第85話 痛快!爽快!仮面X!

 モフセンが老獪さでマギカルジアを翻弄している間に、ラルフはナダーア軍と対峙していた。


 腰にはいつもの剣ではなく、メネウお手製の模造刀を持っていた。よくしなり、刃物としての機能は失ったおもちゃの剣である。


 壊れる事は無いのでその点は安心だが、ラルフは溜息を吐いた。


 ラルフには魔法の才能は無い。一対多の戦いも学んでいるが、敵が2万を超える大群なのに一人で相手をするなどあり得ない。


 あり得ないが、やるしかない。


 まだ困惑している軍の前に、巨大槍を背に堂々と姿をあらわす。


 ラルフは元々一国の騎士ギルドの長であった。兵法も勿論心得ている。


 今のナダーア軍は、自分に一兵団の軍勢がいれば数の不利を覆して勝つ事も可能な有様だ。


 だが、兵は居ない。あるのは『認識されない』という有利とおもちゃの剣のみ。


 ラルフはとりあえず、歩いて近づいた。誰だ?とこちらを見る人間はいるが、すぐに視線を外されてしまう。


 そういう兵を、片端からおもちゃの剣で昏倒させて回った。衝撃の瞬間に、ばちっと雷の魔法が発生して敵兵の自由を奪う。メネウのエンチャントである。


 手当たり次第、奥にいるだろう大将を目指して真っ直ぐに。


 ラルフは怒っていたのだ。


(不甲斐ない、あまりに不甲斐ない……!)


 敵の一人も殺せぬ武器で戦場に立たねばならない自分の実力に。


 実戦武器では殺さず多を制圧できない己の技量の無さに。


 こんなおもちゃで楽をしている現状に。


(不甲斐ない……!)


 敵を打つ。さすがに様子がおかしいことに気付かれ始めたが、気にしない。俄かに慌ただしくなった軍勢の中を剣を振るって歩き続ける。


 その瞬間、ラルフの想いに応えて、彼のレベルが10まで巻き戻った。真のレベルが解放されたのである。


 ラルフのスキル『肉体強化』『剣鬼』そして失ったはずの『身刃一体』が発動した。


 剣鬼はダメージを受けても、妨害にあっても、変わらぬコンディションで剣を振るう事ができるスキル。


 身刃一体は、文字通り刃が腕と同化するスキルだ。


 失った能力を取り戻したラルフは、右腕の先に白く輝く刃を得て駆け出した。


 びよん。


 しなる剣が駆けた加速で更にしなる。ラルフの左右の者の意識を奪ってゆく。


 トレーニング用のボディブレード並にしなっている。残像が見えた。


 さすがに、よく分からないが敵だ、と認識されて敵兵が群がってくる。


 凶刃をかいくぐって振るうはおもちゃの剣。情けなさに最早泣きそうになったが、堪えて剣を振り続ける。


 しなる剣で相手を打ち、しなりを利用してその周りの者へも刃を当てる。


 一騎当千の働きをするラルフは、とうとう大将と向き合う事になった。


 陣営のやや後ろ側、兵法としても正しい位置につけた大将は、守りの兵を十数人連れていた。


 朝から食糧をやられ、槍が振り、味方が訳も分からないままに倒れて軍は徹底的な混乱状態だ。


 なかなかやりそうな御仁に見えたが、それでも混乱の回復にはまだ時間が掛かるだろう。何せ無数の槍は天を突いてまだ聳え立っているのだから。


(虚仮威しどころではないな)


 素直に感心するが、振るうたびにびよんびよんとしなる剣が、それを口にすることを許さない。


「貴殿が大将か。俺は謎の仮面X、あの大雨と槍を降らせた男の仲間だ。この戦、我々謎の仮面が勝利を貰い受ける」


 ラルフはびよびよとしなる剣で大将を示すと、一方的に宣誓した。


「な、何を馬鹿なことを……我々はこのままでは十数年後に飢えて死ぬ。それまでに開拓を進めねばならぬのだ。退けぬ!」


 あの槍を降らせた者の仲間と聞いて怯むも、飢饉がくると強烈に思い込んでいる。


 モフセンがスカラベギルドに確認したが『そんな事実は無い』という。スカラベギルドそのものに箝口令が敷かれ、表向きはそういう事になっているのだ。モフセンは昔馴染みで今は冒険者だからとこっそり教えてもらえた。


 箝口令を敷いたもの……王か、その側近かは分かっているのか、はたまた『何らかの洗脳を受けているのか』は分からないが、この男はただ命令に従っているだけのように思える。


「愚かしいな。そんな事実は無いというのに」


「な、何を言うか!」


「それに、仮にそれが事実だとしても悪いようにはしない。俺に負けたら退け、勝てば俺は殺されてやる」


 自分は殺さずの刃しか持たない状況で命を賭ける。この状況を作ったメネウを許さない、と思いながらもラルフは表向き平然としていた。


 この認識阻害仮面、こういった『多数の味方の中にいる敵』となると少しばかり効果が薄くなるようだ。


 街中で嫌いな奴を見かけたら、敢えて避けるだろう。あのような感じで。


 だが、大将とその側近以外は『敵はどこに?』状態である。都合がいい。


「どうやら俺を敵だと思っているのは貴殿とその守りのみのようだ。此方は犠牲を出したくない。一斉にでも一騎打ちでも構わん、かかって来い」


「ぐ、我らがそんな挑発に乗る理由は無い!そんなことを言って、その怪しい魔道具、マギカルジアの手の者だろう!」


 馬鹿の相手は疲れる、とラルフは内心溜息を吐いた。


 まず、攻め込むならば相手の戦力は徹底的に調べるべきだ。マギカルジアの中にあの槍の魔法を使えるものは居ない、位は知っていて当たり前である。


 そしてよしんば情報が不正確であっても、マギカルジアがあんな魔法を使えるならとっくに使っていたと分かるはずだ。


 抵当徹尾無能が上に立つ国のようである。


「わかった。だが、俺が貴殿を拘束するのには変わりない。ゆくぞ」


「お、おのれ!守れ、討ち取るんだ!」


 守りの兵がざっと進み出たが、周辺の兵にはラルフは認識できない。それよりも倒れた仲間の救護に当たっていた。


 相手取るのは練度の足りない十余名。ラルフにとっては他愛無い敵だ。


 迫る刃を躱しては胴にしなる刃を打ち込み意識を奪う。


 右手の敵を打った返す刃で正面の敵を打ち、しなりに任せて体を半回転させて背後と左の敵を打つ。


 あっという間に制圧してしまうと、剣を構えた大将との一騎打ちになった。


 馬上の人になる暇もなかった。一足飛びに距離を詰めたラルフの剣が、大将の胸を打つ。


 それで勝負は決着した。


 倒れこむ大将の体を抱えると、ラルフは大音声に叫んだ。気迫のこもった声で。


「大将は獲った!退く者は退け!」


 もともと、国内でもあまり好ましく思われていなかった戦である。


 出てきたはいいが、命令であるから仕方なく、という者が多い。士気が低いのだ。


 自軍深くで意識のない大将を抱えた男にそう宣言されてしまっては、大将の命もある、退くという選択をするものも多かった。


 ラルフは悠々と、大将を肩に抱えて敵軍の中を歩いて槍の麓まで去っていった。


 誰も止めるものは居なかった。


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