第114話 お食事の前には読まないでください

 人がいて、飯を食うならば、当然それだけの量排泄もする。


 この世界にはスカラベという神の遣いもいれば、技術によって上下水道も確立されているが、戦場にそんなものは無い。


 結果どうなるかというと……穴だらけになるのである。


 口布を巻いたセティとモフセンが、戦場だった場所に辿り着くと、悲惨な状況だった。


 モフセンは悪臭がし始めた場所ですぐさま結界を張ったが、現場にたどり着けば先に作業していた低級の冒険者たちの格好は酷いものである。靴からズボンを泥だらけにしているが、はたしてそれは土なのか汚物なのかは考えたく無い所だ。


「こりゃあ酷いね」


「まったくじゃわい」


 恐るべきはこの惨状を1ヶ月以上ろくに改善できなかった事だ。


 戦場はジュプノから歩いて1時間ほどの場所にあり、治療舎はここから20分ほどで着く場所にある。街から治療舎までも、大体徒歩で1時間ほどだ。


 戦場は天幕を張っていた陣地、後衛が控えていた場所、前衛が戦った場所、その先に天を突く槍が聳え立っている。


 陣地から槍の向こうまで、田畑や草原だった場所は踏み荒らされて見る影もない。


 数十名の低級冒険者たちが行なっているのは、ひたすら穴を埋めるだけの作業である。しかし、量が量、場所が場所であるだけに一向に終わらないらしい。


 この惨状をどうにかする術はモフセンにもセティにも無かったが、どうにかしてしまう人間になるべく現状を正確に伝えなければならない。


 汚物の処理で気をつけなければならないのが、疫病の蔓延である。


 モフセンがしゃがんで慎重に土を摘んだ。


 結界は疫病から身を守ってはくれるが、悪臭には対応していない。顔を歪めて土の匂いを嗅ぐ。


「弱ってるの……」


「土がかい?じゃあただ埋めてもここは荒れるだけかね」


「植物が踏み荒らされたからの。水分が足りない、汚物から穢れが繁殖して蝕んどる。そこらで作業してる若者にも発症しとるのがいるかもしれんのう」


 そこで、セティは近くで作業していたパーティを捕まえて具合が悪くなったものはいないかと尋ねた。


「あぁ、先に作業してた奴が何人か体調を崩してたよ。医療ギルドが空なのを知ってるからな、たしか治療舎に行ったはずだ」


 そちらにはトットとメネウが向かったから大丈夫だろう。しかし、いつ馬鹿な冒険者が無理を通して町に帰るか分からない。


「ありがとよ、アンタらも具合悪くなったら治療舎に行くんだよ」


 セティはそう言い残してパーティから離れた。


 悪臭の中では気付きにくいが、話していた相手の肌や髪も乾燥していて血色が悪かった。いつ病気になってもおかしくない、と判断してモフセンの元に戻る。


「……割とここも緊急性がたかそうだね」


「ふぅむ、本来なら一回焼いてしまいたいんじゃが、半端に埋めてしまったのが不味いの」


 低級冒険者には汚物処理の知識が無い。


 モフセンは村を束ねていたこともあり、集団で暮らす上で身に付いた知識と案があるが、この現状をどうにかする手段がない。


「仕方ない、メネウを待つかい。スタン、呼んできてくれるかね?」


「ぴ!」


 セティの肩に居た鳥は片翼を挙げて返事をすると、治療舎の方へ向かって飛んで行った。


 セティとモフセンは悪臭から逃れられる辺りまで移動すると、メネウの到着を待った。治療舎の方も難題を投げられて居るはずである、数時間は待つかと思ったのだ。


 しかし思ったよりも早く、メネウはスタンと共にやってきた。


「おーい、待った〜〜?」


 しっかりと口布を巻いてやってきたメネウは、くさ、と顔をしかめている。セティとモフセンに早速臭いが染み付いてしまったらしい。


 モフセンは農業をやっていたのであまり気にしないだろうが、女性であるセティをここに派遣したのはまずかっただろうか。メネウが申し訳なさそうな顔をセティに向けると、セティはからからと笑った。


「何、気にすんじゃないよ!昔は肥溜めを汲み上げる仕事もしてたんだ、慣れたもんさ」


「セティの昔ってめちゃくちゃ興味あるけど、今はここをどうにかしないとね……」


 メネウは悪臭を放つ穴だらけの土地を見て眉を顰めた。


「それなんだがね、もう病気が発症してるみたいなんだよ」


「さよう。土地も弱っておる、浄化しきれんようじゃ」


「えっ、そうなの?うーん、じゃあどうしよっか」


 メネウが考えていたように、穴を埋めて終わり、というわけにはいかないらしい。


「まず土地一面を耕して、焼いて消毒して、お湿り程度の雨が降れば文句なしなんじゃがな」


 町へ流れる川の水を引くのはリスクが大きい。かといって土砂降りでは、かえって土地の毒が町へ流れることになる。


「耕して、焼いて、雨が降ればオッケー?やるやる」


「……相変わらずアンタは金と危険の匂いがプンプンするねぇ」


「えっ、くさい?!もう?!」


 セティが目を細めて放った言葉にメネウは自分の体を嗅いでみたが、当然臭わない。


「アンタはつねにくさいよ」


「セティひどい。終わったらお風呂はいらなきゃ……」


「メネウよ、しかしてどうやってこの広大な土地を耕して燃やす気だ?」


 若者二人の戯れを髭を撫でながら聞いていたモフセンは、提案はしたものの(了承もされたものの)あまりに現実味のない話に首を傾げた。


「魔法でどうにかなりそうだなと思って」


「……お主ならそうじゃろうな」


 ヴァラ森林奪還を目撃したことを無意識に忘れていたが、この戦場よりも広範囲の土地を一気に回復させた男である。


 セティが面白そうに笑ってモフセンに「なんだい?何があったんだい?」と尋ねているが、とりあえず今はお仕事の時間である。


「じゃあ、今作業している人たちはこの辺りまで下がってもらって。俺ちょっと支度したら作業始めるからさ」


 メネウが告げるとセティとモフセンは了解して散らばっている低級冒険者の元へと向かっていった。


 メネウはその隙にスタンに乗って空高く舞い上がる。元戦場を見渡せる高さまで上昇すると、スタンの上で杖を構えた。


 下を見れば低級冒険者の避難は終わったようである。モフセンが結界を張ったのを見て取ると、いよいよとメネウは魔法を放った。


「まずはアースクエイクで土地を耕し、てぇ!」


 茶色の魔法陣が展開したが、その巨大さ故にモフセンたちにはそれが認識できなかった。


 突如突き上げるような地震が起こり、あわや天災かと低級冒険者たちが慌ただしくなるのをモフセンとセティが宥める。


 土地が生き物のようにうねり、汚物も土も踏み荒らされた草も関係無く混ざりながら、海の波のように荒ぶり混ざってゆく。


 かと思えば、揺れてはいるが冒険者たちの足元は綺麗なものである。


「こんなもんかな?えーと、次は焼くんだったか……地面に向かってファイアウォー、ル!」


 十分ほど続いた地震が収まると、今度は炎が地面を舐めるように広がり覆い尽くした。


 赤い炎ではない。青い高温の炎が今度は火の海となって地面を焼き尽くしている。


 周辺も高熱のはずだが、今度も冒険者たちの周りは熱くならない。モフセンも仕事はきっちりとやるタイプである。


「最後は雨、だから……シャワー!」


 青い炎が消えた大地に、馬車の旅で(主に女性が)重宝していた創作魔法を、メネウは広範囲に対して展開した。


 ぬるめのお湯がしとしとと雨となって降り注ぐ。


 熱された土地が白い湯気を上げながら雨を受け入れる。


 サァサァと20分は雨が続いただろうか。不思議なことに、この雨さえモフセンたちのいる所には降らなかった。


 土地を耕し、燃やし、雨を降らせたメネウは疲労困憊の様子で降りてきた。


 それを見てモフセンは耕された土地に立つと、土をひとつまみする。


 時間はかかるだろうが、やがて作物の育つ、よい土になっていた。

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