第110話 不遇職
召喚術師とは不遇職である。わざわざそれを選ぶ人は殆ど居ない。
ただ、それも人による。持って生まれた魔力が大きければ、召喚術師は素晴らしい力を発揮する。
それはネクロマンサーも同じ。
あくまで平均的な魔力でもってその職を選ぶと不遇されるだけであって、魔力量が多ければ、それは希少価値という武器になる。
そして希少価値の高いものを手に入れようとするのは、悪に手を染めるものが多い。悪の方が、そのものの本質を見極める力が大きいのだ。残念ながら。
サンガスとアーガスは当にそれで、風の一家に迎えられるまでは、職業だけを見て嫌われることが多かった。
どうせ大したことは出来ないだろう。その程度なら可愛い方で、パーティーによっては奴隷のように扱われることもあれば、そもそもパーティーに加われないこともあった。
才能があって、能力があるのに、転職する必要も無い。いや、生活のために転職も考えたが、それをするには才能がありすぎた。
どうにかこうにか食いつないでいる間に、危ない仕事にも手を出すようになり、そして風の一家に迎えられるまではそう時間はかからなかった。
裾がボロボロのローブを着ているのは、無言のアピールである。誓いという方が正しいだろうか。
もう、あの苦しい状況には戻らない、と。
「やれ!ナユタ!」
アーガスの指令に応えて、巨大狼のコボルトがトーラムに襲いかかる。
メネウたちはスカラベの案内でエルフが捉えられている元エルフの村までやってきた。
そこで用心棒をしていたアーガスとサンガスと対峙することとなった。
メネウにとっては再会だが、アーガスにとっては初対面だ。風の一家のアーガスとサンガスと名乗って襲ってきた。
咄嗟にトーラムを召喚して応戦したが、アーガスが操るのも『名有り』の魔物である。
本体は魔道具で拘束されていたが、召喚されてしまえばそれも外れる。トーラム対巨大コボルトの戦いは熾烈を極めた。
サンガスもまた、ラルフと(こちらもラルフにとっては再戦である)対峙していた。
エルフ村は亡くなったエルフの亡骸も勿論埋葬されている。それを操って多彩な魔法攻撃でラルフに距離を詰めさせない。
夜の森の静寂を、戦いの音が裂く。
今のところは互角の戦いを繰り広げていた。そう、今のところはである。
彼らの背後には結界師に守られたエルフの牢獄がある。メネウはそこをどう攻略するかに腐心していた。
(メジェド様はもうやったしな……、どうやって解放したら印象的かな……)
前に派手にやったのも、エルフに手を出せばこうなるぞ、というアピールだったのだが、いまいち効果は薄かったようである。
ならばもっと派手に、もっと徹底的に、エルフに手を出すことが損であると印象付けなければならない。
メネウがスケッチブックの白紙のページと向き合っている間も、トーラムはナユタと呼ばれたコボルトと時に組み合い、時に互いに乱撃を浴びせながら戦っていた。
アーガスには余裕は無いが、メネウはいっそ座り込んで絵筆の尻で頭をかいている。
(異常だ……!)
名有りを操るだけでも自分は……才能ある自分ですら精一杯なのに、名有りに任せきりにして自分は座り込んでいるというメネウに、アーガスはぞくりと怖気を感じた。
才能はあるのに恵まれない、不遇されている。そんな過去を嘲笑うかのように、目の前の男の才能は飛び抜けている。アーガスはそれが嫌で、怖くて、そして己を否定されまいと必死にナユタを操った。
なのに、メネウの眼中にすらアーガスは入れない。いや、メネウはちゃんと相手をしているつもりなのだが、それよりも如何に今後エルフの被害を減らすかが主目的なのだ。
「よし!やっぱりこうしよう!」
やっと方針が決まったらしい。
メネウはスケッチブックに巨大なあるものを描き始めた。
助けるだけではダメだ。助かった後、彼らエルフが戦える術を持たなくては。
そして、彼らエルフのシンボルとなる存在がいてこそ、それはきっと効力を発揮する。
エルフのシンボルといえばこれだ!とばかりに、メネウはスケッチブックを掲げた。
「メジェド様、召喚!」
カッとスケッチブックが輝いた。
互いに攻めあぐねていたラルフとサンガスもそちらを向く。
トーラムは危険を察知して飛び退いたが、アーガスの指示がなければ動けないナユタは、メジェドの足にプチっと踏み潰されてしまった。
森の木々の優に倍はある巨大メジェドが佇んでいた。
「なん、だ、それ……」
もはや反則に反則を重ねたようなメネウの所業に、アーガスが呆然と呟く。
ナユタが一瞬で潰されてしまった。もう一度召喚するだけの魔力はアーガスには無い。
「そこの風の一家のお二人さん。大人しくエルフを解放してくれないかな」
メネウが問う。大人しく解放するか、全滅して解放するか、と。
巨大メジェドの足が一歩踏み出す。サンガスの操る亡骸を、これまたプチっと踏み潰した。
追い詰められて背を預けあったサンガスとアーガスは、メネウを見ていた。
「兄さん、俺さ、勘違いしてた」
「この状況でいきなりなんですか」
「本当に才能があるっつーのはさ、理不尽も何もかも捻じ曲げる、こういう力を言うのかもしれねーなって思ったよ」
アーガスの弱気な言葉に、サンガスは片眉を跳ねあげた。
「あれは才能があるのではなくて、化け物というんです」
「俺、化け物になりたかったな」
力無く笑って巨大メジェドを見上げるアーガスは、両手をあげた。降参の意味である。
名有りコボルトのナユタと同時にその群も服従させていたが、これでは出すだけ無駄である。
「降参する。俺たちは引き上げるから勝手にしてくれ」
アーガスの言葉にメネウは首を傾げた。
「これ、エルフにあげるけど、まだエルフに手を出す気ある?」
「それは俺たちにゃ決められない。だが、報告しとくよ」
「わかった。1分で引き上げて」
「あんた、名前は?」
アーガスはダメ元で聞いた。メネウは少し考えて、こう答えた。
「匿名希望」
アーガスの中でカチリと何かが噛み合う。
ミュゼリアの派手な立ち回りをしたアイツか、と。
それならば、敵うわけがない。あんな真似は自分にはできない。
「覚えておく」
こうしてアーガスとサンガス、そしてエルフを捕らえていた風の一家の面々は、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
残された牢獄を巨大メジェド様で解体したメネウは、感謝に絶えない様子のエルフにマムナクの存在をおしえ、巨大メジェド様に大きさ可変足環を付けて、エルフたちを見送った。
「50点だな」
ラルフの台詞にメネウは苦笑した。
「20点でしょ。ネタ被った。……強い人たちだったね」
メネウはメネウなりに焦る程度には余裕が無かったのだ。
もっと想像力を働かせるだけの余裕があれば、力でねじ伏せるだけじゃない解決策もあったかもしれない。だが、アーガスは強かった。
本当はまた徹底的に潰そうと思っていたのに、逃してしまうほどには。
「なんか、あの兄弟憎めないんだよなぁ……」
「お前にまだ、甘さというものが残っていて、俺は嬉しい」
メネウは時々常人離れした目をする。
子供が戯れに蟻を潰すような真似を、平気でやる。
今回はそれがなかった。ラルフは何故か、それに安心した。
「エルフの人たちは解放したけど、面も割れたし、見せるもの見せちゃったし、本当20点だ」
「たまにはいいさ。襲われるなら撃退すればいい」
メネウが落ち込んでいるのも珍しい。ラルフはラルフなりに励ましてはいるのだが、ほんの少し、メネウの人間らしさに触れて喜んでいるのは当の本人には内緒である。
馬車に帰る道中も、落ち込むメネウをラルフが励ましながら帰った。20点……、とずっとウダウダとしているので、最後には手が出たのはトットたちには内緒である。
馬車に着く頃には、もうすっかり夜更けであった。
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