第98話 馬車の旅、出発!

「はじめまして。よろしくお願いします、御者のカラーです」


 メネウたちが昼頃に商業ギルドにやってくると、防水布で屋根のされた四頭立ての馬車があった。


 キッチリとした執事服を着たしっかり者そうな女性が、姿勢を正して礼をする。黒髪を長く伸ばし、後ろでひとまとめにしている。肌の色が濃い女性だ。


 横にはリングがいて、キセルを蒸していた。


「あんたらは大所帯だからね。いっそ幌馬車の方がいいだろうと思ったのさ」


「男所帯に女の人を付けていいの?」


 うっかり間違うかもよ、とメネウが尋ねると、見せてやんな、とばかりにリングが顎をしゃくった。


 カラーと名乗った女性はステータスを全部表示する。職業は商人だった。


 問題はその下である。見事な3桁揃いの上に、スキルとしての護身術を獲得している。


「アタシの側近の中でも一番の腕っこきさ。この子でダメなら誰をつけても同じさね。男だから女だから、そんな事で選んでたらあんたらの旅についていけないだろう」


「そんな危険な事しないんだけどなぁ……、カラーさんがいいならいいよ」


 もちろんメネウたちが『間違う』ことは無いのだが、それはカラーには分かるまい。


 メネウは半ば不能と言っても過言では無い性格だし、ラルフは修行の身、モフセンとトットは論外である。リングはそれを分かっててカラーをあてがったのかもしれない。


 だからカラーが嫌ならここで断ってくれていいよ、という意味でメネウは言ったのだが、カラーは表情の読めない顔で、よろしくお願いします、と手を差し出してきた。


「うん、よろしくね」


 握手を交わすと、カラーは不審そうにメネウたちを見た。


 旅の荷物が少な過ぎる。


 夜はテントを張るし、食糧だって足りないようだ。


「大丈夫、ここに入ってるから。馬車は軽い方が早いでしょう?」


 メネウが笑ってポーチを叩いて見せると、得心したカラーは頷いた。


「では、行きましょうか」


 そう言って庇付きの御者席にカラーが座ったので、メネウはリングに用意の革袋を渡す。


 その際「彼女、本当にいいの?」と重ねてリングに尋ねたが「問題無いさ」と返ってきたので肩を竦めて馬車に乗り込んだ。


 幌馬車の中は、御者側には座るために厚手の絨毯とクッションが置かれていて、手前側には荷置き場が作られていた。


 特に置く物が無いが、カラーの控えめな荷物だけ置かれている。


 全員が乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出した。


 街中はのんびりと走っていたが、門の外に出るとスピードが上がった。


 幌馬車の窓を開けてメネウが風を取り込む。徒歩の旅よりもずっと早く後ろに流れていく景色に、思わず歓声をあげた。


「トットも見てみなよ!」


「はい!」


 お子様二人おおはしゃぎである。


 モフセンとラルフは街道で揺れも少ないからと、水筒に淹れてきたお茶を飲んでいた。


 思わぬ快適な旅にメネウは喜んだが、御者台を見ると御者席にはクッションがない。木で出来たそのままだ。


 それなりに長旅の予定である。


「カラーさん、腰痛くない?」


「大丈夫です」


「よかったら使って。俺ならクッションも持ってるから」


 そう言ってメネウは御者席に入るだけクッションを押し込むと、カラーが止めるのも聞かずにフカフカにしてしまった。


 カラーと言えば、金で雇われた御者であるし、馬車の操縦も慣れたものなのでこんなにしてもらう謂れは無いのだが、それでも馬車で1週間はかかる旅である。快適にしてもらうことに文句はない。


「ありがとう、ございます」


「どういたしまして。疲れたら止めてね、休憩にするから。勝手がわからないから、カラーさんにタイムスケジュールはお任せします」


 言ってメネウは幌馬車の中に引っ込んだ。


 スケッチブックを取り出して、クッションや座布団の絵を描くと、ポンポンと出していく。


「せっかく広いからカラーさんの寝床も作ろうかな」


 幌馬車は骨組みのしっかりした、前と後ろに扉と窓のついたタイプで、後ろ側の空きスペースはベッドも置けそうな広さが残っている。


 メネウは絵筆でパースを取ると、スケッチブックの中に梁を渡したカーテン、その後ろに快適そうなベッドマットレスを描いた。羽布団に羽根枕が4つ、荷物を入れるチェストも設える。


 男旅なら気にならなかったが、カラーは女性である。体を拭くための大きめの湯桶と、ふかふかのタオルもチェストの側に書き足す。


「どう思う?」


 と、男の発想なので他の3人にも尋ねた。


 絵を見ながらモフセンが髭を撫でる。


「ふぅむ、特に足らんものは無いように思うが……」


「……御手洗とかは外ですよね、流石に」


「床に絨毯も敷いてやったらどうだ?」


 ラルフの案を採用して床に絨毯を描く。


「足りなかったら言ってもらおう」


 メネウはそれで結論付けて、その絵を具現化させた。


 ガタン、と馬車が急に重くなり、大きく揺れる。


「な、何事ですか?!」


 カラーが慌てて馬車を止め、前の扉を開くと、そこには出発した時にはなかった快適な寝室が出来上がっていた。


「あ、ごめん。急で驚いたよね。カラーさんの部屋作ってた」


 どうかな?とメネウが遠慮がちに尋ねると、カラーは目を白黒させていた。


 常識外れとは聞いていたが、ここまで常識が通用しないと声も出ない。


 普通、馬車の中にベッドは置かない。部屋を作らない。さも当然のようにやってのけているが、急に質量が増えたりしないのだ。


 ましてやなんか衝撃もなかったのに、しっかりと梁が渡されたカーテンまで付いている。


「……足りないものある?」


「あの……むしろ、過分なのですが」


「ないならよかった!」


 聞いてない。


 これではカラーが持ってきたテントや敷布が無駄になったのだが、メネウは一切気にしない。


「着替えとかも必要だったら言ってね」


「はぁ、はい……えぇ?」


 たしかに、着替えは1着と下着を何組かしか持ってきてはいないが、それが出てくるとなると大問題だ。意味がわからない。


「パジャマとか無いでしょう?いや、もうチェストに入れとくよ。休憩する?」


 馬車を路肩に止めて呆然としているカラーにメネウはあっけらと尋ねたが、カラーはそれには首を横に振り御者台に戻った。


 まだ出発したばかりである。


 それなのに、この仕打ち。


 リングがとくに口の硬い自分を選ぶ訳だと納得すると同時に、男所帯だからではなく、正体が不明すぎるからという理由で他の者を選んで欲しかったと心から思うのだった。

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