第109話 じょうぶでながもち
翌日の観測結果でも、やはりスカラベの数が増えているという結果に至った。
メネウはこっそりとガッツポーズを決める。自分のせいじゃない、他に原因があるのだ。全てを察したラルフの視線が痛いが気にしない。
「奥まで入らねどならねべな」
「それじゃったら、やはりメネウとラルフが護衛に付くのが一番じゃろうの」
まだ日は高い。さっそくメネウとラルフを連れて、エリーは森の奥へと向かった。
道中、隙を見てメネウはスカラベの一体にこっそりと尋ねた。
「森で何か起きているの?」
そしてその答えに、メネウは目を丸くせざるを得なかった。
『奴隷狩りだよ。人も魔物も増えたから、私たちも数を増やしたの』
奴隷狩り。つまり、マムナクの所であれだけやってみせたのに、まだ風の一家は諦めていないという事らしい。
しかも、魔物も増えた……一体なぜ、魔物の数が増えることになったのか。
エリーにこの事実を告げて危ないからと戻すべきかもしれない。多少の妬心を買ったとしても、エリーを危険にさらすよりはマシである。
「エリー……」
「なんだべ?」
休憩中、水を飲んでいたエリーが深刻そうな呼びかけに振り返る。
「怒らないで聞いてほしい。……俺はスカラベと話せるんだけど」
「までまでまで、なんの自慢だそれは?!」
うぅ、怒らないでほしいのに、とメネウは思いながらエリーを宥めるようにして話を続けた。
「何が起きているのか今ちょっと聞いてみた。……奴隷狩りらしい。たぶん、戦になっている間に森の奥に入り込んだんだろう」
エリーは衝撃を受けて固まってしまった。
「どれ、い……」
奴隷。金持ちが扱う、生きる以外の全ての権限を奪われた者。
ナダーアでは特に禁じられていないが、人目を憚る事ではあるらしく、街中で見かけることはほとんどない。
しかし、高級そうな塀一つ隔てた屋敷の中では、今日も虐げられる下女以下の扱いをされている人が確かにいるのだ。
「エリーは危ないから一度馬車まで戻ろう。俺とラルフがなんとかするから」
「そうか、それでスカラベの数が増えただが……戦の影響だべな……」
エリーは震える手でメモを取っている。
冷や汗が伝って落ちた。一体彼女は何にそこまで怯えているのか。
帰りの道すがら、エリーは身の上を話してくれた。
「わだすはハーフエルフっでやづでな、奴隷の母親ど金持ぢの間さ生まれだんだ」
人間離れした美しさだと思ったら、半分はエルフだという。
「母さんの奴隷ながまがごまがしでぐれだがら、わだすだけ逃げるごどが出来だ。領主のやがださ出入りする農家の馬車さ混ぜでけだのさ。そんでわだすは何も知らねで田舎のじっちゃどばっちゃに育てらって……」
そして、その村を出る時に、奴隷狩りの恐ろしさと共に始めて自分の出生の秘密を知ったという。
ハーフエルフだって充分に奴隷として価値があるとされる、気をつけるんだよ、と。
「……なんで奴隷ってエルフばかり狙われるの?」
メネウにとっては純粋な疑問だが、エリーは肩を強張らせた。
「それは……」
「メネウ、それは俺が答える」
ラルフがエリーの言葉を遮った。エリーに何か気遣うような視線を向けて、それでも事実をメネウに伝えるために。
「エルフは人間に比べて『丈夫で長持ち』するからだ。美しいしな」
じょうぶで、ながもち。
高濃度の魔力を循環させるエルフは総じて魔力が高く、身体機能は低い。低いが、魔力が循環する器官は丈夫なので、足が遅かったり重いものが持てないとしても、怪我をすればすぐに魔法で治せるし、寿命が長い。
下手をすれば金持ちが死ぬまで奴隷でいて、また奴隷商が回収すれば何度でも金を生む。
死なない限り使いまわせる、丈夫で長持ちする商品。それがエルフだという。人間の奴隷は身体機能は高いがひ弱で短命とされて好む人間は少ないらしい。
沸々と、メネウの腹の奥から怒りが湧いてきた。
「エリー、怖い思いをさせてごめん。馬車で待っていて。モフセンもトットも、ちゃんと強いから安心して待っていてね」
座った目で笑いかけて馬車まで送り届けると、2人にも事情を話してメネウは「ちょっと潰してくる」と、踵を返そうとした。
散歩してくる、位の気軽さで行こうとされてもモフセンもトットも慌てて止めるしかない。
「あ、危ないですよ!多勢に無勢って言葉があるでしょう?!」
と、トットが止めれば、モフセンも頷く。
「相手は組織、ましてやプロじゃぞ。何とかできる算段はあるのか?」
「一回潰してるから大丈夫」
との答えには、ラルフ以外の誰もがぽかんと目と口を丸くした。
「再犯しないように徹底的に潰したんだけど、甘かったらしい。今後見つけたら潰していくから、止めないで」
メネウは奴隷制度に関しては、そこまで嫌悪感はない。そういう社会なのだろうと割り切っている部分はある。
自分は好き好んでやっていたけれど、食事も睡眠も削って社会に貢献していた前世の経験がそう思わせるのかもしれない。捕らえられてしまった人は、そういう人生で、逃げられた人は逃げられた人生なのだ、と。
それにいちいち止めに入っていては身が持たないし、そこまで善人な自覚も無い。
ただ、じょうぶでながもち、と言う理由で生活も人生も奪われる事を知ってしまったら、もうダメだった。
目に入る限り、腕が届く限りは助けたいと、そのくらいの正義感は持ち合わせているのだ。
中途半端かもしれないが、知ってしまったものを無しには出来ない。
「メネウの言っていることは本当だ。……エルフの一族に戦う術も持たせた筈だ。もしかしたらここも程なくして解放されるかもしれないが……」
「魔物も増えた、ってスカラベは言ってた。その時のエルフには荷が重いかもしれないから、俺が行く」
そして、奴隷狩りをしているなら物見は必ずいる筈である。
もう面が割れている可能性が高い。比較的開けた場所でキャンプをしているから、ここを狙われる可能性もある。
「召喚、ヤヤ!」
メネウはモフセンとトットに謎の仮面を渡すと、ヤヤに守りを任せた。
これなら万が一馬車が襲われた時には、エリーは眠って悲惨な状況を見なくて済むはずである。
エリーには馬車から出ないようにと言って(中にトイレも備え付けた)モフセンとトット、カノンやヴァルさんには馬車を守るようにとお願いする。
ラルフには分かる。メネウが静かに怒っていることが。
最初に剣を交えたあの時のように、底冷えする程に冷静で居ながら、氷の蓋一枚の下ではマグマが煮えたぎっていることが。
「ラルフさぁ、丈夫で長持ちだから、って人生奪われる人が目の前にいたらさぁ……」
「助けるしかないだろう」
「だよな、よかった。……今回も徹底的にやるよ」
「おう」
肩に乗ったスタンが、同じように「ぴ!」と同意を示した。
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