第111話 水の都ジュプノ

 数日最初の観測地点にとどまっている間に、スカラベの数は安定して減っていったという。一時的に増えた数はまばらに散って平均値に収まるのだそうだ。


 これが収まらないとスタンピートを起こしたことになり一大事なんだとか。


 大事にならなくて本当によかった、と思いながらメネウたちは次の観測地点へ向かった。


 細かく15箇所もあった観測地点だが、次の場所からは順調に平均日が続き、1日2〜3箇所を回ることができたので大幅に時間は短縮できた。


 ただ、やはり元戦場が近くなるにつれて多少は数が多かったり少なかったりしており、ジュプノにたどり着いたのはソルシアを出発してから凡そ20日後。


 結局、1ヶ月弱の長旅になった。


 ジュプノに辿り着くなりまずは冒険者ギルドへ向かう。


 エリー立会いのもと以来の完了報告をするためだ。ちゃんと討伐依頼の結晶も換金しておく。溜め込むのダメ絶対。


「いんやまず世話さなったなぁ!帰りも頼みでどごだが、あんだらも予定さあるべがら無理にとは言わね。帰りは適当に定期便さ乗ってけぇるべな」


 エリーはそう言って報酬を上乗せしてくれた。


「また会おうね、エリー」


「おー、そんどぎはわだすもスカラベと会話でぎるようぬなっどぐべな!」


 メネウとエリーはしっかと握手を交わした。その時、ギルドのドアが開いた音がしたのでふと振り返る。


「おやっ、メネウじゃないか!」


「セティ?!」


 偶然にも程がある再会となった。


 メネウはモフセンとエリー、セティをそれぞれ紹介した。セティのキャラもあって、すぐに打ち解けたようだ。


「エリーあんたすっごい喋りだねぇ」


 さすがセティ、誰も突っ込まなかった所にいきなり切り込んだ。


「んだが?わだすにはこれが普通だぎゃー、気ぬさすだごどねがっだ」


「あっはっはっ、後半サッパリだけど潔くてアタイは好きさ!」


 潔いのはセティの方では無いだろうか。


「もしかしてセティも……」


「あぁ。カプリチオにいこうと思ってここに来たのさ。また頭数を集めなきゃと思ってたんだがちょうどいい、混ぜとくれ」


「よかった。よろしく、セティ」


 カノンも嬉しそうである。


 しかし、エリーがそれを聞いて渋い顔をした。


「古のダンジョン、カプリチオのこどが?」


「うん。エリーも興味あるの?」


「いんや、わだすはスカラベのこどだげで手一杯だ。んだげっど、カプリチオなら20年前がら閉鎖すでるはずだで」


「んぇ?!」


 メネウとセティの合唱になった。


「詳しいごだギルドの人さ聞いでけれ。わだすはそろそろ行ぐげっど、困ったこどさなったら農業ギルドさ来てけろ。力ばなれっがもしゃね」


 固まってしまったメネウとセティを置いて、エリーは控えめにそう告げると冒険者ギルドを出て行った。


 あまり大人数でカウンターに行くのも憚られたので、メネウとセティが代表してカウンターに尋ねに行くと、まさにエリーが言っていた通りの事を説明された。


「23年前からダンジョンとして機能せずに、試練と称して何やらおかしい事に巻き込まれるようになっていまして……3年で挑んだ数より帰ってきた数が半分を割って、20年前、急遽閉鎖となりました。挑まれるならギルドマスターの許可が無いとなんとも……」


 そしてそのギルドマスターは、現在戦後処理に追われているという。


「何でも手伝うので時間を作ってもらえたりしませんか」


「お話だけは通しておきます。また明日来てください」


 仕方ないので一行の元に戻り、言われた通りに説明をした。


「ならば明日くるしかなかろうな」


 とはモフセン。


「戦後処理なら仕方ないですよ。僕たちに手伝えることがあれば早く終わるかもしれません」


「そうだな。些か気になることがあるから後で俺は調べ物に行く」


 とはトットとラルフ。


 ダンジョンに行く気満々だったメネウとセティも、この雰囲気では駄々を飲み込むしかない。


 一先ずセティとはまた明日の朝ギルドで落ち合うことにして、宿を取りに外へ出た。


 そこでようやく街並みに目をやる。


「すげー!船が街の中走ってる!」


 町の中を縦横無尽に水路が走っており、そこを細長い舟……ゴンドラが数え切れないほど往来している。


 美しい街並みだった。水路から切り立ついくつもの建物はどれもカラフルに塗り分けられており、至る所に高い橋が架かっていた。ゴンドラの運行を邪魔しないようにだろう。


 ゴンドラの屋台もいくつも流れて来ている。町の主要な交通手段がゴンドラだとよく分かる光景だった。


「あそこに乗り場がありますよ」


「ふぉっふぉっ、行ってみるかの」


「いっそ乗らなかったら宿屋も分からんな」


 街の入り口にギルドが固まっていて、商業ギルドも当然そこにあった。始めて来た人間が迷わないようにだろう。


 商業ギルドで馬車を預けると、メネウたちはさっそくゴンドラに乗り込んだ。


 筋骨隆々としたセーラー服の青年が漕ぎ手だった。彼は自らをアーティと名乗ると、メネウたちのリクエストに応えて宿屋まで送ってくれた。その後別れて行動する予定だというと、ならば雇いきりで1日運転手を買って出ようかと言われた。ありがたく乗っておく。


 銀貨1枚でいいらしい。重労働だが、最初に教えられた貨幣価値を考えれば実入りの良い仕事だろう。


「じゃあ宿屋の後は、屋台を回った後に色男を図書館に乗せてきゃいいんだな」


 まだ腹拵えをしていないため、全員で屋台を見てからラルフは図書館に行くという流れになった。帰りも送ってくれるらしい。


「待ちの時間が長きゃぁ休めるしな。その分仕事はきっちりやるから任せとけ」


 そう言ってアーティはおすすめの宿屋に連れて来てくれた。


 水路から上がった宿屋は、家庭的な内装で落ち着けるところだ。壁にはドライフラワーが下がっていて、ほのかに香っている。


「うちのやつの宿屋なんだ。飯の味は町一番だぜ」


 ちゃっかりした男である。身内贔屓もこの街の作りならばさもありなんだが、客商売で極端な嘘をつくことは無いだろう。


 何より、宿屋の雰囲気が気に入った。


 奥から出てきたおっとりとした女性(アーティの妻だ)に説明して客間を4つ借り、1つはアトリエにする許可を取って、またアーティの舟に戻った。


 夕飯に期待してる旨を伝えて、ひとまずは屋台で腹拵えである。


 アーティは観光地ならではの客商売を心得ていて、あまりメネウたちに踏み込まず、どちらかと言えば案内と町自慢が多かった。


 そのアーティ紹介の屋台である。不味いはずが無い。


 ここの所旅続きで自炊ばかりしていたので、メネウたちは久しぶりの外食に舌鼓を打った。

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