第72話 その土地が変わるということ
モフセンの案内でまた一行は平家の板間で囲炉裏を囲むこととなった。
ヴァルさんがぬいぐるみの体を浮かせてモフセンと対面している。
「ヌシは我を知っておったのか?」
「当然でございますじゃ」
それは、実は言うほど当然ではない。
ヴァルドゥングは現象だ。そこに風が吹くことを特別に意識しないように、どこから風が吹くかを意識しないように、ヴァルドゥングを『知覚する』のは難しい。
しかし目の前の老人は当たり前にそれができるという。
ラルフが怪訝な顔をした。それに応えるように老人は居住まいを正す。
「儂には属性感知のスキルがありますれば、今まで生き長らえられたというもの」
合点がいった。
目に見えないのにどうやって病だけを切り離していたのか不思議だったが、目で見るように体の内部まで把握することが出来るのならば可能だろう。
「孫はまだ、結界の基礎を学ぶ途中。第二のレベル上げにも入っておりませぬ。そんな中で木気の土地に根付く我らに金気の土地への変遷は望ましいことではありませぬ。何故人を伴い戻りましたか」
モフセンの視線は厳しい。
自分の住処が変わってしまうというのは恐ろしいことだ。今まで育っていたものが育たなくなり、これまでと違う仕事を生業にしなければならない。
人生が変わる、と言ってもいいだろう。
十中八九ヴァルドゥングの自業自得だが、メネウは来てよかったと思った。
彼らは変化を望んでいない。速やかに金の竜と話をつけなければならないだろう。
「我は住処を追われ、ここな主人と共に土地を取り戻すために舞い戻った。近々木気の土地に戻るだろう、ご安心召されよ」
ヴァルさんがぬいぐるみの口で重々しく告げる。モフセンがあご髭を撫でながら暫く考えて口を開いた。
「なるほど、メネウは現象を手懐けまするか。されば、儂も同行させてもらいましょう」
「えぇ?!」
「何故そうなる」
「危ないですよ!」
メネウ、ラルフ、トットが口々に止めるが、モフセンは笑って受け流す。
「メネウたちは見れば旅の途中。死の危険に挑む理由は無いでしょう。しかれば、儂も儂の身くらいは守れまする。同行させてはくれんかの?」
「俺からも頼むよ。じっちゃんが異変だというなら相当な事だ。台風が来ても平然としてるじっちゃんがここまで言うなら、やばいことになってると思うんだよ」
メネウたちにしてみれば身内の不始末の跡形だが、モフセンたちには生活がかかっている。
一見森林地帯は変わりなく見えても、知らない魔物が徘徊しているというだけで、積み重ねて来た知恵が意味をなさなくなるのだ。
その異変が解消され、元に戻るところを見たいと願うのは至極当然だ。ましてモフセンは村長であり、仙人と言ってもおかしくない達人である、
メネウは腕を組んで考えた。
「分かった。でも一個約束して」
「なんじゃ」
「何を見ても驚かないこと。そして、誰にも言わないこと」
「承知。すれば、支度を整えましょう」
モフセンが言って土蔵に向かった。どこまても日本寄りだな、と思ったメネウだが黙っておく。
毛布や厚手のコート、野菜やパンも保存されている。適度に乾燥していて日が当たらないから、保存に適しているのだろう。
「あ、俺が持つよ」
メネウが率先してモフセンを手伝いに行ったので、ラルフとトットは若者と話をすることにした。
「あの御仁を連れ出してもいいのか?」
「あぁ、じっちゃんは冒険好きだからな。止めようったって止められないし、今回は村のためだ」
とは言え、不安そうな様子は拭えない。
トットとラルフは目配せして、ヴァルさんの中に作りだめていた万能薬や回復薬をいくつも渡す。
「これ、よかったらモフセンさんが居ない間使ってください」
「あの御仁が戻るまでのつなぎだ。気休めくらいにはなるだろう」
医者が一人しかいない村からそれを連れ出すのだから、この位してもバチは当たらないだろう。
孫は目を白黒させていたが素直に受け取った。高い薬が目白押しではあるが、それ以上の価値が彼の祖父にはある。
「助かるよ。この辺の集落一帯、じっちゃん頼りだったからな」
そうこうしてる間に支度は整ったらしい。
暗くなる前に出発した。何故か村人総出で見送られたが、ヴァルさんの話によればあっという間に着くはずだ。帰りが早かったら恥ずかしい。
モフセンは笑って送り出されていた。日常茶飯事なのかもしれない。それだけモフセンは頼られているのだろう。
森の入り口には村から歩いて15分ほどで着いた。
メネウが進もうとすると、ヴァルさんがメネウの背に移った。
「主人、リンクを繋いでくれ」
「何か考えがあるんだな?」
「あぁ、そうだ。金気が思ったよりも強い、少しは歩くがここを踏破するよりはマシじゃろう。主人はちゃんと演算能力もあるようだしな」
不思議に思いながらもメネウが言われた通りにリンクをつなぐと、ヴァルさんの視界情報がなだれ込んで来た。
木と木の間を滑るように走り抜ける風。それに目が付いているようなものだ。
木の葉の擦れる音、鳥のさえずり、雲の流れまでが克明に『知覚できる』。メネウで無ければ脳が焼き切れていたかもしれないが、メネウは平気そうにしている。
魔法を複数組み合わせることが出来るメネウの思考能力は常人のそれをはるかに超える。
ハードが良くてもソフトウェアが常人のそれなので、滅多に意識して使うことは無いだろうが、これも転生ボーナスだろう。
「そーゆーコトね」
メネウは一人納得すると、金気に邪魔されないギリギリまで情報を追いかけた。
両手で杖を構え、目を伏せてその場所をイメージする。
「ショートカット!」
メネウが杖を振ると、透明な水の幕が目の前に現れた。
それを覗き込んでヴァルさんが満足げに頷く。
「これなら歩いて半日ほどで我の住処に着くだろう」
一連のやりとりを眺めていたモフセンが声を立てて笑った。トットはいつも通り、ラルフもいつも通り疲れた顔をしている。
突拍子がないのだ。それを正しく認識できる人数が増えたのはいいのだが、ラルフとは対照的にモフセンはそれを楽しんでいる節がある。
「いやはや、空間操作を中々使いこなしておられまするな」
「いやー、まだまだ。モフセンは空間操作を持ってる人にも会ったことがあるの?」
「長く生きておりますれば。便利なだけではなく、儂に感銘を与えた能力でもあります」
「この森の奥には知らない材料があるのかもしれない……!頑張って集めましょうね、スタン!ヴァルさん!」
楽しげに話しながらショートカットの中に吸い込まれていく。最後にカノンと共に残ったラルフが一つ溜息を吐いた。
今度も疲れる旅になりそうだ、と思いながらラルフも幕の中を通り抜けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます