第117話 大地の育て方

 召喚獣たちはその巨体を活かして魔物の大群を蹴散らしていた。


 ダマガルガの舌が命の芽を刈り取り、ファリスの風圧に押し潰され、トーラムの熱脚は一度に百を超える魔物を焼き尽くす。


 しかし、巨体なだけあって網の目を潜る魔物も多い。メネウ一行はそれを殲滅するのが役目だ。


「対軍結界・壁!」


 モフセンが広範囲に半透明の壁のような結界を出現させ、スタンは上空から睨みを利かせてそれぞれ足止めを行い、ラルフ、セティ、馬ほどの大きさに巨大化したカノンに跨ったトットが機動力に物を言わせて魔物を倒していく。


 メネウはその間……お絵描きをしていた。


 そもそも、魔物の大群であって大軍ではない。スタンピードを起こした魔物の意識は『人間の群れを襲う』ことにあり、指揮系統は存在せず、その上急激に数が膨れ上がったせいで個々のレベルが低い。


 確かにこれが町に向かったのならば災害だろう。死傷者がどれだけ出るか、その後町がどうなるかも、想像に難くない。


 ただ、それは素直に町に行かせた場合の話である。


 残念だが、ここにはメネウがいる。


 何故メネウがいるのか。それは、冒険者ギルドが後手に回りながらも魔物を警戒していたからだ。何故警戒していたかと言えば、過去に事例があり、事例があったのは誰かがそれを残したからだ。


 連綿と紡がれた人間の意思が、結果としてメネウをこの場に連れて来た。


 対して魔物は、人間の巨大な群れが現れたという『現象』に対して、その場限りの対処をしたに過ぎない。その上自然がやる事だ。遅いし的外れである。


「だから負ける」


 呟いたメネウがお絵描きの手を止める。絵が完成したのだ。


 それは広く大地に咲く荊、無数に天を衝く杭の山。


 どうせ絵は消してしまうし魔物は結晶に還るのだからと、メネウは無茶な絵を描いた。イメージの着想は串刺し公だろう。


 元より召喚獣にも味方にも当てるつもりのないメネウは、スケッチブックから顔を上げると素早く範囲を定めてそこに向かい絵を具現化させた。


「召喚!」


 大群の後方で地面から剣山のように、鋭い杭が無数に生えた。悲鳴も無く大量の魔物が一気に屠られ結晶に代わる。


 魔物の動きが止まる。一斉に、大量に消えた命の気配に思わず振り返り、本能によってそれを与えた者に視線を注ぐ。


 メネウは「まだやる?」とも「逃げる?」とも聞かなかった。聞く気も無ければ聞く必要も無い。全て倒すからだ。


 魔物の動きが止まった隙に、召喚獣も仲間も全てが魔物たちに襲いかかる。残りはあと一万も居ないだろう。


 メネウも遊撃に参加した。筆を杖に持ち替え、剣でもって屠ってゆく。魔法は味方に当たる可能性があるので控えた。


 1時間にも満たない交戦。巨大化召喚獣たちの範囲攻撃はやはり強力で、その後はあっという間に片がついた。


 気付けば結晶が踏み荒らされた大地にばら撒かれ、立っているのはメネウたち一行だけである。目的を果たしたので召喚獣は返した。


「いやー、みんなお疲れ様。無事切り抜けられてよかった」


「アンタね、あんな範囲攻撃ができるなら最初から一人でやんなさいってもんよ」


 へらへらと告げたメネウはセティに怒られると、頭をかいた。


「いや、だってさ。さすがに数が多いよ、討ち漏らしを考えたらこの布陣がよかったんだって」


 何せ魔物の目的は数が1であろうが5万であろうが『人間の群れを襲う』ことだ。レベルが低かろうが、僅かでも残してしまえば町に向かうだろう。


 全滅では生温い。殲滅が必要だった。


 我を失って突撃してくる群れの前方で同じ事をやったのなら、森に逃げてまた数を増やすかもしれない。


 前方で一気に惹きつけた所で背後を一掃するからよかったのであって、そうで無ければただの悪手である。


 それでも納得しかねるセティはため息を吐いていたが、メネウはモフセンに意識を切り替えた。


「ところで、この地面どうするの?」


「まだ魔力は残っとるかの?」


「うん」


 モフセンの指示に従い、メネウは大地に両手をついた。


 結晶は平原中に散らばっている。これを拾い集めるのは面倒だと思っていたら、モフセンは地面に向かってヒールを唱えろという。


 メネウは言われるまま、踏み荒らされた地面に行き渡るようにヒールをかけた。


「結晶の加工がどう行われるか知っとるかの?」


「いんや」


「アタイも知らない」


「結晶は硬く見えて脆い箇所がいくつもある。時間をかけて結晶は内側に魔物の種をつくり、種が自我を持って脆いところから外部の元素を集めて魔物になる。加工は種ができる前に、もしくは種の段階で魔物を殺し、脆い箇所を無くして外と中を切り分ける作業じゃ。そうして結晶を元素の塊のまま利用できるようにする。さて、これだけの結晶に対して、メネウがヒールという方向を定めてやったとしたら……」


 モフセンが笑いながら髭を撫でている。


「なるほどな。こうなるわけか」


 ラルフは目の前の光景を腕を組んで眺めていた。


 メネウでもさすがに踏み荒らされた大地全体にヒールを掛けるのは無理だ。


 だが、なるべく広い範囲に向かってヒールを掛けると、その範囲にあった結晶が呼応してヒールの連鎖反応を起こしていく。


 大地は癒され、目に見えない草の種が修復、活性化されて芽を出す。


 ざぁ、と緑が広がるように芽吹いていった。


「わぁ……!」


「こりゃあ圧巻だねぇ」


 茶色い地面が緑に埋め尽くされていく。


 メネウもヒールを続けながら、修復される平原に目を奪われていた。


 やがて大地が生命力を取り戻すのを感じて、メネウはヒールをやめる。先ほどまでは命を刈り取る側だったが、こうして害のないものに変えてしまえば目に眩しい。


 立ち上がって見渡せば、どこまでも緑の絨毯が広がっていた。


「ふぉっふぉっ、完璧な仕事じゃな」


 満足げにモフセンが目を細めた。平原で戦うことを進言したのはこのためだったのだろう。いちいち結晶を拾ったりばら撒いたりしなくとも、平原で戦えばその場に結晶が落ちる。


「モフセンが結晶のことを知ってたのは……仕組みが結界に似てるから?」


「そうじゃ。ま、難しいことはいいじゃろ。ところでな、ヒールが不発に終わっている結晶もあるかもしれん。明日は結晶探しじゃぞ」


「えっ?!」


「……範囲が広い」


「無理があるんじゃないかい?」


 不発になった結晶を放置すれば魔物の温床になるが、それでもその位は後に任せてもいいのではないかとメネウたちは不満の声をあげた。


「いんや、無い。ワシらで粗方の問題は片付けたからの、ギルドに戻って人員を確保すればなぁに、すぐじゃすぐ」


「……すぐ、でしょうか」


 すくすくと育った若草に覆われた大地を見て、トットは呆然と呟いた。

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