第76話 モフセンの選択肢

 対策を取れば後は用はない。村に戻ろうとしたのだが、メネウがはたと気がついた。


「ドリアードたちはどうしよう?」


「案ずるな主人。住処が戻ったとはいえ、今はまだ危険。全てが元に戻ったら我が召喚しよう」


「まだ金の竜どうにかなってないもんな」


 納得して改めて出発、と思ったが今度はトットが声を上げた。


「あの!ちょっと忘れものを取って来てもいいですか?」


「いいけど……、あ。ヴァルさんのお宝か」


「はい。香木も琥珀ももったいないので……」


 行こう、とトットに促されてトットの背に張り付いたヴァルさんが一緒に向かう。


 確か相当な量があったはずだ。


「手伝って来る」


「おう、よろしく」


 ラルフの申し出に頷くと、人間で残っているのはメネウとモフセンだけになった。


「モフセンはさ、冒険好き?」


「む?まぁ、好きじゃな。己の技の限界を試したい、と思うものじゃろう」


 何の気無しに聞いたのだが、メネウはここでモフセンと別れるのを惜しんでいる自分に気付いてしまう。


 じゃあ一緒に行こうよ、と言いかけて、彼には孫も村もあることを思い出して口を噤んだ。


「そっかぁ。モフセンの技術、もっと側で見ていたいなぁ」


 代わりにそう呟く。


 エンチャントを体系化できるかもしれない知識と、結界を戦闘にも応用できる技術力の高さ。発想力。何を取っても魅力的である。


「ふぉっふぉっ、ならば暫く滞在召されるが良いよ。ゲッフォゲフッ」


「入れ歯……洗う?」


 楽しげに笑った瞬間、気管を詰まらせて噎せたモフセンの入れ歯が飛んでいった。


 メネウが自然に水の球を魔法で作り出すと、一度頷いて入れ歯を取ってきたモフセンが素直にその水で入れ歯を濯いで口に入れる。


「のう、メネウよ。召喚術師が魔法をそうも容易くあやつれると言うことは、どれだけ危険か分かっておるかの?」


「……結構これでも気を遣ってたんだけど、やっぱりダメかな」


 モフセンの目が鋭く光る。


「もし、儂が木の竜に気付かずに村に長く滞在されていたら、警戒するのう。召喚術師でありながら魔法に精通しておる、その上若い。となれば、敵国の送り込んできた諜報員か、はたまた風の一家の何某か、とな」


 風の一家はこんな大国の辺境でも、知る人ぞ知る悪の組織らしい。


 知識は有料だ。学校だってお金が掛かる。魔法を学んでから召喚術師になったともなれば相当金がかかった人間である。


 それがフラフラと旅をしている。


 たしかに怪しい。


「気を付けます。トットやラルフを巻き込むのもイヤだし」


「ラルフのかけている眼鏡もお前さんじゃな?」


 それにも気付かれていたのか、とメネウは目を瞬かせる。


 認識阻害メガネは、ラルフをなんとなくボンヤリとさせる効果がある。それに気付かれない程度に。


 一国の騎士ギルドの長まで上り詰めたのだから、他国でも一応付けてもらっていたが、モフセン並の達人には御見通しらしい。


「参ったなぁ……。モフセン、あのさ」


 メネウは下手なりに言葉を考えた。


「もし、もしも冒険が好きで、まだする気があるなら……俺は一緒に来て欲しい」


 ザァ、と二人の間に風が吹く。


 モフセンは考えるように髭を梳いた。


「おまたせしました〜〜!」


 そこにトットたちが戻って来たので話は一時中断である。


 モフセンは笑って元気の良いトットの頭を撫でた。ひ孫にでも接するような感覚なのだろう。


 メネウとヴァルさんの合わせ技ショートカットで一気に村の前に出ると、モフセンはメネウの側に寄って来た。


「少し、考えさせてくれんかの」


「うん、分かった」


 短くそう言葉を交わし、メネウ一行は宿屋へ、モフセンは家へと帰って行った。


 その夜、メネウは宿屋に提供した肉で出来た料理を食べながら、モフセンは炉端で茶をすすりながら、メネウの提案を仲間と孫とに話した。


 トットとラルフは勿論賛成だったが、あとはモフセンの気持ち次第である。


 ラルフだってあんな事件がなければ、それまで手にしていたものを手放してまで旅に出ていたかと言われると答えは否だ。


 トットも平穏に暮らしていたなら、母を捨ててまで旅に出たかと言われたらこれもまた否だろう。


 そういう話なのだ。必要に迫られない場合、これはしっかりと考える必要がある。


 宿屋の主人にも了解は取ってある。数日待ってから旅立つつもりであった。


 モフセンは、孫に話したものの、今のところ旅に同行する事には難色を示していた。


 孫に伝えられることは全て伝えてあるし、結界もまだまだ保つだろう。


 孫もまだ30半ば。このまま修練を積めば気配を読み、結界治療もできるようになるかもしれない。


 つまり、まだ出来ない。出来ないのであれば、残るべきではないだろうか?村長として、その術で生きながらえて来たものの義務として。


『モフセンはさ、冒険好き?』


 メネウの言葉が頭の中にこだまする。


 冒険は好きだ。この歳になっても、まだ外で知りたいもの、見たいもの、挑みたいものがある。


 木の竜と金の竜の関係も気になる。竜が争うなど、若い頃に冒険していても聞いたことがない。


 何かが起こっている。その異変を解決する役に立つ自信はある。


 残される村の者への義理か。それとも、村の者を守るための旅か。


 モフセンは、決めあぐねていた。


 囲炉裏で炭が弾けた。

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