第105話 サモン!ホルアムアケト!
「金の竜ーーーーッ!!」
「馬鹿野朗、突っ込む気か?!」
御者台で鞭で馬を駆るメネウをラルフが襟首をつかんで抑える。
金の竜が一瞬こちらを見たが、何もない。また巡回に戻った。
御者台の扉から馬車の中に転げたメネウを、ラルフが馬乗りになって押さえ付けている。
「自殺なら1人でやれ!止めに来たんじゃないのか、お前は!」
ラルフの言葉にメネウの瞳が揺れる。
怒りに我を忘れた、というか衝動に駆られた。
今も下手をすれば同じことを繰り返しそうになっている。ラルフにここまでされて、何故冷静になれないのか、それが不思議でだんだんと頭が冴えて来た。
(……これがアペプの影響か?)
だとしたら、発生源はこの近くのはずだ。
金の竜が我欲に狂うのも無理はない。
メネウが己の頰を両手で叩く。痛みで少しばかり頭がクリアになる。
「ごめん、俺ちょっとおかしくなってるみたいだ」
だから、とメネウは3人に謎の仮面を配った。
「要するに、レジストし続けていればいいわけだ」
メネウが何をしようとしているのか悟った3人はさっさと仮面を付けた。
「召喚、ヤヤ!」
メネウが杖を振って呼び出したヤヤは、メネウと頷きあって大音声に歌い出した。メネウの暴走に引きずられているようで、力が制御できていない。
メネウ以外の3人は仮面の力で何とかレジストしている状態だ。こんな近くでこんな歌を聞いていたら昏倒してしまう。
メネウはニヤリと口端を持ち上げた。レジストできている、少なくとも意識はマシになった。
メネウは静かにヤヤを屋根に乗せた馬車を駆る。金の竜の巨大なシルエットがみるみる眼下に迫った。
「巨大だなぁ、改めて。ヴァルさんも巨大だったけどさ」
「同じ大きさでこそバランスが取れるというものよ」
なるほど。大きさはそのまま強さだと思っていいようだ。
レジストしてみて気付いたことだが、アペプの影響は酩酊のようなもので、物理的に殴るのも効果がある。
ヴァルさんの時にはヴァルさん自身を削ったのも多少は正気に戻す役に立った気がする。
メネウの支配下に置ければそれが一番影響を受けないはずである。メネウがしっかりしていればの話だが。
「巨大なものを殴るなら、やっぱり巨大なものだよな」
御者台に立ったメネウは、スケッチブックの上に筆を走らせた。
後ろからラルフが腕を伸ばしてメネウの姿勢を支えていたお陰で、強風吹き荒び粉塵荒れ狂う活火山上空でも手早く描くことができた。
メネウは雲と同じほどの高さまで馬車を駆って登ってしまうと、ありがとう、とラルフの腕を解いた。
深く息を吸って、吐く。
こんな無茶も許されるだろうか?と、自問する。しかし、だれが咎めるというのだろう。
そう、メネウを咎めるものは居ない。
想像力の限りに、スケッチブックに描いた『彼』を召喚した。
スケッチブックを放り投げ、落下して来た其れに杖を思い切り振り被った。ページが光を放ち、魔力の奔流が可視化できる。
「サモン!ホルアムアケトォ!!」
其れはまるで巨人。しかし、人の暖かさを持たない兵器。
白磁の顔に黄金の翼を生やし、金色と青を主体にした流線的な体を持つ、神の兵器。
雲の中から突如現れた金属質の人型の何かに、馬車の中の3人は唖然と口を開けている。
「ラルフ、馬車お願いね!」
メネウはそう言い置いて、巨人の肩に飛び移った。馬車が大きく揺れる。
着地したメネウは『巨大ロボ』の胸まで走ると、『操縦席』に吸い込まれていった。
操縦席の中は360度フルスクリーンで景色を映している。自分の動きがそのままロボの動きになるトレースタイプだ。
今は上空待機状態。左手にラルフたちの乗る馬車を感知している。
ラルフは本能的に危険を悟ると、馬車を急いで遠ざけた。金の竜が見える位置だが、突然現れた人型の何かから十分に距離をとった場所に位置取る。
離れてくれたことに安堵すると、ホルアムアケトと呼んだロボの頭から生えている翼で空を蹴って、メネウは金の竜へと今度こそ突っ込んでいった。
落下に加速を組み合わせたような無茶な方法で金の竜に近づくと、メネウは思い切り振り被った。
ホルアムアケトの右腕がメネウの動きに合わせて思い切り振り上がり、落下の加速そのままを乗せて金の竜を突如殴った。
巨大な水柱をあげて海面に叩きつけられた金の竜は、何が起こったのか一瞬訳が分からなくなる。
海に沈みかけた身体を空に取り戻すと、そこでようやく己を殴ったものを見た。
「な、何よそれェ!反則じゃなァい?!」
頭から翼を生やした巨大な人型の金属。美しい流線形の造型をしたそれが、冷たい瞳で金の竜を見つめている。
何よそれ、と言われたメネウは張り切ってポーズを決めた。右手を自分の胸に当て、残りの手足を伸ばしている。
「説明しよう!ホルアムアケトは、アニメ『そらとぶ!ホルスたん』でホルスたんがオシリスとの最終決戦で乗った人型神機ロボである!」
この場にいる誰も意味を理解できませんよ、と、セケルがいたならたしなめてくれたのかもしれないが、いないものはいないのである。
「そういう事言ってるんじゃないのぉ!」
金の竜が叫びながら飛び上がり、ブレスを放って来た。
「ハルウェルの盾!」
メネウが左腕を構えると、太陽型の光の盾が展開してブレスが散開する。
「まだ正気に戻らない?仕方ないな……」
メネウは苦もなく金の竜に近付くと、沖合いまで竜を引っ張って飛んだ。背の鉱石を両手で掴み、海に思い切り叩き付ける。
今度は殴られたわけではないので海面すれすれで翼で止まった金の竜の横っ面を、思い切りトゲトゲしい足で蹴りつけた。
「んげふッ」
「いくぞぉ!暁のハルマキス!」
メネウが存分に離れた金の竜に対して全身を大の字に開くと、翼の一枚一枚が逆立ち、関節各所にあった宝玉が光を蓄え、中心たる操縦席の前に集約していく。
超高温の熱線が金の竜の金属の翼を焼き尽くした。
「あ、やべ」
今度は自力で上がってこれないはずである。
メネウは急いでボロボロに融解している金の竜に近づくと、海に落ちる直前にその身体をキャッチした。
「わ、私ぃ、何をしていたのかしらぁ……?」
「正気に戻った?ボロボロにしてごめんね」
海の上で厳かに翼を広げる巨人の姿は、エルドラドの人々の目と心を奪い、新たな信仰の対象となった。
ホルアムアケト、そう聞こえたという者の口伝によって瞬く間に信仰は広がっていった。
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