第79話 スカラベギルド

「見てください!海です、僕初めて見ました!」


「あれが海洋都市ソルシアじゃ」


 モフセンが言ったソルシアは、一言で言うなれば漁師の街といった所だろうか。


 漁港にたくさんの船が停まっていて、大きな市場がある。何より、巨大な屋根が特徴的だった。


「海の物はすぐ悪くなるからの。あぁして屋根を拵えて、陽射しから守っておるのじゃよ」


 日本にもある魚介類の市場のようなものらしい。


 町中の巨大な市場には果物や野菜、肉類が並んでいて、鮮魚はもっぱら屋根の下に並ぶものだという。


「詳しいね、モフセン。来たことあるの?」


「当たり前じゃわい。ここにはスカラベギルドがあるからの」


「スカラベギルド??」


 3人の合唱になった。


 騎士ギルド、冒険者ギルド、商業ギルド、医療ギルドは知っているが、スカラベギルドはコキルスには無いギルドである。


 ソルシアへあと少しという道中、モフセンから教えを乞うことになった。


「スカラベギルドはナダーアには必須のものでな。正確には集積場の利権を一手に担うギルドなんじゃ。国営じゃぞ」


「なんで集積場?」


 メネウにとってはただの糞のたまり場である。


「ここは農業大国じゃぞ。質の良い肥料は誰もが求める物じゃ。スカラベの集積場に沿うように田畑を開拓したからの。その管理運営と、どの村がどの集積場を扱うのか昨年の収穫を元に取り決め、運用しとるんじゃ」


 ナダーアはよりスカラベの恩恵を受けている国だと言えるだろう。


 肥沃な大地を拓いたことから、その特徴がより顕著だ。森スカラベの集積場を基準に、人間が村や都市、引いては田畑を開拓した国ということだ。


「最初、使いたいものが好きに使ううちに小さな諍いがいくつも起きての……国が重い腰をあげて設立したのがスカラベギルドじゃ」


 メネウの中でスカラベギルドは農業協会という解釈がしっくりときた。


 収穫の把握にある程度納税管理も行なっているだろう。土地の分配もこの分だとやっていそうだと考える。


 詳しくはソルシアの図書館で調べようと思いながら、町へと入っていった。


 門で冒険者ギルドでしたようにステータスを登録する。外国の都市に来たら最初にする通過儀礼らしい。


 とはいえ、メネウにしてみれば随分ゆるく感じる。村にはこういった機能は無いし、国境沿いに関所があるわけでもなく、街道は地続きだ。


(こんな緩くて戦争とか起こらないんかね?)


 簡単に町に入ってしまうと、町の中はその戦争の話題で持ちきりだった。案の定である。


 噂に聞く限り、西の国マギカルジアの平原を求めてナダーアが仕掛けたものだという。


 ナダーアは国土があり豊かな分、人が増えすぎたらしい。輸出分は貴重な収入源であるし、かといってこのままでは飢饉が起こるという。十数年後の話ではあるが。


 その為に今、マギカルジアの土地を狙って戦争が起きているという。


「あいつら怪しい儀式のために開拓もせず、平原をほっといてるらしいぜ」


「怠け者の国なんざ潰して俺らが開拓してやるってんだ」


「しかしその怠け者相手に攻めあぐねてると聞いたぞ。俺らも徴兵されるかもしれねぇな」


「閑散期の農民ならいざしらず、漁業まで止めたらそれこそ飢えちまうだろ。俺らはまずねぇよ」


 いや、あるな。と、メネウは通りすがりに考えた。


 魚は加工物以外は日持ちしない。だからこそ人を残しておけば新鮮な魚をいつでも獲れるメリットはある。


 しかし、飢饉の備えとなれば話は別だ。


 国土が巨大なだけに、遠方に運ぶには時間がかかる鮮魚類よりも、農作物の方が日持ちするし分配にもうってつけだ。


 となれば、土地が痩せる覚悟で二毛作をさせて、戦いに出すのは漁師や他の職業という可能性は充分あり得る。


 長閑そうなのに随分きな臭い時期に来てしまった、とメネウは渋い顔をしたが、幸いこの辺までまだ余波は来ていないようだ。


 一先ずは、定宿を決めるのと冒険者ギルド、商業ギルドへの顔出しをしなければならない。戦争中なら薬も高く売れるかもしれない、などと考えている不謹慎さである。


 手分けした方が早いとなり、ラルフとトットは宿決めに、モフセンは引き継ぎ書類を持ってスカラベギルドへ、そしてメネウは商業ギルドに向かうことになった。


 またおじさんとの縁が増えるのか、と気を重くしながらハーネスとリードの紹介状を持って行く。


(そういえば、商業ギルドなら戦争の情報を掴んでいてもおかしくなかったんじゃないか?)


 しかし、別れる時には何にも聞いていない。


 となると戦争は極々最近始まったことなのかもしれない。すんなり町に……国に入れたのは、戦闘ができる冒険者だからであろうか。


 モフセンも戦争の話は知らなかったと言っていた。スカラベギルドで話を聞いてくる手筈になっている。


 この国にもメネウが行きたいダンジョンはある。しかも西の方に。


 気が重いが、スルーする事はできない話だろう。


 商業ギルドで情報を集めて、宿屋で話し合う必要がありそうだ。


 メネウはそう考えて、ますます気を重くしながら商業ギルドへと向かった。


 商業ギルドは統一された内装をしていて分かりやすい。冒険者ギルドは町に染まりやすいが、商業ギルドはお金の管理をしているだけあってスッキリとした印象だ。


 受付に紹介状を見せるとギルドマスターに話を通してくれるという。


 メネウが応接間に通され暫く待っていると。


「アンタがメネウかい。よく来たね。随分と覚えがいい紹介状を持って来たじゃないか」


 キセル片手に現れたのは、皺くちゃで腰の曲がった、真っ白な頭を結ったお婆さんだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る