第86話 終戦を告げるZ

「お疲れさんー」


 マギカルジア指揮官とナダーア軍大将が連れてこられたのは、巨大槍の柄の上だった。


 槍の麓で落ち合った指揮官を抱えたモフセンと軍大将を抱えたラルフから、カノンがおもちゃでも咥えるようにして二人を受け取り槍の柄の上まで運ばれた。


 ラルフとモフセンはちゃっかり背中である。


 指揮官の方はカノンに気付いてさっと血の気が引いていたが、大将の方は気絶していて気付かなかった。


 そしてラルフとモフセンに掛けられた最初の言葉が冒頭のアレである。羽よりも軽い。


「まずは起こさなきゃな」


 メネウは上級回復薬の蓋をあけると大将に掛けてやった。それで大将は意識を取り戻す。


 指揮官は呆然とそれを見ていた。


 馬鹿高い上に貴重な薬を気付に使うとはどういう事なのかという顔である。未だに四肢の自由は効かないし、自分たちを囲んでいる男たちもしっかりとは認識できないが、あまりの衝撃に叫びそうになった。


「モフセン、結界解いてあげて。大将〜、起きて〜」


 ふ、と指揮官の手足の感覚が戻る。一瞬で失い一瞬で戻る、この奇妙な体験は二度とごめんだ。


 大将の方も起き上がると同時に剣を構えようとしたが、当然武装解除はされている。


「さて、二人とも。ここはどこでしょう」


 謎の仮面Zを着けたメネウは、楽しそうに周囲を指差した。


 雲よりも高い柄の上に、人間5人が乗っているのだと気付くと、指揮官と大将は尻餅をついた。


「そうだよね、怖いよね。逃げられないし、一人では降りられない。分かったかな?じゃあ話を続けるね」


 抵抗は無駄だと突き付けると、メネウは柔らかい口調で話を続けた。


「今回の戦争は、俺たち謎の仮面が勝ったということで、両者退くように。あと、この槍を新たな国境線にして。数キロも離れて無いからいいでしょ?ナダーアがやらかしたんだからその分の賠償ね」


 指揮官も大将も、ぽかん、として聞いてることしか出来ない。


「で、その土地の分と、事実はないけどどーーっしても食糧が欲しいなら、これをあげる」


 メネウが二人の前にしゃがんで手をかざすと、槍の柄の上に手のひら大の穴が空いた。


 槍の中にはみっちりと穀物が詰まっている。これまた二人は呆然とするしかない。


 メネウが穴を手でなぞると、穴が消えた。


「これはどうしても困った時に、両方の国で分け合って。どうしても困った時にしかこの槍から穀物は出てこない。困った時には無限に出てくる。そういうモノだから」


 槍の上で何をしていたかと思えば、この一本を魔改造していたらしい。


「と、いうことで、はい、終戦条約。お互いの国に持ち帰って国王のサイン貰って交換して。そうそう、これ、拒否権ないからね」


 もし、とZの仮面は同じ調子で付け加えた。


「もし、また戦うことがあったら、今度は軍に当てるから」


 そう告げて、メネウは槍をポンポンと叩いた。


 ゾッとしたのは指揮官と大将である。


 こんな槍が降ってきたら一瞬で軍は壊滅する。


 そもそも戦場が無くなる。


 広範囲殲滅魔法も良いところである。


「わ、わかった……」


「了解しました……」


「だって。カノン、お願い」


 メネウが頼むと、カノンが遠吠えをした。


 すると、彼らが乗っている一本を除いたあたり一帯の槍が光の粒子に分解され、条約文書に吸い込まれるようにして消えていった。


「せ、世界との約束……!」


 マギカルジア指揮官の方はよく分かっている。


 世界との約束は、やろうと思ってできるものではない、まだ研究中の分野だ。


 これを違えることは出来ない。物理的に出来ないのだ。必ず遂行されるように運命は導かれている。


「そういう事です。じゃあ降りようか」


 書類落とさないでね、と付け加えた時には、二人はカノンに咥えられている。


「ちょっと送ってくる」


 ラルフとモフセンを残して、メネウはカノンの背に跨ると、二人を連れて地上に降りた。


「ふぉっふぉっ、儂も中々悪どいと思ったが、メネウの足元には及ばなんだ」


「あれは悪どいというか……軽んじてるのだ」


「そうじゃの。子供の残酷さとも違う、周りを軽んじているというより……」


「己の能力を軽んじている。……知ろうとはしているようだがな」


 残された保護者二人は苦笑いで下を見下ろすしかない。


「今後に期待じゃの」


「あぁ」


 そんなことを言われてるとも知らずに両軍の長をそれぞれの軍に返したメネウは、二人を回収する為に槍の上へと戻ってきた。


「いやー疲れたね。さっさと帰ろう」


 半日足らずで戦争を終わらせておいて疲れたも何も無い。


 彼らは巨大な槍を一本残して、馬車を残してある丘に戻った。


 帰りのメネウは馬車の中で爆睡した。


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