第115話 戦場のスタンピード
ラルフは商業ギルドで馬を借りて魔物の偵察に出た。
頭の上にカノンを乗せ、戦場だった場所を回り込むようにしてメネウが突き刺した巨大槍を目指す。
横目に見るハヒノフ平原は見るも無残な有様だったが、そこは一先ずメネウたちが何とかするはずである。
戦場の現状復帰に近くの村や集落から人を駆り出せない理由が、魔物の跳梁跋扈にある。
魔物は戦いが激しかった場所から発生し、人里に影響が出るのも時間の問題であった。だから本来畑を耕し野を育てるのが得意な人間ではなく、冒険者が土地の面倒を見る羽目になっていた。
ラルフが迷いなく戦いの中心を目指したのには理由がある。
戦場に魔物が現れるのは、魔物にとって戦う人間が1箇所に一気に現れるのは脅威に他ならないからだ。
脅威があればそれを滅しようとするのは自然な流れで、だからこそ戦場だった場所に……その中心に魔物は現れるのである。
今回は侵略戦争で、経緯を考えれば発生地点の絞り込みは安易だった。
戦の大義名分が非難を被るものだっただけに、正々堂々とした戦をしなければならなかったのだ。
なので、ナダーア軍は陣営、後衛、前衛と綺麗に並び、朝の開戦の鐘、引き上げと休息、夜は陣営で休み夜戦を仕掛けることはなく、マギカルジア陣営とぶつかるのも槍を中心とした国境線付近と決まっていた。
開戦の理由に正義がなくとも、態度に正義があれば何とか人は付いてくるものである。
その事を加味すれば、最も人間が多かったのは両軍がぶつかった国境線付近である、と推測できる。
マギカルジアへ向かう街道を走っていたが、段々と魔物の数が増えてきたのでラルフは沿岸へと移動した。
槍が近くなると、馬から降りて背の高い草むらに腹這いになる。
メネウが拵えた槍の周りに、黒い大群が見える。全てがゴブリンやスケルトンといった人型の魔物だ。武器も携えている。彼らの索敵範囲はそう広くないので、ラルフはほっと息を吐いた。
数は万を超えているかもしれない。わらわらと固まっていて何をするかは分からないが、レベルは低くともこの大群は脅威である。
(……スタンピードを起こしたか)
さすがのラルフと言えどもここで何かできる気はしない。
魔物の異常発生、明らかに数が多すぎるのでスタンピードが起きたと判断した。こうなっては個体の攻撃性も上がっていると思われる。
大人しく見つからないうちに引き上げることに決め、そっと馬に跨り来た道を引き返した。
馬上でラルフは考える。
戦場に集まった兵士に刺激されて起きたスタンピードだとしたら、あの数は一体何に向かうだろうかと。
怒りというのは捌け口が無ければ膨らみ続けるものである。あの魔物の大群が未だ人里に降りずに1箇所に集まっているという事は、何か意味があるはずだ。
(まさか……?)
嫌な考えに思い至って、ラルフは帰路を急いだ。
冒険者ギルドに戻ると、メネウもトットもモフセンもセティも戻っていなかった。
焦って治療舎の方に向かおうかと思ったが、行き違いになっては元も子もない。
じりじりと帰りを待った。日が中天を超えて傾く頃、モフセンとセティと共にメネウは帰って来た。
「あれ、ラルフ早かったね。どうだったの?」
「不味いぞ、メネウ。……この町は攻め込まれる」
「なんて?」
一斉治療を行い、衛生方面も改善してガス欠寸前のメネウに、とんだ報せである。
魔力切れ真近で眠いのをこらえて四人で地図を囲んだ。
「魔物の大群がこの国境線の辺りに溜まっていた。大群が見える位置に着くまで魔物とすれ違いもしなかったから、周辺の魔物も集まっていると推測できる」
「大群……?おかしいな、俺が昼過ぎに飛んだ時にはそんなもの見えなかった」
「……なればいよいよ注意すべきだ。ヴァラ森林へ移動してさらなる戦力を蓄えていると考えられる」
スポーンはヴァラ森林の中にあるはずだ。
「……いまいち、なんで魔物がこの町を攻めるなんて話になるのか分からないんだけど」
眉間に皺を寄せたメネウが頭をガシガシとかいて尋ねると、ラルフは小声で怒鳴った。
「……分からんのか!魔物は『いきなり現れた人間の群れ』に反応して増えたんだぞ!それがとっくに解散されたことは、魔物には分からないんだ!なれば、標的になるのは『現在人間が群れている最も近い場所』……つまり、この町だ!」
ことがことだけに大きな声では言えないが、それは緊急性を孕んだ問題であることは明らかで。
メネウはようやく頭が話に追いつくと、しばし考え込んだ。
「……あの時、戦場には何人くらいいたっけ」
「両軍合わせて3万程度だったな」
「そうじゃの。マギカルジア側は物量で押されていたから、1万程の兵じゃった」
「あんたら戦場にまで行ってたのかい」
それを確実に潰すための兵力でもって、町に攻め込んでくる魔物の大群。
(てことは東京ドームの動員数くらいか……)
それで大体戦場にいた人間の倍になるはずである。
上空から見た時にそれだけの数が居たのならばさすがのメネウでも気づくはずである。
ヴァラ森林にて数が揃うのを待っているのか、はたまた今日の土地大改造の地震で動かないのかは分からないが、進軍は普通に歩くより時間がかかる。
今日いきなりどうにかなることはないだろう。
一度ヴァンに報告すべきかと思ったが、大事になっては動きにくい。
「よし、とりあえず明日なんとかしよう」
「なんとかなるのか?」
メネウの発言にラルフが顔をしかめたまま尋ねる。メネウは一つ頷いた。
「物量で攻めてくるなら、こっちは質量で対抗する。そのためにも今日は、トットが帰ってきたらすぐ休みたいんだけど……」
と、話しているところにトットが帰ってきた。
「あの後ちょっと臭う冒険者の人が来て、その治療もしてたら遅くなりました。皆さん難しい顔してどうしたんです?」
低級冒険者は治療舎に向かったようである。この上町でパンデミックなど起こされたらメネウでも根を上げるところだ。
トットにも小声で事情を説明すると、一同は一先ず解散として、明日の朝またここで待ち合わせることになった。
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