第71話 この人仙人じゃないの??
明朝、早くに起きた3人は宿の食堂で顔を合わせた。
この宿屋も農家を営んでいるだけあって朝が早い。パンと惣菜、スープの朝御飯が出てきたので、食べながら予定を話し合う。
「ヴァルさんには考えがあるみたいだったけど、パンとか野菜はまだ欲しいよな」
「森林地帯は日が差し込まない。防寒具も必要だろう」
「毛布も買い足しましょうか」
持てる荷物に限界がない上に、金に糸目をつけなくても良いのだから楽なものである。
「俺、爺さんに会ってみたいな」
「あ、僕もです!120歳のお爺さん、どんな方なんでしょう?」
「……」
ラルフだけが苦い顔で沈黙を貫いている。
嫌な予感がするらしい。濃ゆい性格がこれ以上首を揃えたら自分の胃が持つ気がしないが、自分の父親がこの場にいること以上に悪いことは無いと思って耐えた。
「村長なら畑に出てたぞ。そろそろ家に戻るだろうから行ってみろよ」
宿屋の主人が教えてくれたので、寝坊助のヴァルさんとカノンを起こして訪ねてみることにした。
村長の家は村の奥まった場所にあり、メネウにとっては資料で見たことがあるような典型的な木造平屋建ての一軒家だった。
家の横の井戸端で野菜を洗っているハゲ頭が見える。
思ったよりも小柄で腰の曲がったその人物に、昨日宿屋まで案内してくれた若者がついて一緒に野菜を洗っていた。こちらに気付くと手を振ってくる。
「おはようございます」
「おはよう!じっちゃん。昨日話した旅人さんだよ」
メネウと若者が挨拶を交わすと、老人はようやく腰を上げてこちらを見た。
「くぉら!声が小さいぞ!カラスの一羽も追い払えんでねぇが!」
そして、怒鳴られた。
メネウたちがビックリしていると、野菜を抱えて家の中に入っていく。
「悪い、ビックリしたよな。じっちゃん、いつもあんな感じなんだ」
「たしかにお元気だ」
「ですね、ビックリしました」
「気を当てられたぞ。相当な手練れのようだ」
ラルフの呟きに、え?そうなの?とメネウは視線をやる。
野菜を置いて戻ってきた爺さんは、モフセンと名乗ってからからと笑った。
「いきなり怒鳴ってすまなかったな!儂に会いにきてくれたのなら、お茶の一杯でも飲んでいきなさい」
遠慮なくお言葉に甘えることにする。
板間にゴザを敷いた部屋で囲炉裏を囲んで座ると、緑茶が出てきた。
何かと世話を焼いてくれる若者は、どうやらモフセンの孫らしい。
「俺はじっちゃんの元で【結界師】として修行してるんだ。じっちゃんはすごい結界師なんだ」
どう凄いのか、とメネウたちの視線を集めたモフセンは、好々爺然として笑っている。
「それが長生きの秘訣?」
メネウが遠慮なく尋ねると、モフセンが頷いた。
「そうじゃ。儂は肉体の中に結界を張ることができる、と言えばお分かりかの」
それってものすごい技術なんじゃ?と思っているメネウの横でラルフが目を見開いている。
肉体への元素的干渉は、今のところ呪いのアイテムでしか叶わないという事になっている。
そんな中、結界師はある程度は干渉できるが、目に見えない肉体の内部にまで干渉できるとなると次元が違う。
空間操作のショートカット然り、対象が分かっていなければ結界ですら張ることは無理なはずだ。
「病の元を結界で隔離し消滅させるのじゃよ。お陰でこの年まで生きられた」
「す、すごい……」
トットは錬金術師だ。それがどれだけ高度な事なのか分かっているのだろう、二の句が継げずにいる。
メネウはメネウで驚いていた。
つまり、腹を開かずに外科的処置を施していると言ったのだ、この爺さんは。
そりゃ長生きもするはずである。メネウですら想像力の範囲外の技術だ。
年の功、という事もあるが飛び抜けたセンスと発想である。
「この、壁そのものに結界の機能を持たせるってのもじっちゃんが編み出した技術なんだ。今は他の魔法にも応用されてるみたいだけど」
ラルフとトットの顔が少し曇る。あの石室を思い出したのだ。技術がすごい事には変わりないので、すごい、とトットはすぐに笑って手を叩いた。
「結界ってすごいんですね!僕初めて結界師の人にお会いしました」
「誰にでもできることじゃねーよ。じっちゃんだからできるんだ。なぁじっちゃん、アレ見せてやりなよ」
得意になった若者が言うと、モフセンは禿げた頭とは対象的に顎に蓄えた長い髭を撫でた。
「どれ、ではお客人。ヴァラ森林の後にそこでの冒険譚を聞かせてくれるというのならこの爺、秘技をお見せしますが」
「お願いします」
メネウは好奇心いっぱいの顔で即座に頷いた。
一同は外に出ると、巻藁の丸太の建った演習場に連れてこられる。
モフセンは丸太の中心に立つと、年齢からは考えられない俊敏さで回し蹴りを繰り出す。
丸太まで距離があるので届かないはずだが、なぜか丸太が半分に斬れて地面に落ちた。
「……何をやった?」
モフセンは枯れ枝のような体をしている。力や風圧でやった訳ではないのは明白だ。
気を当てたという訳でもない。ラルフはそれならこんな疑問を口にしない。
「ふぉっふぉっ。なに、足の裏から平らな結界を突き出して斬ったんじゃ。盾にも剣にもなるぞぃ」
そう言って両腕に結界をプレート状に出してみせる。メネウたちに分かりやすいように磨りガラスのような透明度で出しているが、完全に透明な状態にできるはずだ。
そしてやっと、モフセンとメネウたちはステータスを見せ合った。
モフセンの職業は結界師、レベルは103と、なんと99を超えている。
ラルフは愕然としていた。
英雄目録には載っていないが、旅立ってすぐに載っていてもおかしくない人物に出会えた僥倖に。
「モフ爺ちゃん、聞いてもいいかな?」
「なんだ、メネウ」
「もしかして、一度レベル1に戻らなかった?」
メネウの言葉にモフセンとラルフだけが目を光らせた。
103というのは本来あり得ない数値だ。だとしたら、通常のレベルを超えた真のレベルと呼ぶべきものがそこにはあるのかもしれない。
今メネウが上げているレベルと同種のものだ。
「メネウ、お前さんはもしや……」
「そう、俺も1に戻った。今は23、か。やっと年齢に追いついたけど、そうか、なるほどそういうシステムなんだな……」
モフセンの孫にも見られてしまうが、メネウはステータスを全部表示して見せた。
その数値、そのスキルにモフセンも孫も驚いている。レベルと全く合っていないのだ。
トットも初めて見るはずだが、そもそもメネウとはそういうものだ、と思っているので特に驚きもしなかった。
「はっはっはっはっ、長生きはするもんじゃわ!これは面白い旅人が訪れたもんじゃ!ゲフゲフっ」
高笑いしたモフセンが気管に唾液を詰まらせて咽せる。と、同時に入れ歯が落ちた。
ぶは、とメネウはおもわず笑ってしまった。
「入れ歯きったねぇ!」
失礼だとは思うのだが、地面に落ちた入れ歯がおかしくて仕方なかった。
超人に思えても、やはり人は人、老いは老いだと分かって笑った事もある。
「ひゃにほう!まぁ、歯だへはどうにもならんでな……」
モフセンは入れ歯を拾うと、水場に向かって入れ歯を洗った。口に戻すとやっと普通に喋れるようになったようだ。
彫刻師がモンスターの牙で作った特注らしい。長生きする人の少ないこの世界では、歯科技工士は商売上がったりだろうから兼ねているのだろう。
「はぁ、面白かった。モフセンすごく面白い人だね」
「御老人の元で暫く修行してみたいくらいだが、俺では分野違いだな」
「僕は肉体に干渉する技術を教わりたいです……!」
メネウのエンチャントは想像力でやっているので人に教えられるものではないが、モフセンの場合は孫に教えている。
技術として確立されているのだろう。
トットの要望を受けて、モフセンは少し考えた。
「では、トット坊の背におられる木の竜について教えてくれるのならば、技術を教えようかの」
どうやら、年の功の前では隠し事は難しいらしい。
ぬいぐるみの振りをしていたヴァルさんが、そっとトットの背から離れて自分の翼で浮き上がった。
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