第80話 やり手ババア怖い
「あたしゃリング。紹介状によればアンタは上客になりそうだ。よろしく頼むよ」
「あ、は、はい」
キセルのお婆さんが目の前に座ると、自然と立ち上がっていたメネウもまたソファに座りなおした。
白樺のようなお婆さんである。白髪、色白、皺だらけ。
「もう知ってるだろうが、この国は馬鹿国王が今戦争をおっ始めたところでね。薬がいくつあっても足りないのさ」
ふぅ、と煙を吐いているが、今この婆さん国王を馬鹿と断言しなかったか?
「ここの盗聴対策と防犯対策を舐めてもらっちゃ困るね。女だてらにこの年まで生きて無いよ」
怪訝な顔をしていたのを見抜かれてしまった。
そしてまたメネウは怪訝な顔をする。女だてら、の意味が掴めなかったのだ。
「そういやぁアンタ、記憶喪失なんだってね。あたしがこの部屋に入ってきた時、女が長生きしているのを不自然だとは思わなかったかい?」
リングはキセルから煙を吸って吐き出した。
たしかに、この世界で『お婆さん』という存在に出会ったのは初めてかもしれない。ラルフもトットも母親と死別している。
そしてこの言いようである。答えは1つに集約していった。
「もしかして……女の人は、男よりも短命なんですか?」
「まぁ、正解っちゃ正解さね。女は男よりも身体が弱く生まれる傾向がある。その上、出産という一大イベントをこなさなきゃあならない。あたしが長生きできたのも石女だったからってところも大きいさね」
この世界に来てからの、違和感の正体にようやく思い当たった。
若い女性の冒険者はいるが、中年以降の女性冒険者は見たことがない。お婆さんという存在も認識していない。組織の中で責任ある立場の人間の女性を知らない。そして、仲間の母親がみんな亡くなっている。
そもそも世界がそのように出来ていたのなら、納得するしかない。
「そして、この理不尽に対抗しうる研究を行っているのがマギカルジアさ。世界の命運を掛けるだろう研究を行っている国に、十二分に備えられる飢饉を理由に戦を仕掛けるなんざ、馬鹿のすることさね」
メネウは戦争の話をリングに詳しく尋ねた。
代価として、僅かにだが残っていた(残りはトットが持っている)ドリアードの花を差し出して。
万能薬の材料は非常に価値が高かったようで、リングは気前よく話してくれた。お茶も出た。長い話になるのだろう。
「まず、戦争は僅か1週間前に宣戦布告された。うちの国……ナダーアから、魔法王国マギカルジアへ。マギカルジアには当然何の非も無いが、うちの国は良くも悪くも大国でね。この世界の食糧庫になっちまっているせいで、周辺諸国も手を出さない以上の事はできない」
「マギカルジアとは、もう……?」
「あぁ、ぶつかってるさ。しかしこっちは碌な魔法使いも居ない。冒険者なんかは国を持たないことも多いからね、マギカルジアに義ありと見て向こうに加担しているさ」
リングはゆったりとお茶を啜る。その間、メネウは考えていた。
「マギカルジアの食糧はどうなってるんです……?」
人は食わねば戦えない。生活もできない。
ナダーアが食糧を握っているのだとして、まず食糧自給率が消費に追いついているとはとても思えない。
「あぁ、あんたの考えた通り不味い事になるはずさ。普通ならね」
リングは懐から地図を取り出すと広げて見せてくれた。世界地図は初めて見たので、メネウはこれを後で具現化しようと詳細に目を通した。
「ここにある、黄金郷エル・ドラド。この島国は食糧も何もかも時給自足、その上交易品を輸出して儲けている。マギカルジアはお得意様な上に、研究している魔力回復、および魔力付与の成果を餌に手を貸しているところだろう」
「……」
メネウは少し考えた。
エンチャントに魔力譲渡……ラルフが怒るだけはあるとんでもない技術だったらしい。
しかしメネウのそれは『できるだけ』で、技術ではない。
ならばできることは内緒にしておく方がいいだろう。メネウとしても非がないマギカルジアに勝って欲しいところである。
「ナダーアは人と食糧だけは大量にあるからね。質を上回る兵の量で仕掛けているのさ。馬鹿馬鹿しくて話にならんね」
はっ、と鼻で笑ったリングが苦い顔をした。
「このままじゃあ、増えすぎた人口を賄うのにも限度がある。うちの馬鹿頭たちの失敗を他国に押し付けたところで、ってなもんさ」
「まさか口減らしの為に戦争してるとか言いませんよね」
「うちの頭にそこまで考えられるやつは居ないよ」
それはそれで心配である。
残酷な事よりも無能なことの方が大変なのではないだろうか。主に下が。ましてそれが国ならば。
「額面通り、余ってる土地をもらってやる、位しか考えてないよ。田舎モンなんだから田舎モンらしく土の面倒でも見てりゃいいってのに」
「でもそれじゃあ……また同じことの繰り返しになるでしょう」
産めよさかえよもいいだろう。しかし、死ぬより早く増えるのではまたいずれ限界がくる。
「そこは一応考えたみたいだね。魔法の技術によって作物を増やす研究をさせる、ってとてもじゃないが良い手とは言えない内容だが」
それを人は取らぬ狸の皮算用と言うのでは無いだろうか。
「とにかく、聞いて分かったと思うが馬鹿が戦争を始めちまったのさ。この国の住民だっていい顔はしていないが、協力しない選択肢は無い。……国を持たない、またはこの国の住人ではない『旅人ならば別』だがね」
リングはそこでニヤリと笑った。
メネウは嫌な予感がしたが、時既に遅し。メネウと会うずっと前から、メネウはこのお婆さんに手綱を握られていたと考えていいだろう。
「出番じゃないのかい?謎の仮面Zさん」
思わず頭を抱えたメネウであった。
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