第65話 親の心
「まぁいいわ、積もる話は後にしましょ。……メネウくん、だったわね?はじめまして、ラルフの父のクラウスよ」
よ、と言われても。と呆然としたまま聞いていたメネウだが、ラルフに一瞥されてようやく自分を取り戻した。
話しかけられているのが己だと気付いて、メネウは居住まいを正す。
「はじめまして、メネウです。ラルフにはいつもお世話になっています」
「ロクに謝りもせずにごめんなさいね。ラルフが迷惑をかけた上に、旅に同行させてくださってありがとう」
「息子さんにはいつも助けられてばかりです」
「少しは役に立ったのね、よかったわ。……でも、今日でお終いにしましょ」
ラルフの父……クラウスは、懐から皮袋を取り出した。メネウの前まで態々歩いてくると、その皮袋をメネウに握らせた。
重たい。金貨が20枚は入っているだろうか。
「これは慰謝料よ。これ以上、うちの子が迷惑を掛けるわけにはいかないわ」
「父上!」
「迷惑だなんて、そんな……」
むしろ迷惑を掛けているのはメネウの方である。
クラウスはラルフに向き直ると視線を険しくした。
「あなた、英雄になりたかったのでしょう?その為に騎士ギルドで頑張っていたのに、自分で台無しにして。まだやる気なの?もうそろそろ、ワタシの下で領地経営と政治について学びなさい」
「ですが!」
「あなたは英雄になれる器よ。それはワタシが誰より知っているわ。……ワタシだって領民から見れば英雄のはずよ。そういうものじゃダメなのかしら?」
クラウスの言うことは尤もである。
ラルフは呪われた装備によって、一度登った道を転げ落ちた。
それは装備だけのせいではなく、ラルフの慢心から成った事だ。そこに反論の余地はない。
クラウスがラルフからの絶縁を拒んだのは、彼が夢を『諦めた』ことにして、現実に直面させることが狙いだったのだろう。
「……俺は、まだ英雄を諦めていない」
「ラルフちゃん。それが通らないことは、分かって言っているんでしょう?」
「通らない道理では無いはずだ」
クラウスはまだ健在であるし、ラルフが前線に立てるのはあと5〜6年といったところだろう。そのくらいの猶予は残されているはずだとラルフは言う。
「ワタシだって一度は応援したわ。だけどね、見る夢が大きければ大きいほど、一度躓いた人がたかだか数年で叶えられるものではないのよ」
ラルフは恵まれた才能を持っている。
戦いの才能。剣の腕、状況把握能力、采配、どれもが英雄に成れる器だろう。
しかし、突出した才能は『この世界では望まれていない』のだ。人の上に立つ者か、人との関わりを断つ者以外には。
国王が英雄ならば自国民は誇らしいだろう。
仙人がいるとなれば教えを乞う者もいるだろう。
しかし、国王の他に民衆の心を引き寄せるものが居るのはどうなのか。
国に寄り添わぬのに、国の中で人の上に立つ者が生まれるのは果たして本当に良いことなのか。
答えは、否、である。
国王を戴く王国である以上、それは褒められたことではない。
だから皆が皆、職業に厳しく、逸脱する者を嫌うのだ。
平和に暮らしたいと思う民を悪く思う者はいない。それを乱す者を許さないと思う心を責める者も、だ。
だからラルフは地位を求めた。自分の力で上り詰めもした。後はただ修練と実戦を繰り返すことで、きっとラルフの名は大陸中に轟いたことだろう。英雄目録にも載ったかもしれない。
しかし、彼は失敗した。躓き、築き上げた地位を自ら手放した。
クラウスはその現実をラルフに突きつけている。
「お父さん、待ってください。ラルフには本当にお世話になってるんです、このお金は受け取れません」
「そ、そうです!ラルフさんはとっても優しくてとっても強くて、それで、だから……!」
メネウとトットが必死に訴えると、クラウスはほろ苦く笑った。
まるで道理を知らない子供にするように。
「あなた達には本当に感謝しているわ。ラルフちゃんが世捨て人にでもなったら、ワタシが本当に困っていたの。だけどね、こうして帰ってきてくれた。あなた達が帰してくれたわ」
「まだ旅の途中なんです!」
「それはあなたの旅でしょう?ラルフちゃんは鍛え直すために旅に出た、そうよね?ならば、ワタシの下で働くことは鍛え直すことにならないかしら」
ラルフの旅の目的は、違う道で英雄になる事を目指し、鍛え直すための旅である。だからメネウの無茶な旅に同行していた。
その道理で行けば、クラウスの言うことはますます尤もだ。
ラルフが唇を噛んで低く告げる。
「……俺は、まだ、諦めない。それに……」
「それに?」
「俺以上の英雄が生まれる時を、目にしたい。今はそう思っている」
メネウとトットを見つめてラルフは言い切った。
ラルフにとって、この二人は『夢の体現者』足り得る者である。
メネウの底知れない能力、トットの凄まじい練金術師としての腕。
ラルフは己がこの二人に出会えた幸運に心から感謝していた。
だからせめて、自分が英雄になれずとも、この二人がどうなるのか見届けたいと思っていた。
「……お話にならないわね。いいわ、あなたは暫く牢で反省なさい」
クラウスが目を細めて告げると、掌を打った。兵士がそぞろ入ってくる。
「息子を地下牢へ。見張りは常につけよ」
オネェから領主モードにシフトチェンジである。器用なものだ。
「メネウ、三日待て。それで戻らなければ先に行って構わん」
そう言い残したラルフだけを連行して、彼らは去って行った。
メネウとトットに向き直ったクラウスは、返された皮袋をメネウに押し付けた。
「頼む。これは親心なのだ、受け取ってほしい」
オネェ言葉ではない言葉で真摯に告げられる。
メネウは不承不承ながらもそれを受け取ると、館を後にした。
「三日、ね……」
不安なトットがメネウの袖を掴む。
「メネウさん、ラルフさんはどうなるんでしょうか……」
「大丈夫大丈夫、実家だし酷い目には合わないよ。三日で出てくるって言ってたんだ、待ってよう」
「でも……クラウスさんは、凄い方でした」
あの威圧感は、並の人間に出せるものではない。
百戦錬磨の貴族であり領主でもあるクラウスに、果たしてラルフはどう立ち向かうのかは分からない。
それ以上に、どう逆らえるのか。メネウをもってしてもイメージが難しい。
「うーん……、よし、ちょっとだけ手助けしよう」
そう言って館から離れたメネウは、スケッチブックになにかを描いた。
描いたページを切り離し、不恰好な紙飛行機を折る。
「鳥みたいですね」
飛行機を知らないトットが少し楽しげにメネウに言った。メネウもそれを聞いて笑っている。
メネウが笑っているうちは、大丈夫。トットは自然とそのように考えていた。メネウのやる事を興味深そうに見ている。
「よーし、ラルフのところまで飛んでけ!」
メネウは紙飛行機を空高くに思い切り飛ばした。
飛行機は放物線を描いて館の塀を越え、ラルフのいる地下牢に向かって不思議な力で飛んで行った。
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