第97話 暇になってしまったので
暇になってしまった。
というのも、ユガによって名有り討伐を禁止されてしまったのだ。その代わりに冒険者ランクはBまで引き上げられた。
本来、Aランク冒険者がパーティーを組み、準備をして、1ヶ月はかけて行うべき仕事をあっさりと片付けてしまったので、致し方ないことかもしれない。
財政面で大いに困らせてしまった点(リングにまで怒られた)と、結晶の加工が追い付かなくなる点の二点から、暫く派手な魔物との立ち回りを控えるという約束になった。
もしかしたら、これ以上メネウに力を付けさせることに不安があったのかもしれないが、そこはメネウには計り知れない部分だ。
メネウはメネウなりに力を悪用しないつもりだが、それはメネウの基準であり、ユガや周りから見れば物騒なことには違いないのだから。
ということもあり、しばらくの間は装備を脱いで宿屋でダラけ(トットはその間にアトリエで調合を繰り返していた)ていたのだが、さすがに暇も過ぎた。
「……よし!」
メネウはベッドの上で何かを決めると、夕飯の席で3人に考えを話した。
日中はそれぞれがバラバラに過ごしているため、最近顔を合わせるのは朝晩の飯時くらいであった。
「ちょっと遠足に行こうと思うんだけど」
ガット豚の煮込みを薄焼きのパンにのせた料理を頬張ったメネウが、何でもないことのように言う。
「遠足とは?」
「出かける、ということかの?」
ラルフとモフセンの疑問に、あー、と頭をかいてメネウは「そう」と返した。
「宿はこのままで、ちょっと行ってきたい所があるんだ。一緒に行くかは好きに決めていいよ」
「無論ついていく」
「ワシも暇過ぎて鈍りそうじゃったしの」
「僕も調合がひと段落したのでいきたいです」
最近は町に冒険者の姿も戻ってきた。
メネウたちの強制ランクアップは、下位ランクを荒らすなという意味も多分に含んでいるだろう。
となればいよいよ暇なので、メネウはセケルに言われた通りにラムステリスに向かうつもりであった。
「ラムステリスって町に行きたいんだ。知ってる?地図で見る限り歩くと往復で1ヶ月くらいなんだけど」
テーブルの上を開けて、リングに見せてもらった地図を再現した世界地図を広げる。
指で今いるソルシアから、街道をなぞってラムステリスの場所を示す。
すると、ラルフとモフセンはこの町を知っているようだった。
「どこで知ったんだ?」
「メネウにしては珍しいの。そんな信心深かったかの?」
訳の分からないメネウとトットは思わず目を合わせた。
「ラムステリスには……あー、アムモスで知り合った人が寄ってくれって言ってて。今ちょうど依頼もなくて暇だし、近いし、行こうかなって。信心深いって?」
些か付き合いの長いラルフが察して説明してくれた。
「ラムステリスは、正式には信仰都市・ラムステリスと言う。神々を崇める教会だらけの都市だ。住まうものは尼か僧、若しくは余程信心深い者だけだな」
地図の上の二股に分かれた街道を、別の道の方を辿る。
「こちらに行けばナダーアの王都に着く。こちらはナダーア、国の名前を冠したそのままの都だ。基本はこちらを通る。物流も活気も.ラムステリスとは段違いだからな」
つまり、余程神様を崇めていなければ普通は寄らない場所らしい。
メネウは宗教は分からない。それに左右される生き方は、前世でもしなかったし今もする気が無い。
ただ、セケルのことは信じている。
そのセケルが態々寄ってくれと言ったのだから、足を運ぶのもやぶさかではない。
「ふぅん……まぁナダーアにはこっちのマギカルジアに行く時に寄ればいいし、知り合いたっての頼みだしラムステリスに行こう」
「では、明日出発するか?」
メネウは少し考えた。
歩いて行くには少し遠いような気もする。
「うーん、少し待って。準備する」
「わかった。こちらでも旅の支度をしておこう」
そうして数日以内にラムステリスに出発することが決まった。
次の日から支度は始まった。
トットは調合したものを商業ギルドに持ち込み、ラルフとモフセンはそれに付き合ったり、旅に必要な食糧を買い込んだりした。
結晶を買い取ってもらったお金は共有財産に丸ごとあてられたので、懐の温かい買い物となった。
メネウはメネウで商業ギルドに顔を出していた。と言っても、彼が用があるのはギルドマスターのリングである。
暫く待たされた後に、応接間にリングが現れた。
「なんだい、此間冒険者ギルドの財布を空にしたのに、今度はうちのギルドまで空にする気かい?」
「やだなぁ、人聞きの悪い。結晶はちゃんと加工費と手間賃を差し引いて商業ギルドが買ってくれたから、冒険者ギルドは損もしてないはずですよ」
「お陰でこっちの金庫が痛んだよ」
「がっぽり貯めてるのにひどいなぁ」
リングには町に来てすぐに半ば脅されたようなものだったが、メネウはやる事をやったので、その件は委細気にしない。
ポンポンと返ってくる小気味良い言葉の応酬に、リングもにやりと笑った。
取引相手は自信過剰でも卑屈でも対等にならない。そういう取引はリングは嫌いだった。
「で、何の用だい?」
「馬車を都合つけて欲しい。できれば御者付き、御者さんは口の硬い人」
「ペガサス馬車は出せないよ?」
あれは国の端から端まであっという間に移動できる優れものだが、メネウにとっても有難くない。半端なく目立つのだ。
だから首を横に振った。
「普通の馬車で、俺らと旅をしても文句を言わない、噂も流さない人付きで、ラムステリスまでの往復で貸し出し希望。いくら?」
メネウの条件は端的でわかりやすかった。
ペガサス馬車の時の御者は、さすがにあの目立つ馬車の御者だけあって専門職らしい。
「ふーん、少し高くつくよ。側近を付けるからね、金貨15枚」
「借ります」
相当ふっかけられているのだが、メネウは即決だった。
この分のお金はメネウのポケットマネーから支払われる。メネウ、ひいてはセケルの願いで行くのだし、馬車の旅を選択したのもメネウだ。
乗り合い馬車では不都合が起きるだろうし、何より他人と寝泊まりするのは多少なりとも不安があった。
「いいだろう、明日の昼に出発できるようにしとくよ」
「ありがとう」
という訳で、メネウは屋根付き馬車と御者を明日から借りることに成功した。
馬車の旅はペガサス馬車の一回きりである。
わくわくしながら宿屋に帰り、皆に明日から馬車の旅という話をした。
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