第96話 結晶換金で怒られた

 あくる日からも島中を冒険して回ったが、めぼしいものはなかった。


 しかし資源の宝庫だったのもあり、肉と果物が充分手に入ったので(トットの錬金術の材料もだ)一行は満足して帰路に着いた。ダマガルガが住処にしている湿地火山地帯では鉱石の採掘までできた。大収穫だ。


 様子見にいくらか早く漁船が寄ってくれたのだ。無事な上に遊び回っていたと聞いて呆れられたが構わない。


 一度ギルドに報告に寄ると、名有りを教えてくれた上に漁船を手配してくれたおじさんが受け持ってくれた。


「で、どうだった。一体くらいは倒せたのか?」


 メネウたちは思わず目を見合わせてしまった。倒したといえば倒したのだが、討伐報酬は出ないかもしれない。


 わからないもの同士で目を見交わしていても話は進まない。メネウが手をあげて尋ねた。


「俺は召喚術師なんだけど、服従させるのでも討伐に入りますか?」


「……待て、服従させたのか?」


 頷くと、少し待っていろといっておじさんは奥に引っ込んでしまった。


 どうやら前例が無いらしい。


 この世界の常識としては、ラージウルフホブゴブリン辺りを手懐けて戦うのが召喚術師の基本である。そこから頑張ってもケルピーやケイブマンティス、いけてガルーダに届くかどうか、名有りなんてましてや、と言ったところなのだろう。


 おじさんが戻ってきた。何やら髭の逞しい小男が一緒について来ている。


「ギルドマスター、ドワーフのユガだ。名有りを服従させたってのは本当か?」


「はい。呼びましょうか?」


 幸い手配書があるだけあって、細かな部分まで把握されているはずだ。呼べば一発で分かってもらえるだろう。


「待て待て。ギルドを壊されちゃたまらん」


 慌ててユガが止めるが、メネウは首を傾げた。


「大きさなんて変幻自在でしょう?」


「……できるのか?」


 これまた常識はずれだったらしい。


 召喚術は、術師の魔力を核にして、召喚獣の仮初の体を作り、そこに意識を呼び出す事で完成する。


 固定化して召喚しっぱなしにしているのが永続召喚、そうでなければ通常召喚である。


 要は仮初めの体を小さく作ればいいだけだ、とメネウは思っているのだが、そのコントロールは緻密な魔力コントロールを要求される。


 万物具現化や時空間操作のスキルを使えるように、無意識の演算能力が飛び抜けているメネウだからこそあっけらかんと使えるのであって、本来はそういう事はできないようだ。


 やべ、とモフセンの方を向くが、モフセンは知らん顔を決め込んでいる。


 メネウの常識外れの桁が違うせいで、モフセンはこの位はもう諦めろ、と思っているようだった。ラルフの目が怖いです。


「結晶も無いし、これしか証明できなさそうだから、やりますね」


 諦めたメネウが杖をカウンターに向かって構える。


 慌てたユガと職員たちが下がるが、そう警戒しなくてもいいだろうにとメネウは思った。


 フィギュア程の大きさを想像する。カウンターの上に小さく呼ばれる四体を思うと、自然にメネウの口元が笑った。


「トーラム、ファリス、ヤヤ、ダマガルガ、召喚」


 ごく小さな炎、木の葉、水、土の玉が現れ、その中から20センチ大の大きさになった四体が出現した。


「四体同時召喚?!この大きさで?!」


「兄ちゃん、あんた一体何者なんだ……?!」


 同時召喚も不味かったらしい。ラルフの目に射殺されそうだが、ラルフも召喚術師の常識についてはあまり知らないらしい。


 メネウも他の召喚術師に出会ったことが無いので、不人気職なのかもしれない。


 小さな魔物たちは大人しくカウンターの上にいるが、メネウを見てなぜ呼ばれたのかと視線で聞いてくる。


「ごめん。皆がもう安全だって証明しなきゃいけなくて」


 そういうことなら、とカウンターで大人しく佇む四体に、ギルド職員の視線が注がれる。


 大人しく従順な様を見て、沈黙と共に納得が誰しもの心に落ちてくる。


 メネウの静かな目とユガの視線がかちあうと、ユガはぞくりと肌が粟立った。


 歴戦を戦い抜き、冒険者として叩き上げでギルドマスターの地位に就いた彼にだけ訪れた漠然とした恐怖。いや、畏怖と言うべきだろうか。


 召喚術師とは不遇職である。


 大して強くも無い魔物を服従させて、魔法も使えず、レベルの低い冒険で精々荷物持ちをするのが普通だ。


 しかし、メネウ程の実力があればどうだろうか。


 並の冒険者では歯が立たない魔物を従え、自在に魔力をコントロールしてみせる。小さくできるという事は、巨大化させる事も安易なはずだ。


 いずれも強力な魔物を四体、巨大化させて呼べばこの町の制圧も容易い。だが、それをしない、する理由が無いからだ。


 それが分かるから一瞬ひるんだが、ここは示しをつけなければならない。機嫌は損ねないように、威厳も損ねないように。


「兄ちゃん、もう充分だ。報奨金を払おう。とりあえず島の方は安全そうだな」


「あ、でもあの島の遺跡にスポーナーがたくさんあったので、上陸はやめておいた方がいいと思いますよ」


 ユガが精一杯の威勢を張って応じた言葉に、更に意外な答えが返ってきた。


 召喚獣を返したメネウは、そこにいた召喚獣の代わりに、ゴロゴロとポーチから山のような結晶を取り出し並べた。


「おっと、ワシも忘れるところじゃった」


 モフセンがはたと気付いて巨大な結晶をカウンターの上に置いた。いつだかの迷子センターに行く途中、森の中で出会ったスカルナイトのものだ。


「こりゃ……手配書にあった名有りのじゃねぇか!」


「聖騎士ヴァコムか?!爺さんアンタとんでもねぇな!」


 名有りともなれば結晶の色と属性である程度判断できるものらしい。ダンジョンのフロアボスの物もそうだったが、やはり大きさも魔力濃度も違うようだ。


「あ、あとこれ道中で倒した魔物のも……」


 ゴロゴロ、ゴロゴロ、カウンターいっぱいになるほど並べられた結晶。


 ユガが震えて拳を握った。


「もっと小まめに換金しろやーー!!おい、商業ギルドに人をやれ!うちの金庫じゃ賄えねぇ!」


「は、はい!」


 バタバタとギルド職員が走って外に出た。


 ユガの剣幕にすでに及び腰になっているメネウを筆頭に、全員次に起こることが分かって表情が歪んだ。


 怒られる。ある種の確信を持ってメネウたちは自然に正座した。


「兄ちゃんら!魔物を倒すのはいいが、小まめに換金しろ!こんな事されちゃあな、こっちの財布がマワらねぇってんだ!」


「……ごめんなさい」


「大体な!普通、名有りと分からなくてもこんなでけぇ結晶をいつまでも持ち歩いたりするもんじゃねぇ!」


「すまんかった……」


「なんだこの結晶の数は!何と戦争してんだお前ぇらは!今後一切スポーナーに近づくんじゃねぇ!」


「はい……」


「注意する……」


 こうしてこってり絞られた後、島の地図を見ながらスポーナーの情報を提供し、たんまり報酬と結晶換金したお金を貰った一行は、今日は宿に帰って休むことを全員一致で決めた。


 人にズボラで迷惑を掛けてはいけない。メネウは心にしっかりと刻んだ。

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