第92話 盾甲のファリス

 翌朝、明け方まで歌を聴いていたメネウは大欠伸をした。


 思えばこちらに来てから娯楽とは宴くらいなもので、音楽や観劇なども日常的に行えるものではなかった。つい聞き入ってしまったのだ。


「大丈夫ですか?よく眠れませんでした?」


「大丈夫大丈夫。ちょっと夜更かししちゃって……あ、そうだ」


 朝の身支度をしながらトットと会話すると、メネウは3人に謎の仮面を配った。


「?」


「なんじゃ、急に」


「……」


 ラルフは嫌な予感がしているが黙って受け取る。


「それ、睡眠耐性がついてるから」


 ヴァルさんとカノン、スタンとは回路をつないで自分の耐性をリンクさせ、3人に仮面を着けさせて準備完了だ。


「よしじゃあご紹介します!……召喚!」


 水で出来た人ほどの大きさの繭が現れると、中から胴が二股のセイレーンが現れた。


 ぎょっとした3人に向かって、メネウはドヤ顔で告げる。


「昨日仲間になった歌姫ヤヤさんです。……ヤヤ、お願い」


 歌って、とメネウがねだると、ヤヤは美しい歌声で可愛らしい歌を奏で始めた。


 跳ねる魚のような、春の小花が揺れるような、そんな歌であった。


 一曲歌い終えるとメネウを始めとしてみんな拍手した。ヤヤが嬉しそうに笑っている。


「みんなが寝てる間に仲間になったんだ。俺は状態異常耐性があるから、歌が聞こえた瞬間にレジストして起きちゃったみたいでさ。歌のある旅もいいでしょう?」


 広範囲制圧も可能なセイレーンの二重唱を、メネウは娯楽に使う気らしい。


 またお願い、と言ってヤヤを返すと、メネウは仮面を回収してリンクを切った。


「いや、はや……驚いたぞぃ。まさかあのようなセイレーンだったとは……しかもお主、アレを旅の最中呼び出す気か?」


「ずっと独りだったみたいだからさ」


「答えになっとらん」


「僕、あんな綺麗な歌は初めて聴きました!」


 お母さんの子守唄もいいけど、とトットは照れ臭そうに頭をかく。


 モフセンもラルフも呆れたが、メネウがこれと決めたらこうする事は知っている。


 実際、素晴らしい歌声だった事は否めない。レジストできなければすぐ寝てしまう事が難点だが、裏を返せば敵に襲われる心配なく歌を楽しめるという事でもある。


 トットの情操教育にもいいだろう、と自分を無理やり納得させた。だいぶ毒されている。


 興奮冷めやらぬスタンが空を飛び、その下をカノンが駆け回っている。歌を気に入ったらしい。


「さ、朝ごはんを食べて残り2体を探しに行こう」


 気持ちの良い朝を迎えて、メネウたちは冒険の支度にかかった。


 キャンプにある程度荷物は置いておくので、カノンとスタンがお留守番である。


 ジャングルの気配は相変わらず濃密である。


 トットにとっての楽園だったようで、次々に採取をしてはヴァルさんのなかに放り込んでいった。


 ジャングルの最中で手配書を見たメネウは、ファリスが何故手配されているかを見る。


「トットみたいに薬草を採取していると襲ってくるのか。たぶん、人の方が知らずに縄張りに入っちゃうんだろうな」


 こんなジャングルの中に看板は立てられないし、とはいえ恵みを見逃すには惜しい、と。


 少々人間にとって自分勝手な理由な気もするが、そこは人間の出す依頼である。仕方ない。


「トットはその調子で採取してて。そろそろのはずだから」


「は、はい!」


 という会話から5分程後のことだった。


 羽音が聞こえ、その方向を見るとカマキリのような人のような、不思議生物が現れた。


 基本はカマキリだ。ケイブマンティスの一種だろう。


 それが、太い手足を持ち、大鎌はそのままに、鎧を纏った騎士のような姿になっている。


 ファリスは襲ってはこなかった。こちらをじっと観察しているようである。


 トットが採取を続けても、襲ってこない。


(おや?)


 もしかして、襲われたのではなく、縄張りの侵入者を観察しているファリスを人間が攻撃したのでは無いだろうか。


 そりゃまぁ身の丈2メートルはある巨大なカマキリに見られていたら落ち着かないだろうけれど。


「ファリスー」


 メネウは試しに声をかけてみた。


 すると、ファリスと呼ばれた進化したケイブマンティスは素直に羽音を立てて降りてきた。メネウから2メートルほどの所で止まる。


「縄張り荒らして悪かったな。もう少し薬草採取していいか?」


 ファリスは頷いた。やはり、敵意はないように見える。


 そこにトーラムが颯爽と現れた。


 あわや縄張り争いでも始まるのかと思ったら、どうやら2体は高め合う仲らしい。


 どちらからともなく技を発してぶつけ合う組手が始まってしまった。


「これ、討伐した方がいいのかな?」


「せんでもええんじゃないか?手配書が間違っとる」


「でも納得されないだろうしな……一応聞いてみるか」


 そう言ってメネウは木の枝の上にまで発展している組手を追いかけて跳躍した。


 枝から枝へ、幹から幹へと体を持っていくと、組手の真ん中に入ってファリスの一撃を杖で受け止めた。


「正当防衛だって証明するために、俺の仲間にならない?」


「……」


「クェェ、クァ、クァ」


 トーラムが何事かをファリスに語りかけると、納得したようでファリスは頷いた。


「え、いいの?手合わせとかは?」


「主人、そのケイブマンティスは強さは求めるが争いは好まんようだ」


 ヴァルさんの言葉にファリスはこくんと頷いた。


 だから、縄張りに入られてもじっと見ているだけなのだろう。


「縄張りに入られても、これまで通り襲われるまで戦わない。約束できる?」


 また一つ、こくり。


 静かに羽を広げたファリスに、メネウは杖を構えた。


「ここに、盾甲のファリスをメネウの召喚獣とする」


 トン、と杖をファリスの頭に乗せると、それで契約完了だ。トーラムとの手合わせに戻っていったので、メネウも頭をかきながら降りてきた。


「さて、じゃあ残りは……舌噛みそうな名前だったな」


「飛翔するダマガルガですね。……厄介ですね。いきなり襲ってくるそうなんです。島でも、海でも」


 ファリスとは真逆である。


「ヴォォォォオオオオ!」


 襲われるのを待つか、それとも探すかで迷っていると、急に森を揺るがす雄叫びがきこえた。


 これがダマガルガの声だろう。


 メネウたちが臨戦態勢をとると、トーラムとファリスもその輪に加わった。


 ダマガルガが襲うのは人間だけではないらしい。


 雄叫びが、近付いてきた。

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