第63話 旅立ちは宴と共に
ラルフとトットはメネウを宿屋に残して、明日には旅立つことを関わりあった人たちに告げて回った。
長い滞在を終えた旅人や冒険者は、こうして挨拶をして回るのが礼儀なのだ。
そうして旅立つ人が、その地に根付く人たちに気に入られていれば、自然と見送るための宴が開かれる。
目を覚ましてすぐ、いつもの食堂に連れてこられたメネウは、そこに居る大勢の人たちに目を瞬かせた。
「何ごと?」
トンカチ家族は勿論、ハーネスとリード、食べに行ったことのある食堂や酒屋の人から、装備屋の店員に屋台の店員、トットが世話になった錬金術の工房主たちに、図書館の司書さんまでいる。冒険者ギルドの受付嬢やカズサも、今夜は仕事を抜けて来てくれたようだ。
気まずそうに隅に居るのはワイルドベア騒ぎの時の冒険者と、ヤン渓谷で鉢合わせた冒険者たち。世話になった自覚があるのだろう。ラルフにこっそり聞いたら、ギルドで見かけたから声を掛けたらしい。
来る方も来る方だが、声をかける方もかける方である。
こうして顔を見せたというのは彼らなりの謝辞だろう。メネウは目が合うとにっこり笑っておいた。何故か青ざめられたが。
セティの姿は無い。もう旅立った後のようだ。
元来根無し草の彼女は、こういった宴にはあまり興味がないらしい。
メネウはこうして集まってくれた人たちを嬉しく思う反面、セティを見送れなかったことを少しだけ寂しく思った。次は無理矢理にでも宴会しようと心に誓う。
「乾杯!」
宴が始まると、誰かが弦楽器を取り出し飲めや歌えやの大騒ぎになった。
ハーネスが催してくれたパーティとはまた違う、楽しいひと時である。
トンカチ亭のミアとトットが床を蹴って踊るも、トットは踊りが苦手なようだ。ローブの裾を踏んで転けていたが、そこでもワッと笑いがおこる。
ラルフは、冒険者の女性に囲まれていた。認識阻害メガネ仕事しろ。イケメンはやはりイケメンとして認識されるらしい。魔改造を加えようかとメネウは真剣に検討した。
何故なら。
「本当、メネウさんにはいつもお世話になってばかりで……」
「いやはや、あれだけの上質な品を多数納品していただいてこちらとしてはこれからも、末長くよろしくしていただきたい」
「あんちゃん、いい材料が手に入ったら俺に持ってこいや。な!」
ハーネス、リード、トンカチの親父さんと、壮年の男性に囲まれて呑むことになっているからだ。
(いや、楽しいよ?うん。楽しい。楽しいけども、けーどーもー……)
ちら、と視線を上げれば綺麗どころはみんなラルフの周りにいる。なんで迷惑そうにしてるんだあの色男。千年の恋も醒めるようなでれでれっとした顔しろよ、とはメネウの心中である。
その視線を受けたラルフが困った顔でメネウを見た。ラルフは助けを求めている。
メネウは無視をした!
トットとカノンが助けに行ったようだからいいだろう。子供と動物は女性の好むものの筆頭である。ラルフへのアピールにもなるだろうが、そんな打算はラルフには効かない。
早々にトットに連れ出され、何故かトットとラルフが踊ることになった。カノンとスタンがそのステップに合わせて跳ねている。
(あれ……?)
無視をしたのは自分だが、これはこれで寂しいものだ。ラルフが一瞬メネウを見て鼻で笑った。
入れてくれ、と言いたいが、おじさんトリオはメネウを離す気が無い。酒が入ると話が長い。
楽しそうに踊る仲間を眺めながら、おじさんに囲まれてメネウの夜は暮れていった。
翌日、女将さんの最後の朝ごはんを食べて、メネウたちは早朝に出発した。
見送られるべき人には、昨夜見送られた。
女将さんも相当呑んでいたはずだが、全く二日酔いの気配がない。朝も早い。女将さんは人間だよな……?
「よーし、じゃあ行きますか!」
女将さんとミアに見送られ、北の関所からミュゼリアを抜けたメネウたちは、とりあえず街道沿いに進んだ。
3時間ほど歩き、水分補給を兼ねてお茶にする頃、トットが切り出した。
「ところで、どこに向かうかまだ決めてなかったんですけど、ヤークでいいんでしょうか?」
「そういえば任せて寝ちゃったんだった。ラルフ、王都に行く道だけど、どう?」
ラルフは少し考え込んだ。
何せラルフの実家も元職場も王都・ヤークにある。最初の町・アムモスでやらかしてから、自分から家と職場を離れたものの、町に戻るのは抵抗があるだろう。
「……構わん。このメガネはその為の物だ」
メガネをしてようがいまいが、ラルフの行動を予め追っているなら意味はない。
だが、下手に騒ぎを起こすことはないはずだ。
そうラルフは踏んで、ヤークに行く事を了解した。しばらくヤークで勉強とランク上げをしようという事になった。
しかし、彼らの見通しは、少々甘かったのだ。
ヤークに踏み込んだ瞬間に、兵士に囲まれた。
「ラルフ卿であらせられますね?お父上がお呼びです」
一際立派なマントをつけた兵が、3人にそう告げた。
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