第78話 迷子センター

 端的に状況を表現するならば、はぐれた、という言葉が適切だろう。


 メネウとラルフ、モフセンとトットの組み合わせではぐれてしまった。


 農道から街道に戻り、2回程キャンプをして尚、ヴァラ森林を左手に見て進む行程だ。


 魔物も出たが、街道沿いはそこまで危険な旅程ではない。トットでも解体できる魔物が何度か襲って来ただけ。


 その中のインプが1匹、戦闘の拍子に落ちたヴァルさんの目(ボタン)を持って逃げてしまった。


 トットはそれを追いかけて森に入り、地理に詳しいモフセンがすぐに後を追ったのだが、戻ってこない。


 メネウとラルフも森に入ったが、見事に迷ってしまったところだ。


「どーーすんのコレ……俺たち待ってた方が良かったんじゃないの」


「心配するな」


「んなこと言っても地図も待ち合わせ場所も無いんだぞ!」


「待ち合わせ場所ならある。そこに行って待てばいい」


 ラルフが妙に落ち着いていることに、メネウは漸く思い当たった。


「何か考えがあるのか?」


「アレについて行けばいい。常識だぞ」


 ラルフが言ったアレ、の方を向いたメネウは、まさか、という顔で固まってしまう。


 ラルフはメネウを置いて先に歩き出した。


 その頃、トットとモフセンも深い森の中で迷ってしまった。


 結局インプは捕まらず、魔物の足で踏み込んだ場所はけもの道とも言えない悪路であり、結果的に深い場所までやってきてしまったのだ。


 モフセンはトットの足跡を追ってきたのだが、その後同じ道を通るのはトットの体力的に難しく断念した。


 とりあえず道には出たが、気配からしてレベル60帯の魔物が出てもおかしくない。


「はぐれるなよ、トット坊」


「僕のせいで皆さんにご迷惑をかけてしまって……すみません」


「我の目を取り返そうとしてくれたのだろう?謝る事はない」


 背中から片目のヴァルさんが慰める。


 ヴァルさんの目は目としての機能を持たない。ぬいぐるみの体にヴァルさんの意識が憑依していて、ヴァルさんは元素的な要素でもって周囲を感知するようになっている。


 だから、目も特にとられたとして問題は無い。今回のトラブルは、トットにそれを言わなかったメネウの責任である。


 モフセンは並々ならぬ気配感知でそれを分かっていたが、そのレベルをトットに求めてはいけない。


 トットは錬金術の腕は超一流だが、それ以外は未完成の少年なのだ。


「とかく厄介な場所じゃ。アレについて行けばいいとは言え、油断するなよ」


 モフセンは闇雲に歩いていたわけでは無い。


 逸れたとはいえ、メネウたちとの距離はそう遠く無いはずだ。


 ならば、『森スカラベ』について行けば合流できるはずである。


 今も目の前を体長30センチ程の巨大なスカラベが、糞玉を転がして歩いている。街中のスカラベよりも大きな森スカラベは、野外の掃除人だ。


 森スカラベとは、その名の通り森にいるものだけではなく、町の外全般にいるスカラベを指す。


 町スカラベよりも巨大で、魔物の糞を集めて堆肥を作り、森を育てることから森スカラベと呼ばれている。


 ダンジョンやフィールドの至る所に居て、魔物や冒険者の排泄物を処理してくれる、かなり優秀な存在である。


 町スカラベに比べて数は少ないが、魔物は彼らを滅多なことでは攻撃しない。共存関係にあり、また、うっかり踏まれたりしても1日あれば復活する。これまた神のチートを授かった存在だ。


 メネウたちとの合流のために森スカラベについて歩いていたモフセンだが、ピタリと足を止めた。


 後ろを歩いていたトットも止まる。


「まこと、この老いぼれには厄介じゃのう」


 先ほどのインプが、何故こんな高レベル帯に来たのか。その理由が目の前に立っていた。


 スカルナイト……骸骨の騎士は黒いプレートメイルを纏い、マントを翻らせてそこに立っている。


 身の丈の3分の2はありそうな大剣を携えた姿は、この辺一帯を統べる貫禄さえ滲ませていた。


 大方、ここ10年程の間に亡くなった騎士の亡骸から産まれたものだろう。お陰で周辺の魔物のレベルも上がったと推測できる。


「トット坊、儂の後ろから出るんじゃ無いぞ」


「は、はい!」


 臨戦態勢のスカルナイトに対して、モフセンも戦闘の構えをみせた。


 と、そこに先ほどまで糞を転がしていた森スカラベが近付いてきた。


『兄ちゃんに爺さん、俺の後輩の匂いがするな』


 訳、ヴァルさんである。


『アイツとやるんだろ?手ぇ貸すぜ。後輩が世話になってるからな』


 そう言った(らしい)森スカラベは、糞玉を道の脇に置いてスカルナイトに向き直った。


 モフセンも目を丸くしている。


 魔物とスカラベは共存関係にあるのだ。本来、こういう場面にスカラベが現れることはない。そっと何処かに隠れるのだ。


 なのに、現れた挙句に力を貸すという。


「後輩というのは……メネウさんのことでしょうか?」


『あぁ。アイツがいつも世話かけてるな。爺さん、この兄ちゃんの護りは俺に任せな』


 何とも頼もしいことである。


 ヴァルさんも困惑していたが、メネウとは一体何者なのか、と尋ねている暇はなさそうだ。


 トットの前にスカラベが、その前にモフセンが武闘の構えを取って立つ。モフセンに向かって、スカルナイトが駆け出して来た。


「ふぉっふぉっ、大義じゃのう。老人には荷が重い」


 モフセンは慌てず騒がず左手の結界で剣をいなし、距離を取った。


 スカルナイトも排泄はしないが森スカラベに手は出さない。トットの方には見向きもしないようであった。


 モフセンは森の木々を利用して縦横無尽に飛び回った。撹乱するつもりだろうか。


 スカルナイトはモフセンが降りてくるまでその場で気を蓄えていた。気配を探っていたのかもしれないが、モフセンの動きは小柄なだけに素早い。捉えきれないようだ。


 しかし、生き物の動きはいつか止まる。


 モフセンが息を乱して元の場所に戻ると、すかさずスカルナイトは剣を振りかざした。


 その瞬間、スカルナイトはバラバラに千切れて地に落ちた。すぐさま体が消え、結晶が落ちる。


「ふぉっふぉっ、まぁまぁかの」


 モフセンは糸状の結界を蜘蛛の巣のように張り巡らせていた。スカルナイトの考えを読んだのだ。


 スカルナイトが一歩動けば体を元素を断ち切る糸がばらばらにしてしまう、という状況を作り、わざと息を乱してみせた。挑発だ。


 そうしてスカルナイトが機と見て剣を構えたところで、勝手に体が分解されたというわけだ。


 結界の糸を消してしまうと、モフセンはスカラベに頭を下げた。


「おんしのおかげで助かり申した。ありがとう」


『爺さん、やるな。気にするない。後輩はこっちだ、ついてこい』


 訳、ヴァルさんである。本当にこんな口調で話しているのか甚だ怪しいところではあるが、身振りそぶりが妙に合っている。


 こうしてスカルナイトを倒したモフセンたちは、この一帯の魔物に襲われることもなくスカラベの後をついていった。


 集積場に着くと、メネウの足元に5匹の森スカラベがいた。何やら足を蹴っている。


 隣にいるラルフが必死で笑いをこらえていた。


「ふぉっふぉっ、スカラベに蹴られている者なぞそうおらんというのに、何をしでかしたのやら」


「ちが、からかわれてるだけですから!」


 けりけり。メネウの足を蹴る力が強くなる。


 森で迷ったらスカラベに着いて行く、というのは常識である。


 スカラベは集積場を中心とした広範囲に生息していて、そこの近くに人間は道を作る。


 そうすることでスカラベも仕事がしやすくなるし、スカラベに着いて行けば安全な道に出られるというわけだ。


 集積場兼迷子センターである。


 こうして合流を果たし、集積場で先程のスカラベと別れて、一行は道を辿って街道に戻った。


 トットはスカラベのこと、モフセンのことをメネウたちに話すのに大忙しだったので、メネウはこっそりとヴァルさんの目を直しておいた。

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