第66話 クラウスとアナスタシア

 ラルフは、微かな明かりとりの窓が天井近くに開いている地下牢に大人しく入ると、備え付けの粗末なベッドに腰掛けた。


 父の言うことはいちいち尤もだ。領地経営、そして領民を守り豊かにすることでも英雄の器を発揮する自信はある。


 だが、どうだろうか。


 例えば自分の慢心を呆気なく折ってしまう凄まじい才の塊が、友となったのなら。


 例えば世の中を何も知らないのに一分野に特化した子供と、旅ができ世界を教えられるのなら。


 続きを見たいと願うこと、それを誰が止められるのだろう。


(父上は相変わらずだ、まったく……甘いのに、厳しい)


 彼の父親……クラウスがあのような振る舞いをするのには理由がある。


 クラウスには最愛の妻がいた。


 見合いで知り合ったものの、その心の優しさと凛とした美しさを愛するのに時間は掛からなかった。


 彼女はラルフの母、アナスタシアである。


 アナスタシアは生まれつき心臓が悪かった。


 この世界は全て元素によって成る。人も例外ではない。


 臓器が弱ければ元素がうまく循環せず、緩やかに死に向かう他ない。


 エンチャントの技術が未発達なこの世界では、内部疾患に対しての術が余りにも少ない。魔力回復の薬がないのもその為だ。


 アナスタシアはラルフを産み、そしてその時に命を落とした。


 クラウスは悲しみに暮れた。だが、それで折れてしまう男でもなかった。


 アナスタシアと同じ白金色の髪の息子……ラルフを、アナスタシアのように優しく、そしてクラウスのように厳格に育てようと決めた。


 アナスタシアの真似をしているうちに、あのような口調でラルフへ話しかけることが習慣付いた。


 人目があればある程度堪えられるようだが、ラルフが旅を共にする程信頼している仲間だ。遠慮ができなかった。


 ラルフが取り留めもなくそんな事を考えていると、窓から影が差した。


 見上げると、白い鳥のようなものが窓の隙間から滑り込んで、ふらふらとラルフの足元に落ちた。


「……紙?」


 一見すると鳥のように見えるが、歪な形の紙だ。


 こんな事をしでかすのも、できるのも、ラルフは一人しか知らない。メネウの仕業だろう。


 恐る恐る紙を拾い上げると、中には4つの絵といくつかの注意書きが書いてあった。


『ラルフへ。お前のことだから大丈夫だろうけど、脱獄に役立つアイテムを送ります。以下注意事項。

 ①アイテムは一度具現化して消えたら戻らない。

 ②次のアイテムを具現化したら前のアイテムは消える。

 それを踏まえて、具現化したい絵の上に手を置いて「具現化」って考えて。それで出るようにしたから。

 じゃあ、街の中心にある宿屋で待ってるよ』


 またとんでもないものを送ってきたものである。


 絵に描いた餅を現実の餅にするところは何度も見てきたが、これは規格外にすぎる、とラルフは思った。


 大方、一度に一つ以上のアイテムを具現化させるにはラルフのMPが足りないのだろう。


 ラルフの微かなMPを触媒に、メネウが込めた魔力で具現化させる、といった仕組みだろうか。


 描いてあるのは『なんでも切れるバターナイフ』『どこでも掘れるスプーン』『透明になれるマント』『なんでも開けられる鍵』だ。なぜカトラリーが半分を占めているのか。


(こいつ、遊んでるな)


 何でも開けられる鍵があれば大方解決しそうなものだが、それは最後の切り札に取っておく。


 まずは、バターナイフから具現化してみることにした。


(俺もだいぶ毒されている)


 一人笑って、ラルフは紙に手を当てた。


「さぁ、脱獄の時間だ」

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