第93話 飛翔するダマガルガ

 雄叫びは島の真ん中にある山の上から響いた。


 ジャングルの木々の間からそちらを観察すると、蛙のようなシルエットが見える。


 まだかなりの距離がある。それでシルエットが見えるという事は、相当に大きい。


 そのカエルは雄叫びをあげながら、山から一気に裾野まで跳躍した。


 もはや飛翔と言っても良いだろう。着地の衝撃にメネウたちが立っている場所まで揺れる。


 足跡がズンズンと近付いてくる。そして、また跳んだ。今度はメネウたちの目の前に木々を押し倒して着陸した。


(でかいなぁ……)


 その割に敏捷だ。


 二階建て程はあっただろう木より頭が抜きん出ている。3階建てのビル程は無いが、幅も奥行きもある、巨大な黒いカエルだった。


「グァァアアア!!」


 メネウたちに向かって吠えると、辺りの木を薙ぎ倒しながら転がって暴れている。


「様子がおかしいのう」


「あぁ。襲ってくるというよりも、何かから逃れたくて暴れているような……」


 モフセンとトットを抱えたラルフは危なげなくダマガルガを避けながら会話している。


 トーラムとファリスも後退して木の枝の上から観察している有様だ。


 メネウはサーチを目にエンチャントしてダマガルガを観察してみた。


 すると『寄生虫』とでるでは無いか。


「モフセン!」


 声をかけて、モフセンの目にもサーチを付与した。結界治療で気配探知はお手の物なはずだ、彼に見てもらうのが早いとメネウは判断した。


「こりゃまた、でっかいのに巣食われとるの。メネウ、あれの動きを止められんか?」


 暴れたままでは治療もままならないらしい。


 ならば、とメネウは人間には謎の仮面を渡し、トーラムとファリスには回路を繋いだ。


 トーラムもファリスも急なことに驚いていたが、メネウの思考を得て落ち着いたようだ。冷静にダマガルガからの距離を取っている。


 ラルフたちは本日2回目なのでさすがに飲み込みが早かった。手早く仮面を装着したのを見て、メネウは杖を構えた。


「召喚、ヤヤ!」


 ダマガルガの目の前に水球が現れ、そこに美しいセイレーンが登場する。


「ダマガルガを眠らせて!」


 頷いたヤヤは、暴れ、雄叫びをあげるダマガルガの声と音域の違う声で子守唄を歌った。


 どんなに大きな声であろうと、違う音域ならば阻害されない。また、低音担当の方が逆位相波でダマガルガの雄叫びを中和している。


 歌うことだけをしてきた歌姫は、声で負けることを良しとしなかった。


 優しく揺蕩う漣のような子守唄に、ダマガルガがドターンと体を横たわらせた。恐らく、彼の中で暴れていた寄生虫も眠ったのだろう。


 ダマガルガが眠ったことでいつもの二重唱になったヤヤが歌っている間に、モフセンがダマガルガの腹に近付いた。


 寄生虫の気配を探り、そこに結界を掛ける。そのまま結界を繰って、寝ているダマガルガの口から吐き出させた。


 太さはメネウの腕ほどもある、全長3メートル程の白い寄生虫がピクピクと震えている。宿主を失って苦しいのだろうが、こんなものに巣食われていては宿主だって苦しい。


「……これは食べられませ」


「もっとまともな物食わせてやるから!」


 トットの言葉に被せ気味にメネウが叫んだ。不憫、不衛生、節操無しにも程がある。教育しなければならないかもしれない。


 教育上よろしくない上に、二次被害の莫大な寄生虫に対してメネウは容赦しなかった。


「トーラム、焼いて」


 トーラムは応えて炎を纏わせた脚で寄生虫の頭を踏み抜き、そのまま身体を焼いてしまった。


 ……それなりの大きさがあるせいで、少し美味しそうな匂いがした事に、その場にいる全員が気まずそうな顔をした。


 焼き切った後にダマガルガを起こすと、彼は元来おとなしい性質なようで、痛みに我を失っていただけだと分かる。


 メネウが鼻先を撫でても大人しくしていた。


「なぁ、このままだとお前のことを倒しにくる奴が出てきちゃうんだ。俺に服従してくれないか?」


「グェゴ!」


 いい、という意味なのはメネウにも分かった。


 早速杖をかざして呪文を唱える。


「ここに、飛翔するダマガルガをメネウの召喚獣とする」


 これでこの島でのすべての契約を終えた。


 メネウがダマガルガの喉を撫でると、ダマガルガは嬉しそうに大きく鳴いた。人懐こいようだ。


 ファリスの縄張りが荒れてしまった事をふと思い出したメネウは、ファリスにどうするか尋ねた。元に戻そうと思えばできるがどうするかと。


 羽を震わせて何事かを返してきたのをヴァルさんが通訳する。


「このままでいいそうだ。踏まれて強くなる植物もある、と言っている」


 泰然とした態度にメネウが感心すると、回路が繋がったままなのでファリスが照れたのが分かった。


 ん……?と思ったメネウにヴァルさんが教えてくれる。


「ファリスはケイブマンティスの女王だぞ」


「やーーっぱり雌でしたかーー」


 ここのところフラグが立ち過ぎだと思う。主に虫に。


 死んだ目でファリスもトーラムも撫でて労い、一番貢献したヤヤもしっかり撫でて褒めてやる。


「よくやってくれたな」


 メネウがそう言葉を掛けると、ヤヤが嬉しそうに歌い出しそうになったので慌てて止めた。


 ダマガルガとはまた回路を繋いでいない。この巨体がまた眠ってしまったらジャングルの被害が大きくなる。


「あ、そうだ。ラルフたちは先にキャンプに戻ってて」


「何をする気だ?」


 に、とメネウは笑ってスケッチブックと絵筆を取り出した。


「お絵描き」


 熱脚のトーラム、歌姫ヤヤ、盾甲のファリス、飛翔するダマガルガ。スケッチブックの後ろ側から開き、見開き2ページを使って4体を描く。


 トーラムは躍動感あふれる炎を纏った蹴りを繰り出す姿で。


 ヤヤは美しい歌を歌う様を水を使った模様で表現して。


 盾甲のファリスは密林の植物をふんだんに装飾に使い、女王の風格を描き。


 飛翔するダマガルガは山を悠然と歩く姿を筆の上で捉えた。


 それぞれの絵の横に彼らの名前を書くと、魔物たちから魔力の塊のようなものが絵に宿った。


 それはカノンの時のように消えない絵としてスケッチブックに残る証。


「うん。いい絵になった」


 見て、と彼らに見せると、興味深そうに魔物たちは覗き込んだ。


『主人は絵がうまいのだな』


 うん?


『よく描けております』


『感動致しました』


 うんん??


『女王として誇らしい』


『迷惑掛けた分だけ役に立ちまさぁ』


 何かが聞こえてくる。


 どうやら顔を見るに、魔物たちの言葉が理解できるようになっていると踏んで間違いない。


 メネウは久しぶりにステータスを表示すると、そこにはだいぶレベルが上がって30になっている表示と、新しいスキル『言語理解』が加わっていた。


「……ま、いいか。君らと仲良くできた方がいいもんね。改めてよろしく、みんな」


 メネウは力なく一つ息を吐いて、新たな仲間に笑いかけた。

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