがあるの?」


「あぁ。うまくいけばお主の仕事をより昇華させることができる」


 モフセンは半ば確信して言っているようである。


 メネウが迷ったのはほんの一瞬で、モフセンと視線を交わして頷いた。


「じゃあ今日は魔物討伐ってことで、張り切っていこー!」


 勿論掛け声も小声である。


 ギルドの人混みに紛れてそそくさと建物を出た一行は、特に焦るでもなくハヒノフ平原を目指した。


 道中、メネウが語った策はまさに昨日の言葉を体現したもので、ラルフは痛む頭を抱え、トットは目を輝かせ、セティは苦笑いをこぼし、モフセンは髭を撫でて高らかに笑って聞いていた。


 召喚獣一同にとってはさもありなんな方策だったので彼らは沈黙を貫く。人間と魔物や神獣では常識が違うのだ。


 辿り着いたハヒノフ平原は人影一つ、魔物の影一つ無い。


 荒地のように土がむき出しになった地面がどこまでも広がっていた。


 念のためにスタンとリンクを繋いで上空から視察したが、何も無い。


「まずは誘き出さないとだ」


 メネウはスケッチブックを取り出すと、昨日使った治療舎の中を見回る用の目玉を喚び出して森に放った。殺気立っているところに正体不明の何かが現れたのならば、本能として追ってくるはずである。


 メネウは魔物と戦争をする気……している気は全く無かった。


 討伐の数が多いな、くらいに思っていて、正面からまともにかちあう気も、手加減をするつもりもなかった。


 昨日、ラルフの話を聞いていてつくづく思ったのだ。魔物は自然現象のようなものだと。


 メネウたちは当たり前に肉を食べる。魔物も、動物も。自然の物も、家畜も養殖も、別け隔てなく食べたいから食べる。


 屋台の品物なんて正直どんな生き物の何の肉を食べているのか定かでは無い。それでも食べる。代価を払って食べる。


 狩って、買って、飼って、食べる。


 感謝はする。生かしてもらっていると感じるし、思う。美味しく食事を食べるし、味わう事も覚えた。


 もっと極端な話をするならば、庭の増えすぎた雑草をどうするかという意識なのだ。


 果たしてそれは戦争だろうか?いや、作業であり処理だ。


 メネウは人と人とが争う事は好まない。


 ただ、相手が人で無い時にまで、人にするように気を配る気は毛頭無いのだ。


 遠慮も配慮も無い。襲いかかってくるという明確な脅威ならば、害ならば、駆除するまで。


「じゃあみんな、取り零しはよろしくね」


 メネウがそう告げると、口々に了解と言って、ラルフが、トットとカノンが、セティとスタンが、モフセンが、平原の外周に沿って散開した。


「ダマガルガ、ファリス、トーラム、召っっ喚!」


 メネウが喚び出したのは、巨大な玉が三つ。


 土、風、火の性質を持った直径10メートルはあろうかと言う球体から、巨大な召喚獣たちが喚び出された。


 その質量、魔力に風が吹き抜ける。耕したばかりの地面は重く沈みこみ、歩くだけでメネウが立っているところまで揺れた。


 頼もしい仲間を見上げてメネウは告げる。


「今日はどんどんやっちゃって!」


 宴会では無いが、普段は主人が全てやってしまって暇を持て余している彼らには嬉しい申し付けだった。


 やがて森から、魔物の大群が押し寄せる地響きがした。

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