第90話 熱脚のトーラム
脚に炎を纏わせたトーラムは、ガルーダ特有の強い脚力で砂浜まで一気に駆けてきた。
海を背にトットを庇う形で臨戦態勢をとった3人は、果たして誰にくるか、とトーラムを睨みつけた。
距離残り10メートルというところで、トーラムが跳んだ。この世界のガルーダは飛行はできないようだ。
そして炎が渦巻く蹴りがトットに向かって振り下ろされる。
寸前でメネウが杖で受けて弾いたが、メネウの腕が痺れるほどの威力だった。
「やるなぁ。何でトットを狙ったんだろうね」
「ガルーダは闘争本能の強い魔物じゃ。弱い者から狙うのじゃろう」
いくら不利でも何が何でも弱者から排除する。それは強者との神聖な戦いを望む獣が本能だ。
「……いいね。強いし、このままにしておいたら迷惑をかけるみたいだし、俺のものにしてしまおうかな」
メネウは弱いものを『服従』させる事には抵抗があった。
召喚術師は魔物や神獣を『服従』させる事で『召喚』が出来るようになる。しかし、メネウの場合は召喚させて戦うよりも自分が戦うほうが早い有様で、あまり乗り気ではなかった。
ただ、モフセンとの会話で思うところはあったのだ。何でも出せるから召喚ということにしてしまおう、という理由で選んだ召喚術師でありながら、まともな『召喚獣』がいない、という現状に。
さすがにまずい、とは思っていた。
そこにきてこの名有りの魔物の強さである。メネウにとって罪悪感も無く、殺してしまうには惜しいが放っておけない魔物、という存在は都合が良い。
『服従』させてしまえばメネウの命令は絶対だ。今、人が困っていることをさせなければ良い。
「よし、決めた」
メネウの笑いながらの言葉に、ラルフとモフセン、トットの視線が集まる。
「名有りは全部、俺が召喚獣にする!」
だから見てて、とラルフとモフセンにトットの守りを任せると、メネウは杖を構えたままトーラムに近付いた。
ファイティングポーズのまま距離を取るトーラムに向かって杖を向けると、メネウは水球を5つ呼び出した。
杖の周りを漂うバスケットボール程の水球を、トーラムの上空へと飛ばす。
「トーラム。大人しく俺の召喚獣になればよし、従わないなら……こんな感じでどう?」
水球が、逆さの平たい三角錐の形を取ると、五方向から次々に光線がトーラムがいた場所を狙って飛んでくる。
トーラムが居た砂浜はガラス状に焼けている。超高熱の熱線が、メネウの想像通りに太陽光を集約してトーラムを狙っているのだ。
「キェェエ……」
「やるな貴様、だそうだ」
ヴァルさんの通訳が入った。
「ありがとう。主人と認めてくれるともっと嬉しいんだけど」
「クァ、クェェエ、キェ」
メネウがトーラムに礼を言うと、何ごとか意思もつ回答が返ってきた。
「魔法は好かない、戦え、だそうだぞ」
「あんまり得意じゃないけど、分かった!」
メネウはレンズにした水球を杖を振って消すと、杖から剣を抜いて正眼に構えた。
「ふぉっふぉっ、剣もやるのか。侮れんのぉ」
「どういう訳だか記憶喪失の割に武器も体術もそれなりだ」
「僕もいっぱい食べればメネウさんのようになれますかね……!」
今のところは、ようやく少し痩せているくらいになったトットなので、ラルフはそうだな、と肯定しておく。
食べ過ぎて太るのは健康に悪いが、発育が悪い分は取り戻してもらいたいものだ。
「メネウが仕掛けるぞぃ」
モフセンが構えたメネウを見て呟いた。
ガルーダもかくやの脚力で距離を詰めると、トーラムは跳んでその剣を躱す。躱した動きで背後を取ろうとするが、落下速度よりもメネウの移動速度の方が早い。
危なげなく下がって逆にトーラムの背後を取った。そのまま剣を横に薙ぐと、トーラムは熱脚でその攻撃をいなした。
少しメネウはびっくりとする。この剣は天空樹製である。切れないものはないはずだが、トーラムはどうしてかそれをいなしたのだ。
「熱だ!」
ラルフが叫ぶ。なるほど、熱を利用して触れずに刃を押し返したらしい。
メネウは何を思ったか、剣を杖に納めた。
(やったこと無いけど、描いたことはある)
何カットも連続して。資料の動画を何度も見て。それこそ『想像が容易いほど』に。
動きの一つを詳らかに描くのが仕事だったのだ。今は描くのではなく、それを実践するための肉体がある。
杖の尻を砂浜に刺し、居合の構えを取ったメネウがトーラムに笑いかける。挑戦的な笑みだった。
「……こい!」
ラルフもモフセンも見たことのない構えだ。腰を深く落とし、その場から動けるようには見えない。
手は得物を捉えているが、動かないならば剣を打ち込む前にやられてしまうのではないかというのが二人の見解だ。
しかし、メネウの間合いはモフセンたちが思うよりも広い。
トーラムがその間合いに入った瞬間、ドンと砂地を踏んだメネウが予想以上の間合いでトーラムを斬った。
「クケェ……」
短く鳴いてトーラムは倒れた。メネウはすぐに近寄ると、トーラムにヒールをかけた。
「トーラム。いい勝負だったけど俺の勝ち。召喚獣になってくれる?」
「カァ」
「いいらしいぞ」
すっかり切り傷の癒えたトーラムの答えをヴァルさんが翻訳してくれる。
「ここに、熱脚のトーラムをメネウの召喚獣と定める」
ヴァルさんの時とは違って簡素な呪文である。
唱えて杖でトーラムの額を軽く叩くと、トーラムとの間で元素が光り、契約完了だ。
「えーと……あー、島に寄った漁師さんとかに戦いを仕掛けてたのか。トーラム、今後はそれ禁止。たまに俺が呼んで手合わせするから、それで我慢して。トットの相手もお願いね」
手配書を読んだメネウがそういうと、トーラムは了解の意味で一声鳴いてジャングルの奥へと帰って行った。
「よし、これで召喚獣が一体増えたな!忘れないようにメモしておこう」
これはとんでもないことである。
手に負えないから名有りなのだ。それを倒すどころか手懐けたとなれば、目立つことこの上ない。
「どうやっても目立つことしかせんのう……」
「あいつと旅をするならそれなりに腹を決めておいた方がいいぞ」
「ですね。ダンジョンのフロアボスも一撃ですから」
モフセンはやれやれと首を振ると、諦めて笑いを零した。
「仕様がないの。次はどの名有りにするんじゃ?」
「お腹空いたから、ご飯食べながら決めよう」
気付けばすっかり夕飯時である。
メネウたちはジャングルの入り口にキャンプを設営した。ここを拠点に、明日から行動しようと決めて、ひとまずは買い込んだ食材と残り少ない魔物の肉をせっせと消費した。
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