第77話 自分の道、彼の道・2

 モフセンは考えあぐねて庭に出た。


 月はちょうど半分隠れている日で、半月が白く輝いていた。


 庭には低木を植えて垣根にしてあるが、その影に向かってモフセンは声を掛ける。


「ここで一緒に見んか、良い月じゃぞ」


「じっちゃん……」


 モフセンの孫は隠れても無駄と悟ると姿を現した。


 夕飯時、モフセンの話を聞いた時は何も言えなかった。


 頼りにはしている。しかし、モフセンはいくら元気だとは言えもう老人なのだ。確実に自分より先に逝く。


 その老人に頼ったままで良いのか?


 そう問われた気がして、ずっと考え、考え抜いて、彼の孫は決めていた。


 モフセンの隣に立って月を見上げる。


 月光に照らされるのは、孫の半分程しか身長のない、枯れ枝のような身体。


 あぁ、これまでどれ程この頼りない体を頼って生きてきたのか。きっとこの村の誰もがそう思うだろう。


「……いってきなよ、じっちゃん」


「儂はもう、御役御免かの」


「そうじゃないって!」


「ふぉっふぉっ、わかっとる。老人なりの嫌味じゃ、嫌味」


 まったく、最後まで敵う気がしない。


「メネウの旅に、じっちゃんなりの理由を見つけたんだろ?じゃなきゃ断ってるはずさ」


「そうじゃの……。村長として、ここに留まるべきかと思っとったが……、お前に話すということは、儂は行く気でいたのかもしれんな」


 孫は月をまっすぐに見上げた。


「村の事なら任せてくれ。なぁに、心配無いさ、ヴァラ森林からこの村や畑を守るくらい俺にもできる」


「そうじゃの」


 モフセンは余り褒めない。


 実力を勘違いさせて無茶をして死ぬ、そうならないようにどちらかと言えば厳しく育ててきた。


 そのモフセンが、静かに孫を認めた。


「お前はもう、充分守る力がある。儂の我儘でこの村に縛りつけてしまったが、結界師としては飛び抜けた実力なのは間違いない」


「じっちゃん……!」


「が、無茶はするな。本来結界なんてのは、解呪やいっときの守りに使うもの。儂の教えは茨の道よ。お前もできるかできないか、常に己に問うて道を行けよ」


 モフセンの最後の教えである。


 孫は泣きそうになるのをぐっと堪えて、あぁ、と力強く頷いた。


 モフセンはそんな孫ににっかと笑って見せる。ただの好々爺の顔であった。


「ありがとうな。儂は行くよ。なに、この枯れ木のような爺でもまだ出来ることがある。こんな素晴らしい巡り合わせに出会うために、或いは長生きしてきたのかもしれんな……」


 月を見上げてモフセンは話すと、ふぉっふぉっと笑った。そしていつも通り噎せて入れ歯を落とし、それを拾って家の中に戻っていった。


 小さな、しかし偉大な背中を見送った孫は、その場で暫く涙を拭い続けた。


 翌朝、メネウたちがモフセンの家に顔を出す。腹の底まで息を吸って、メネウは挨拶した。


「おはようございまーす!」


「くぉら、朝から五月蝿いのう!魔物が寄ってきたらどうする!」


 元気よく挨拶しても怒られた……、とメネウが落ち込むと、冗談じゃ、とモフセンが可々と笑った。


「魔物が寄ってきても大丈夫じゃ。なんせ儂の孫がおるからの」


 メネウたちにモフセンが近づいてくる。そして、右手を差し出した。


「メネウ、改めてよろしく頼む。儂は結界師のモフセン。役に立ってみせようぞ」


「モフ爺さん……!」


 メネウが勢い込んで握手の手を返す。


 そんな光景を、離れた場所から孫は見ていた。晴れやかな表情であった。


 それから3日後、メネウたちはモフセンを加えて旅に出た。


 なんせ屋敷の片付けと村の引き継ぎがあったのだ。少々時間がかかったが、メネウたちも手伝い、3日で済んだ、と言った方がいいだろう。


 村は孫が村長として引き継ぎ、結界治療とは根本から異なるが、回復薬と万能薬、そして琥珀の小さい物をたんと置いてきた。そこから先は村のやり方次第だ。


 薬や琥珀を売ってドリアードの花が戻るまでの臨時収入にするも良し。薬はそのまま使うもよしだ。


 村を出るときは、また盛大な見送りをもらった。


 モフセンは振り返る。


「儂が帰るまで頼むぞ!あと早く嫁を貰え!」


「じっちゃん!!」


 そう大音声に叫んで孫を赤くさせていた。


 トットは、村から離れたところでメネウに尋ねた。


「あの、どうしてドリアードの花を売らなかったんですか?」


「あぁ、それは……今はあの森ではドリアードの花が採れないのが当たり前だから」


「??」


 トットは分からず首を傾げている。


 だから、持っている自分たちが売れば良いのではないかと思ったのだ。


「ふぉっふぉっ、メネウは口下手じゃの。良いか、トット坊。環境は変わるのも戻るのも時間がかかるものなのじゃよ。なのにメネウが無くなったはずの物を持っていたとする。それを探しに森林に入るものがいるとする。果たしてそれは、良いことかの?」


「危険なだけで、成果は無いから……良くないです」


「そういう事じゃ」


 モフセンの話に感銘を受けたのはトットだけではなかった。


 ラルフが感動している。


(メネウの言葉を翻訳できるものが……増えた……!)


 老人の話は長いのが難点だが、メネウの言葉の真意をきちんと解説できる人間が増えるとはまさに僥倖である。


 それだけでも一緒に旅をする価値があった。


 メネウは、いやー悪いね、と頭をかいていたが、本当に徹底的に根本からコミュニケーション不全なのだ。多少改善されてはいても。


「お前はもう少し言葉を足せ」


「気を付けます」


 具体的に叱ってやるのは相変わらずラルフの役目である。


 メネウはふと考えた。


 老人が一人、子供が一人、そして青年が二人。


「漫画の方のご老公様じゃん……!」


 学生時代に資料で観た古いアニメ兼漫画を思い出して感動している。そう、犬もいたはずだ。ぬいぐるみと鳥は居なかったが。


 この後、モフセンに印籠は無いのかと聞いたり、ラルフにスケコマシなどと言って蹴られたりしたのだが、そのネタを解するものはこの場にはいないのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る