第70話 農業大国ナダーア

 ヴァラ森林へ向かう事を決めた3人は、ヴァルさんの案内に従って街道を進んだ。


 分かれ道から農道に入る。田圃には稲の他に麦もあり、食糧事情の豊かそうな国だとメネウは思った。ちらほらと集落も見える。


「俺たちの国……コキルスに隣接する農業大国。それがこの国、ナダーアだ。加工をコキルスが一手に担っているからな、国土の大きさに関係なく良い関係を築いている」


「そっか、僕初めて外国にきたんですね……!」


 ラルフの説明にトットが嬉しそうに飛び跳ねる。


 大きい国だからだろうかと思ったが、どことなく雑然とした感じがするのは、コキルスの技術力は高くナダーアは低いからだと気付く。


 そうこうしているうちに、彼方が見えない程の森が見えてきた。


 緩い稜線を描くその森林は、もはや樹海と呼ぶ方が相応しい。


「あれがヴァラ森林じゃ」


 ヴァルさんが重々しく告げると同時に、メネウがぬいぐるみの頭を鷲掴みにした。


「おいこらどこが1日ですかよ?!」


 人類未踏の地というのだから、あの樹海の奥地に違いない。これでは全くもって話が違う。


 しっかりと準備を整えなければ目的地にたどり着くことも不可能だろう。


「ま、まて、落ち着け。森林の前には村があるじゃろうが」


 歪な顔でヴァルさんが言うと、メネウたちはヴァルさんの尾が指し示す方に視線をやった。


 確かに、大きめの村がある。周囲を高い壁で覆った円筒状のもの、といった方が相応しいだろうか。


 まだ距離があるので全体が見えるが、近付いたら相当な規模のはずである。


「あそこで整えれば良い。それに、主人の力を使えばあっという間じゃよ」


「?」


 ヴァルさんの言っている事にいまいちピンとこないメネウではあったが、とりあえず手を離した。


 先程昼休憩を取ったばかりだ。日暮れ前には村に着くだろう、ということで一行はまた歩き出した。


 畦道にある薬草をトットが摘んではヴァルさんの口に入れていく。


 食べ物と何が違うのか、と不思議に思って聞いてみた。


「我が口に入れたものは、その情報を我に刻んで元素に変換されておる。必要な物は情報によって復元されて現界する。故に、情報の密度を薄めて良いのなら複製も作れるぞ」


 ゾッとした。


 いざとなったらヴァルさんの腹のなかに避難できる、などと考えていたが、一度自分が分解されて再構成される、なんてことを試す気にはならない。どこまで再現されるか分かったものではない。


 メネウのレベルは順調に上がっているが、これは所謂人生経験や人間力といったものの数値化である。


 それをすべて復元できるのか、記憶があったとして実体験としてそれを得たとなるのかが分からないのだから、とてもじゃないから飛び込めない。


「ヴァルさんが金気を嫌がるのはそういう事だったのね……」


 しみじみとメネウが呟くとトットの背でヴァルさんが頷いた。


「うむ。木の気に金の気を混ぜることとなる。我には毒だ。調合器具くらいならば問題ないがな」


 そうこうしているうちに村に到着である。


 門番にヴァラ森林に用があって色々と支度を整えたいと申し出ると、気の毒そうな顔をされた。


「一晩泊めて、ちゃんと金と交換で道具や食糧を渡すのは構わないが……しばらく前からあの森は様変わりしちまったんだ」


 はい、存じております。


「棲んでいた竜が、金の竜を怒らせたらしくてな。知らない魔物が徘徊する恐ろしい場所になっちまったんだ。入り口あたりなら俺らもよく薬草摘みに行ってたんだけど」


 でしょうね。でしょうとも。


 原因を知っているメネウとラルフはじっとヴァルさんを見たが、しっかりとぬいぐるみのフリをしている。トットが苦笑いを零して視線を外した。


「まぁ、ドリアードの花なんかも不作で値段も高騰するだろうしな。見つけたら少し分けてくれ、もちろん金は払う」


 それなら、とトットがヴァルさんから取り出そうとしたのをメネウが腕を差し出して止める。


 にこにこと愛想よく笑って了解の旨を伝え、村の中に入れてもらった。


 中は木造の家が並んでいた。モンスターも出るのに危なくないのかと不思議そうにしていたら、案内役が説明してくれる。


 なんでも、壁はそれそのものが結界の役割を果たしており、中に魔物は入れないようになっているとの事だった。


 カノンとヴァルさん、スタンが入れたのはその結界を凌駕する存在だからに他ならない。


「結界師のじっちゃんが村長なんだよ。お陰でこの村はここにあるってなもんだ」


 良かったら会って行って欲しいと言われた。幾つになっても元気で冒険好きなお爺さんらしい。


「へぇ、おいくつなんですか?」


「さぁてなぁ?確かもう120を超えてたと思うが」


 ラルフとトットが固まった。メネウも目を瞬かせている。


 この世界の人間の寿命は大体60歳程だ。医療が発達していないのだから当然とも言える。


 なのに、その倍は生きている。


(また変なものに当たったのか……)


 ラルフが頭を抑えて溜息をつく。


「長生きですねぇ……!」


「本当に。元気の秘訣はなんだろうね?会ってみたくなった」


 トットは感嘆して、メネウは心底不思議そうに呟くと、案内役は笑った。


「今日はもう遅いかんな、明日また案内してやるよ。森林の奥に行くならそれなりに装備を整えなきゃならんだろう。とりあえず今日は休め」


 森の様子が変わってから開店休業状態だった宿屋に案内されて、宿屋の主人の方が喜んだ。


 ヴァラ森林はよく冒険者が来ていたようだが、危なくなって寄り付かなくなったらしい。


 この村から町への定期馬車も、今は運行をやめているそうだ。


 人のいい兼業農家の宿屋の主人に夕食と部屋をあてがってもらい、3人は別の部屋で休んだ。


 トットの所にはスタン、ラルフにはカノン、ベッドが必要なヴァルさんはメネウの部屋に居候する事になった。


「ヴァルさん、住処が近くなってどう?」


「……金気がここまで濃密になっていると、鼻が曲がりそうだ」


 実に苦々しい声で返ってきた。


 なるほど、とメネウはそれ以上は言わなかった。


 寝る支度を整え、セケルと話すかを迷って、今日はやめておくことにした。


 まずはヴァルさんの事だ。そう決めたのだから、片付くまでに考えておくことにした。


(……アペプ)


 混沌の神。秩序より前に生まれた、メネウと同じ体を持つ者。なのに、メネウよりも強大な力を持つ者。


(……死者の書、ってなんなんだ……カノンに聞けばいいのか。でも、セケルに聞いた方が正確だろうな)


 カノンはどれだけ強大な存在であってもこの世界に生きる者、セケルは俯瞰する者だ。情報量が違うだろう。


 これ以上は考えても仕様がない、とメネウは目を閉じた。

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