第60話 自業自得って言葉知ってる?

「我と同じ様な竜は他に4体いる。我が住処を追われたのは、何を隠そうその内の1体によるのだ」


 ヴァルドゥングは重々しく話し始めた。


 メネウたちは薬缶を囲んでお茶を飲みながら聞いている。


「金の竜というのがおってな、地中に含まれる鉱石、金属を司る竜なのだが、相性が悪い。我は敵わんのだ」


 そしてその金の竜に住処を追われたという。


「ふむふむ。その金の竜さんは、なんでヴァルドゥングの住処を奪ったの?」


 メネウの何気無い問いに、ヴァルドゥングの目が泳ぐ。


 その様子にセティが目を細めた。


「はっは〜〜ん、分かった。アンタ、金銀欲しさに縄張りを荒らしたね?」


 ぎく、とヴァルドゥングの巨体が跳ねる。薬缶も跳ねた。


「習性だから仕方なかろう、とか言って謝りもしなかったんだ?」


 ぎくぎく、と再び振動が走る。お茶が溢れそうだ。


「そして住処まで来られたら言い逃れが出来ないほど溜め込んじまってたんだろ」


 ずしーん、と巨体が言葉の刃の前に沈む。


 合ってるんだ……、とメネウ、ラルフ、トットの三名は憐憫を含んだ目でヴァルドゥングを見た。


「我は……我は相性もあって、あまり金に恵まれぬ地でしか生きられぬ。人間に下げ渡し、悪党が蓄えていたものなど貰っても構わぬではないか?!」


 逆ギレである。


 メネウが盛大にため息をついて頭をがしがしとかいた。困った竜を仲間にしてしまったものである。


「今後は禁止。まずはそこしっかりしとかないと。今後自分の縄張り以外からの接収はダメ」


 メネウが杖を突きつけて告げると、ヴァルドゥングは渋々ながら了承した。


 不承不承という体がありありと現れていて、メネウがさらに表情を厳しくする。


「こんなに溜め込んでるのにまだ欲しいの?」


「我は一度でいいから金銀財宝に埋もれて寝てみたいんじゃ……」


 夢を諦めきれないのか低く唸りながらヴァルドゥングはごねる。


 メネウは瞬きをすると、うーん、と少し考えて告げた。


「そんな事でいいなら叶えてあげようか」


「なんと?! で、できるのか?!」


「うん。ちょっと待ってて」


 メネウはスケッチブックと絵筆を取り出すと、白紙のページを開いた。


 ヴァルドゥングを見ながら、さらさらとデフォルメされた可愛らしいヴァルドゥングを描いていく。


 生き物というよりぬいぐるみのようだった。ボタンの目に、柔らかそうな背や丸い尻尾が、上質の綿がいっぱいに詰まっているように見える。


 メネウはセティを見て「これで貨幣とか財宝とかは増やさないからね」と釘を刺した。何のことか分からないセティは首を傾げながらも頷く。


 それを確認してから、メネウは描いた絵に手を当てて具現化させた。


 50センチ程の大きさの、小さなヴァルドゥングが出てきた。やはりぬいぐるみのようである。


 セティが目を丸くしている。


「……やられた。頷くんじゃなかったよ」


「言っとかないと絶対強請られると思った」


「絵に描いた物が現実になるなんてね。画力は申し分なしときた。……つくづく惜しいねぇ」


 セティの獲物を定める目からはさっさと視線を外しておく。金儲けの道具にされるのは御免被りたい。


 ぬいぐるみをトットに抱かせて(ラルフの膝にはカノンが座っていた)メネウはぬいぐるみに杖を当てた。


「契約に基づき、ヴァルドゥングを召喚する」


「何?!」


 大きい方のヴァルドゥングが光って元素が溢れ、一回り小さな姿で眠りにつく。


 小さくなった分の元素がぬいぐるみ……小さなヴァルドゥングの中に収まっていく。


 トットの膝の上でじたばたと手足を動かし、自分の短い手足を見、柔らかな尻尾を動かし、綿入りの羽で空を飛んで4人の上を旋回する。


「これは素晴らしいな!」


「永続召喚だから少し疲れたけどね……。ほら、財宝にダイブしておいでよ」


「うむ!」


 ドラゴンの威厳も何処へやら、ヴァルドゥングはさっそく山のような財宝に綿の体で突撃し、硬貨を尻尾で打ちながらご満悦に寝転がっている。


 ラルフが非常に残念そうにその姿を見ていた。彼はカッコいい物が好きなのだ。


 お茶を飲み終わる頃に、ヴァルドゥングは満足して戻ってきた。


「長年の夢が叶った。礼を言うぞ、主人」


「それはよかった。ヴァルドゥングのその身体には収納機能も付いてるけど、ここの財宝持っていく?」


 ヴァルドゥングはそれを聞かれると、ちらりと財宝の山を見て、無念そうに口を開いた。


「う、む……持って行きたいのは山々だが、金気のあるものを腹に入れるのはどうにもな……」


 埋もれたいけれど、食べられるかどうかは別らしい。


「じゃあさ、トットについててよ。彼は薬草とかの採取にいつもカゴを使ってるし」


「薬草や、ちょっとした金気ならば平気だぞ! うむうむ!」


 ラルフが肩を落として俯いている。


 ドラゴンが荷物入れになる姿を見る羽目になるとは露ほども思っていなかったに違いない。


「ド、ドラゴンさんに荷物持ちをお願いしていいものでしょうか……?」


「本人が良さそうだからいいんじゃないかな?」


 さっそく、とトットの背中に張り付いたヴァルドゥングは、収まり良く肩に腕を引っ掛けている。


「思うに、ドラゴンにとって俺たち人間はさして長生きしない、短い種族なんだと思うよ。だから契約してくれたんだよ」


「メネウの言う通りだ。人の生とは儚い、その儚い生に付き合う方が害が少ないと判断した」


「だから、嫌がらないなら手伝ってもらっていいと思うよ」


 ヴァルドゥングがそれを嫌がっていないのは明白である。


 メネウはポーチをベルトから外して財宝の山の一つに近づくと、ポーチの口を開けて山に向けた。


 あっという間に財宝がポーチの中に収まる。


「あ、アンタ何してんだい?!」


 セティが色めき立つ。


 先程最優先で自分好みの物は物色した後ではあったが、残したものも質が悪いわけではない。そんな量を一気に持ち帰られては、財宝の価値が下がってしまう。


「いや、ヴァルさんのベッドに必要かなと」


「…………ベッド?」


「お金には困ってないし……装飾品も要らないし……、ベッドとしか思ってなかったけど」


「その…………財宝の山が、ベッド……」


「だ、だめ?」


 がっくりと全身の力が抜けてしまったセティが、自分が細々と生活していることのバカらしさを嘆き始めてしまった。


 メネウはそれを慰めるような言葉を持ち合わせていないし、ラルフは眠ってしまった大きい方のヴァルドゥングに想いを馳せながらカノンに構っているし、トットはヴァルさんと色々と話している。


 慌てたメネウは、そろそろ帰ろう、と何とか話を切り上げ、お茶の道具をポーチに締まった。


「じゃあ、ほら、帰りはお楽しみのショートカットをします!」


「わんわん!」


「おお、ショートカットか! 良いな!」


「帰りは楽々ですね!」


 カノンもヴァルさんもトットも乗り気だが、約2名が非常に嫌そうな顔をしている。


 信用ない……、とメネウは小さく呟いたが、ドリアードの城をイメージして目を閉じ、杖を振り上げる。


 水の膜がその場に扉のように浮かび上がり、その膜の向こうには見覚えのある城が見えた。


「お、できた。心配なら後で来なよ、俺一番ね」


 メネウは何の心配もなく水の膜を抜ける。


 出たのは、やはり階段があった城の中だ。


 次にカノンとヴァルさん付きのトットが出てきて、その後が中々出てこない。


 メネウは少し待って、膜の中に頭だけ突っ込んだ。


 ラルフとセティはぎょっとしている。


 メネウの頭だけが突如現れたのだ。


「全然大丈夫だからおいでよ?!」


「うむ、わかった。わかったから頭を引っ込めてくれ」


 生首に叱られたラルフが神妙に告げるとメネウは頭を引っ込めて場所を開けた。


 セティとラルフが出てくると、メネウはさっさと水の膜を閉じた。あんな宝の山にわざわざ人を通してやる必要は無い。


 見計らったようにドリアードが近寄ってくる。軽く首をかしげる姿は、もうお帰りですか、と尋ねているようだ。


「うん。お邪魔しました。……もしかして君たちもコレのせいでここに来たの?」


 メネウはドリアードとトレントを見て、ハッとしたようにヴァルさんを指差した。


 ヴァルさんに気付いたドリアードは慌てて膝を折る。


「うむ、我が地を追われたからな。眷属たる彼らも共に、カノン様の元で庇護してもらっていたのだ」


「やっぱり……」


 渋い顔でヴァルさんを見たが、まぁそれでうまく回っていたのならいいか、とメネウはさっさと表情を改める。笑ってドリアードの手を取り立たせた。


「近々帰れるようにしてあげるからね」


 ドリアードはまた首を傾げたが、小さく頷く。微笑んでいるようだった。


 ドリアードと別れてダンジョンの入り口まで歩く最中、セティが酷く残念そうに、それでいて笑いながら言葉を発した。


「つまらないねぇ、もうお別れか。アタイはこれからもダンジョン攻略を続けるけど、アンタらは……」


「とりあえずは首都に行ったりヴァルさんの住処をどうにかしたりするかな」


「だよねぇ、道は一緒にならないわけだ」


 ダンジョンの最下層に行った最短記録だの、神獣を初めて見ただの、ドラゴンは意外と話が分かるだの、肉が美味いだの、話す事は尽きない。


「セティ。俺たち、また迷宮に潜るよ。もし気が向いて運が向いたらさ、一緒に行こうよ」


 メネウもセティと別れるのは惜しかった。しかし、それはお互いのやりたい事を曲げてまで一緒にいて出来上がる楽しさでは無い。


 時々道が交ざるその時に一緒に景色を眺める、そういう楽しさなのだ。


「わかったよ。なるべく迷宮のあるギルドには長居するようにするよ。アンタらとの冒険は楽しいしね」


 そして、ダンジョン入り口の扉の前でメネウとセティは握手を交わした。


「じゃあまたどこかで」


「あぁ、アタイの事も探しなよ? セティという名前をさ」


「分かってる。楽しみが増えたよ」


 再会を願った4人は頷き合ってダンジョンを出た。


 待たせていたカズサの部屋のドアをノックすると、早いですね、とカズサが驚いている。


 早い上に何やら同行動物が増えている。奇妙なアイテムを背負ったりもしている。


「大丈夫、でしたか?」


「大丈夫デス。説明できないけど、楽しめました」


 カズサに笑ってメネウが告げる。カノンは嬉しそうにラルフの頭の上に飛び乗って尻尾を振っている。


 カズサもそれを見て、悪いものでは無いと判断したので帰ろうと踵を返した。


 瞬間、カノンが狼の遠吠えのように鳴いた。


 カズサがビクッとする。メネウにはわかった。


 カノンがショートカットを上書きしたのだ。


「すみません、今回だけなので……」


「そうしてください。あんまり近くに出しすぎるとスタンピードの時など対応出来ませんから……」


 そうして一行は10歩ほどでギルドに戻り(カズサはすぐ通路に戻ってショートカットをかけ直していた)カウンターで攻略報告をした。


 セティはメネウに任せたよ、と言ってさっさと出て行ってしまった。


 何故だろう、と思ったのだが、そういえば最下層まで行ったとなると本に記録されるのだ。


 つまりは、思いっきり拘束される事になる。


「先に宿屋に戻っているぞ」


「あ、メネウさん、ドリアードの花とトレントの枝と調合道具をください!」


 薄情な仲間たちに見事に面倒ごとを押し付けられ、あれよあれよとギルド長室に通されたメネウは、不自由な言葉と各フロアボスの肉、そしてドラゴンの財宝の一部を使いながら、夜遅くまでダンジョン攻略について語る事となった。


 スタンだけが、慰めるように肩に止まっていてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る