第62話 朝飯ミーティング

 朝食を買い込んで宿に戻ると、女将さんと娘さんが迎えてくれた。


 ラルフたちが先に朝食はいらない旨を伝えておいてくれたらしい。迎えにいくついでに食べようという算段だったようだ。


 メネウは女将さんにダンジョンで得た肉を渡した。牛肉らしきものと山羊肉らしきものだ。比較的罪悪感の薄いものを選んだ。


 目を輝かせて女将さんは喜んだが、ここは冷蔵庫も冷凍庫も無い世界である。


 冷やしておく魔法くらいは使えるだろうが、そう何日も同じ肉ばかり食べるものでは無い。


「こんなにはうちじゃ使い切れないね。ミア、近くの食堂の旦那さん方に分けてきておくれ」


「そういう事なら、まだまだあるんで俺も一緒に行きますよ。重いでしょう」


 女将さんが娘のミアにお使いを頼むのを聞いて、メネウは荷物持ちを申し出た。


 フロアボスとは巨大なものだ。肉の在庫は山程ある。ワイバーンの肉もある。


「私はドワーフ混じりだから重いのは全然平気! でも時間がかかると鮮度が落ちちゃうし、お言葉に甘えちゃいます」


 おさげ頭の可愛らしい背丈のミアは力強く請け負いながらも甘えられるところは甘える性質らしい。しっかり者である。


 宿で出したり家で食べる分を取り分けて、残りをポーチに回収した。


 ラルフたちに、ご飯先に食べといてと言い置いて、メネウはミアと共にお世話になっていた食堂を巡った。


 特に喜ばれたのはワイバーンの肉だ。聞けば以前のリザードの肉もこうしてお裾分けされたらしい。店に並ぶことはなく、店主の腹に収まったそうだが。


(トカゲって美味しいのか……?)


 竜種の一端もメネウにとっては肉扱いだ。


 リザードの肉に味を占めたメネウは、今夜ワイバーンの肉を振舞ってくれるよう行きつけの肉料理屋にお願いした。多めに分けたことが功を奏したのか、快諾してもらえた。


 宿屋に帰ると、ラルフとトットは兎も角として、カノンとぬいぐるみ(仮)のヴァルさんがガツガツと串焼きに噛り付いていた。


「え、食うんだヴァルさん……」


 自分で描いておいて何だが、食べないとばかり思っていたらしいメネウが部屋の入り口で固まった。


「我の体は魔力の塊故な、経口摂取で強靭に保つのよ」


 ぬいぐるみのどこに甘辛いタレ付きの串焼きが収まっていくのか分からないが、収納とは違うらしい。


 体を汚さずに綺麗に食べている。


「おかえりなさい、メネウさん」


「疲れたんじゃないか? 飯を食ったら少し休め」


 トットとラルフがベッドに腰掛ける場所を開けてくれたので、そこに座った。


 3人で早速残っている朝食を食べながら昨夜の話をした。


「なんかなー、昨日俺魔力切れ起こしかけたみたいで」


 厚切り肉と青菜のサンドを頬張りながらメネウが告げると、ステータスを知っているラルフが燻した鶏肉の脚を齧りながら目を剥く。


「お前がか? 何かの間違いではなく?」


 トットはカノンに食べられてしまう前に両手に串焼きを持って聞いている。


「そーなんだよ、俺もびっくりでさ。まぁつまり、神獣と竜といっぺんに契約するのと呼び出すのはアウトって事じゃないかな?」


「当たり前だ主人。普通、只人ならば干からびるところだぞ」


 腹いっぱいになったのか、ヴァルさんが特製ベッドの上で丸くなって答えた。


 トットの串肉をスタンが分けてもらいながら、短くピロっと鳴いた。同意しているようだ。


「昨日、パスの切り方を教えなかったからな。繋がったままだったせいで、我も大分と気持ち悪い思いをした。必要な時以外は切っているのが良いだろう」


「すごい保身に塗れた言葉をどーも。でも切り方は教えて」


 メネウがサンドを食べ終えて串肉に手を伸ばしながら言うと、ヴァルさんは鷹揚に頷いた。反省の色は無い。


「簡単なことよ、頭の中で我との繋がりを切りたいと思えば良い。繋ぎたいと思えば繋がる。主人が思えばそのようになるし、我が思っても主人には届かぬ。我らは同じ魔力で生きる共同体、そして主従になったからの」


「わかった。……ほい、これで切れた?」


「うむ、大丈夫だ。主人の疲労感も伝わってこなくなった」


 やっぱり保身かい、とメネウは心の中で突っ込んで串肉を一気に頬張った。口の中いっぱいの肉汁たっぷりの肉を咀嚼して飲み込むと、隣に座って両手のサンドを食べていたラルフを退かせて寝転がった。


 緩慢な動きから、まだ回復しきっていないことがわかる。


 魔力切れに関しては、相当する魔法薬がない。回復薬で多少回復するが、あれも液体であり薬である。飲みすぎると中毒を引き起こす。


 心配そうなトットにへらりと笑いかけて、メネウは枕に頭を沈めた。


「ごめんけど、寝る……明日以降どうしたいか、話しといて……夜はいつもの店で、ワイ……バー……」


 言いながらも寝てしまったメネウに布団を掛けて、ラルフとトットは同じベッドに腰掛けたまま目を合わせた。カノンとスタンがそれぞれの肩に居心地よく収まっている。


「……そうか。ここにいる理由はたしかに無いな」


「そうですね、お母さんは守ってもらってますし……次は王都ですかね?」


 2人の話し合いに、ヴァルさんも首を擡げて頷いた。


「我のいた土地は遠い、先に主人らの行きたいところに行くが良い」


 となると、やはり王都を目指すのが良いだろう。


「じゃあ、旅の支度でもします?」


「そうだな。トット、調合は済ませたか?」


「はい、ラルフさん。あとは素材で売ります」


「じゃあ、行くか。支度と挨拶回り」


 長く滞在したからか、顔を覚えられている事も多い。いずれトットが帰って来る場所でもある。


 お世話になった所に顔を出さなければならない。


 ぐっすりと眠ったメネウを置いて、2人と3体は部屋を出た。


 買い込んだ朝食はすっかり彼らの腹のなかに消えた。

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