第91話 そろそろセケルに聞いておく
「メネウさん、こんばんは」
さすがに旅も落ち着いたので、セケルの話の続きを聞きに来たメネウであった。
起こされれば勝手に意識が戻るはずなので、テントを一緒にしているのだからとりあえず体は安全なはずだ。
「前回、どこまで話したか覚えていますか?」
えーと、とメネウが顎に手を当て少し考える。
「アペプっていう混沌の神が人間の体を得て、秩序を壊そうとしてるけど神様の手は及ばない、って話だよな?」
「正解です。……以前にも言いましたが、あの世界は私の手を離れています。何故なら、天空樹の根が張っているからです」
何故そこに天空樹が絡んでくるのだろうか?
不思議に思って首を傾げる。セケルは察して補足してくれた。
「あなた方が天空樹と呼ぶ樹こそが、あの世界の秩序……元素を作り、命の営みを管理し、時を定めるものなのです。そして天空樹は根の一つにすぎません。あの世界の秩序を辿り、他の世界の秩序をも崩すことができる……私の手を離れているのは、天空樹の根が張ったからです」
うーん、とメネウは腕を組んで考えてから、自分なりにまとめてみた。
「要するに……アペプは天空樹を枯らそうとしている、それを食い止めればいい、ってコト?」
「はい。そして私たち神ではそれができません。著しく権能が制限されるので、天空樹にまで至れないのです」
ですから、メネウさん、どうかお願いします、とセケルに頭を下げられて、メネウは慌ててそれを止めさせた。
「や、やめてやめて!そもそも俺が転生させようなんて思われる生活してたのが悪いし!」
そうだ。さすがに大往生していたら転生させようなどとは思わなかったはずである。
メネウだって、山本和也の人生に納得していたら、そもそも転生しないという選択をしたはずだ。
そしたらそもそも、メネウはこんな事を知る由も無い。
だから、メネウにとってこれは自分の問題だ。
「俺、まだ死者の書とかはよく分からないけど、あの世界を描きたいんだよ」
カノンのように。
あの世界にあまねく満ちる全てを、自分の手で描きたい。
「だからまぁ、任せて。そうだ、今日すごい強いやつが仲間になったんだよ。きっとこれからも面白くて強いやつと出会うから、描きながらのんびりだけど……まぁ、漁船に乗ったつもりで任せて」
大船とも泥舟とも言えないが、とりあえず前に進むことは約束できる。
そんな意味をちゃんと理解して、セケルは笑った。
「はい、お願いします。……そうだ、メネウさん。そこでやりたい事が終わってからで構いませんから、ラムステリスという町に寄ってください」
わかった、とメネウが言う前に、急激に意識が引き戻された。
ハッと気付いたのはテントの中である。
みんな熟睡しているが、メネウだけは何故か目を覚ました。
(……歌声?)
素晴らしい歌声だった。
聴いているだけで涙が溢れそうになる、魂を揺さぶる二重の声。
風鈴を鳴らすような高音に、大地を揺さぶるような低音。言葉の意味は分からないが、何故か強い哀愁を呼ぶ声。
歌はテントの外から聞こえる。
簡単にローブを羽織って杖を持ち外に出る。ポーチも一応は持った。
歌声に導かれるようにして岩場に二つの人影が見えた。
段々と近付くと、それが一つの人影であったことが分かる。
下半身が魚のようになっており、二股に分かれた上半身が高音と低音を歌い分けている。綺羅綺羅しい難破船の装飾品を身に付け着飾ってはいるが、ほかに仲間は見当たらない。
美しい『セイレーン』……おそらくは、歌姫ヤヤだろう。
メネウはそっと手配書を取り出してみた。
昼夜関係なく船を眠らせ続けていたらしい。眠らせるだけで襲いはしないらしく、それでも悪天候の日に会えば一たまりもないという。
歌が届けば眠ってしまうため、討伐もままならなかったそうだが、メネウは状態異常耐性がある。
美しい歌声を堪能しながら、考える。
(……山本和也と一緒だな)
異端。
きっと他のセイレーンは胴は一つだけなのだろう。
高音と低音の美しい二重唱は奏でないのだろう。
こんなに強力に魂を揺さぶる歌を歌わないのだろう。
(だから……セケルと話した今、出会ったんだろうか)
メネウはそっと歌が途切れたところで拍手をした。
驚いてこちらを見る4つの目に笑いかける。
「ステキな歌声だった。もっと聴いていたいくらい。……だから、お願いだよ。俺の仲間になってくれないかな」
きっと俺たちは似た者同士だから、とメネウは言葉にはしなかった。
しかし、その意図は伝わったようである。
美しい二つのメロディが帰ってきた。
岩場から海に飛び込み、暫くするとメネウの立っている砂浜へと泳いで来て丘にあがる。
メネウは杖を構えて、短く呪文を唱えた。
「ここに、歌姫ヤヤをメネウの召喚獣に定める」
そうして、杖で二つの頭を順に軽く撫でる。
「俺が聞かせて欲しい時には呼ぶから、船があるときは歌っちゃダメ。守れる?」
ヤヤは嬉しそうに笑うと、2組の腕を組んでこくこくと頷いた。
群から追い出され、歌を聴く者もおらず、類稀な二重唱で全てを眠らせてしまう。
その孤独は如何程のものだったろうか。
「とりあえず、もう少し聴きたいな。お願いします」
メネウがその場にあぐらをかくと、二人は美しい二重唱を奏でた。
月はまだ中天にある。もう少し、喜びの歌を聴いていてもいいだろう。
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