第84話 老獪!結界!仮面Y!

 作戦はこうだ。


 両軍を物理的に分断させ、かつ軍全体の体力を削ぐ。その為に明朝に出発した(小一時間無駄にはしたが)。


 そして、『残りの体力と気力を削ぐ』のが作戦の第2段階である。


 第1段階はメネウが受け持ったので、第2段階はラルフとモフセンの受け持ちだ。


 マギカルジア軍は魔法兵団である。近接戦闘は得意では無いが、巧みな魔法の組み合わせで善戦していた。近寄らせなければマギカルジアが勝つだろうと、リングは予測していたほどの戦力らしい。


 メネウたちはどちらかを勝たせに来たのではない。


 第三勢力として、両軍を敗北させ、わだかまりが残らないようにする為に来たのだ。


 モフセンは仮面を付けたままマギカルジア軍の中枢に迫った。


 この仮面Yを付けている間、モフセンを正しく認識できるものはいない。


 何かとすれ違った、とは言え、それが敵だなどとは思いもしない。自軍の誰か、だと思うらしい。


 総数1万5千の軍の中枢で、指揮官と思われる人間に気を当てた。


「なっ、……誰だ貴様は?!いつの間に……!」


 やっとモフセンを存在として認識した指揮官や周りの兵士が騒めく。


 杖を多数の方向から向けられたが、誰も魔法は撃ってこない。先ほどの槍の大雨を見ているから警戒しているのだろう。


(なるほど、虚仮威し、のう……)


 効果は抜群だったようだ。


「儂は今、謎の仮面Yと名乗っている。ナダーア軍のものでは無いが、其方の味方でも無い。儂と勝負して負けたら大人しく引き揚げろ、悪いようにはせん」


 そもそもマギカルジアは被害者だ。防衛していたに過ぎない。とはいえ、何も無く大人しく引き返せば次またいつ戦火が降りかかるか分からない。


 だから、勝たねば。兵の士気は高い。


 その高い士気は何かにぶつけさせねばならない。でなければ国の中で間違いが起こる事は明白だ。モフセンは、そういった戦いの弊害を何度も見てきた。


 魔法王国の兵団なだけはあって、モフセンの仮面に多少のレジストをしている者もいる。それは、うっかりしたら視線を外してしまいそうになるのを堪える、程度のものではあるが。


 指揮官もその1人だった。まっすぐモフセンを見つめて応じる。


「我が国はただ防衛していたのみ。此度の天災とも言える槍の雨でナダーアが引けば良し、引かぬのならまだ戦い続けるまで」


「わかっとらんの。この戦争、我らが勝ちを貰い受けると言うとるんじゃ。ナダーアにもマギカルジアにも勝利は無い」


 モフセンの言葉に指揮官は表情を険しくする。


 杖を取って対峙した。


「いいだろう、ふざけた仮面の男よ。貴様が勝てば我々は退こう。我々が勝てばそのふざけた魔道具と槍の雨について、詳らかに教えてもらうぞ」


 これは、拷問も辞さない、という意味だ。魔法王国なだけあって、やはり興味はそこにゆくらしい。


「えぇじゃろ。その時は魔法の使い手を呼んでやる」


「では、レジストに成功している者全てでお相手いたそう」


 そうしてモフセンを直視できる者が千人程残った。後はモフセンに対して無力なので下がっている。自軍の腕利きが集まっているのは認識できるが、何をしているのか要領が掴めないという様である。


「多いのう。まぁ仕方あるまい」


 モフセンは髭を撫でながら相手取る千人を眺めた。


 気配を探る。そこそこやる者ばかりだが、モフセンにとって敵になる者はいない。


 所詮真のレベルにまで達していないひよっこが相手だ。今にもモフセンの事を意識外に持っていかれそうになっている程度の集団である。


 これなら恐れる事はない。


「では行くぞい」


「来い!」


 モフセンが気負いなく告げ、気合いたっぷりに敵の指揮官が受けた、その瞬間である。


 指揮官を含めた百余名が、武器を取り落とし膝から崩れ落ちた。


「な、に……?」


 痛みはない。攻撃を受けた痕跡も無い。


 だが、手が、脚が、己のものではなくなってしまった。


「ふぉっふぉっ、申し遅れた。結界師の謎の仮面Yと申す。おんしらの関節に結界を張らせてもらった」


「魔力の流れを……こんな一斉に?!」


 体内の病巣だけを結界で囲って治す仙人級のお爺さんには造作もないコントロールである。


 視認できる人間の両肩と両膝に結界をかけたのだ。


 これで人間は腕と脚を切り落とされたも同然になる。


「怯むな!魔法攻撃を集中させろ!」


 膝をついても指揮官は指揮官であった。


 味方を鼓舞して攻撃させるが、モフセンはそれまで止まっていてあげたのだ。


 何も大人しく的になる気はない。


 素早く動いて敵兵の中に紛れ込んだ。相手は『モフセンを一個人として認識するのがやっと』な集団である。動かれては再度認識するのも難しい。


 モフセンが居た場所へ、炎や氷の槍、竜巻に雷と多種多様な魔法が降ってきた。が、とっくに魔法兵団の中に紛れている。


 紛れながら、次々に兵士たちの肩と膝に結界を張って回る。味方に当たってしまっては大打撃になる。誰も魔法を撃たなくなった。


 認識できない、というのはそれだけで多大なる脅威である。


 周りで見ていた兵士たちの顔色も悪くなる。


 腕利きたちが、みんな理由も無く武器を取り落とし膝をついている。中には泥の中に倒れた者もいる。


 なのに、誰がそれをしているのか、何故そうなっているのか、何も分からない。


 朝から災害級の大雨に、巨大な槍の雨、そして謎の存在による味方の謎の戦闘不能。


 もう訳がわからない。見ていた兵が、ジリジリと後退した。


 戦場で動けなくなる意味がわからないわけではない。わかるから、逃げようとしている。体が、心が、士気も何も無く手折られて拒絶している。


 この場にいるのは嫌だ。


 その気持ちが軍全体を支配するのには、そう時間はかからなかった。


 杖は魔法触媒である。自身の魔力を核に、自然界の元素をより集めて魔法を放つ、その中核を担う大切なものだ。あのお絵描き感覚で魔法を使う規格外を基準にしてはいけない。


 魔法使いにとって盾であり剣であり鎧である。


 その杖を持てない。脚まで動かず逃げられない。


 戦場で、丸裸で縛られて転がされているようなものだ。いつ死んでもおかしくない状況だ。


 完全に戦意の芽をつんだモフセンは、膝で体を支えている指揮官の前にしゃがむと、仮面の向こうで笑った。


「さて、儂の勝ち、でえぇかの?」


 マギカルジア軍に、異を唱えられる者はいなかった。

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