第106話 そして脅威は去りにけり?

 翼を無くした金の竜を抱えて、メネウは馬車の側まで静かに近づく。


 そのまま隣につけると、さてどうしようか、と会議が始まった。


「私ならぁ、流れ出たマグマを元素として吸収することができるわぁ……でも、体がこれじゃあ難しいのォ」


 巨大な宝石付きのトカゲになってしまった金の竜が躊躇いがちに告げた。


「私おかしくなってたわァ、この地に止まるのが恐ろしいけど、他に行くあてもないしぃ……」


 一通りの彼女の言い分を受けて、メネウたちも顔を突き合わせた。


 金の竜の言葉に嘘がないことは、同じく暴走状態に陥ったメネウにはよく分かる。


 だからこそ彼女をこのまま放置することはできない。


「主人、我にしたように服従させてはどうだ?」


「それはいいけど……新しい体まで作ってあげたら馬車がもたないかもしれない」


「エル・ドラドに頼るというのは……」


「それは一番したくない」


 何せ、どう考えても、ほぼ確信的に、エル・ドラドに気を狂わせる何かがあると見て間違いない。もしくは大陸の港町だが、気を狂わせる何かはアペプの手の者だろう。ならば孤島の方が動きやすいはずである。


 飛んで火に入る夏の虫になるのはごめんだった。


「あらぁ、体ならちょうどいいのがあるじゃなぁい」


「何?」


 ホルアムアケトにお姫様抱っこされている金の竜のするどい爪が、ホルアムアケトを指差す。


「これ、エレクトラムでできているわ。強いエネルギー受容体なのよぉ。体とリンクさせて、この金属の人形で元素の回収を行えばとっても速いわぁ」


 メネウにとっては消してしまってもいいモノではあるが、なんといっても兵器である。さっきまで気が狂って環境破壊していた竜に無条件で渡すわけにはいかない。


 モフセン、ラルフ、トットと素早く視線を交わす。これ以上の解決策には思い当たらなかった。


「俺に服従するなら、いいよ」


「もちろんよぉ。あと、そこのカワイイ子にお願いなんだけど、私も大地に還してくれないかしらぁ」


 カワイイ子とはトットである。ヴァルさんの現状を知っていたらしい。


「私がぁ、好き勝手暴れたしまったせいでぇ、金の神獣はそれを鎮めるのに大きなエネルギーを使ったわぁ。私が大地に還れば神獣にもエネルギーを渡せるのォ。お願いよォ」


 そしてどう言った力なのか、金の竜はメネウにだけ囁いた。


「大地に還れば影響を受けても動きようが無いわぁ。貴方に服従する限り、この人形を動かす精神くらいは汚染を免れるはずなのォ。おかしくなるのはごめんだわァ」


 メネウはそれを聞き、金の竜の目を見て嘘を言っていない事を確信すると、トットに目を向けた。


「やってくれるかな?あと、ヴァルさん、エネルギーを貸して欲しい」


「承った」


「もちろんです、僕で役に立てるなら!」


 よし、決定!とメネウが決めてしまうと、コックピットからホルアムアケトの胸部に出てきて杖を構えた。


 金の竜が祝詞を唱える。


「ここに召喚術師メネウを主人と定め、その喚び声に応えて世界の果てまで参じることを誓うわ。金の呼び声に応えて、私は万里を駆ける。……私を縛る名を決めて」


 ここは厨二病語録再びである。金ではそのまますぎるので、鉱山という意味の名を付けることにした。


「今日から君はベルクウェルクだ」


「契約は成ったわぁ」


 金の竜の体から光ると杖に光が収束していった。


 服従完了である。ごっそりエネルギーをもっていかれたが、まだ馬車もホルアムアケトも維持できているので腹二分目は残っているだろう。


 メネウはそのまま馬車に乗り移ると、ホルアムアケトにベルクウェルクの意識を移した。


 ベルクウェルクは早速手を握ったり開いたりして具合を確かめると、こくりと頷いてみせる。


 ラルフの目が輝きっぱなしなのを馬車に戻って発見してしまったが、メネウはそっと見ないふりをした。名前もロボもカッコいいらしい。


「よし、あとはトットの仕事だ。手伝うよ」


 トットとヴァルさんを連れてホルアムアケトの腕に乗り込むと、ベルクウェルクは器用に鉱山の一つ、火口に己の体を落とした。


 そして、島全体が見渡せる位置まで上昇する。


「この島全体が私の領域なのぉ。体は溶け出しているはずだから消える前に固着してちょうだい」


 ホルアムアケトの掌の上に立って、トットの背にメネウとヴァルさんが手を置き魔力を渡す構えをとった。


 合成の魔法陣を構えたトットから、魔力の奔流が起こる。知らない間にさらに魔力を増やしていたのかもしれない。殆ど魔力を持っていかれることは無かった。


「合成!」


 トットがそう唱えると、エル・ドラドの島全体が金色に輝いた。


 これで済んだはずである。


 フラ、と身体を揺るがせたトットをメネウが支える。2人とも相当消耗しているのだ。


「トット、すごいじゃないか!自分の力だけでやったな!」


 腕の中で力なく笑うトットが、目を細める。嬉しい、と呟いて気絶してしまった。


「じゃあ、私はこの体でやらかしたことの後始末をつけるわぁ。迷惑かけてごめんなさいね、いつでも気軽にベルちゃん召喚、ってしてね」


 ベルちゃん。


 どうにもメスっぽいと思っていたが、そしてその割に名前に文句を言わないと思っていたが、そんな可愛い略称を考えていたとは。


 妙にしなっとした巨大ロボ・ホルアムアケトに見送られて、一向はペガサス馬車でラムステリスまで帰った。辿り着いたのは夕方で人目も無かったので、そっと教会の裏手に着地してそのまま表の教会に向かう。


 エル・ドラドはかなりアペプの本拠地に近いのではないかという事を含めて、事の顛末をセケルに報告を済ませると、やはりジャミングを受けて状況は把握できなかったらしい。


「空飛ぶ!ホルスたん11話で出てきた幻の機体を観測できなかったなんて悔しいです……」


 そう言い残してセケルは空に帰っていった。残念がる所が違う気がするが、メネウは苦笑いするに留めた。今度フィギュアでも作ってお供えに来よう。


「俺らも帰ろう。これ以上面倒ごとに巻き込まれる前に」


 宿屋に、ではなく、これはソルシアに帰ろうと言う意味だろう。


 宿屋でカラーと合流すると、明日の朝出発ということで話はついた。特に準備はいらない、とメネウたちは残りの食糧を確認して付け足した。


 その日は4人とも、それはもうぐっすりと眠った。いや、1人巨大ロボと竜の名前に興奮して寝付けなかった白金の髪の戦士がいたが、それは知らなかったことにしてあげるのが優しさだとメネウは思うのであった。

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