第57話 ダイジェストにてお送りします
迷宮カノンの中では昼夜が無い。ので、体感時間で睡眠や食事を摂る。最低限文化的な生活のおかげでメネウは実に規則正しい体内時計ができあがっていた。
次の日、キャンプを畳むとメネウが各々の目にサーチをかけて出発となった。
進む方向が分かっているので、セティの索敵と合わせて30分も進めばフロアボスの所に辿り着いた。
そこにいたのはコカトリスだ。尻尾が大蛇になっている巨大な鶏が待ち構えている。
物陰からコカトリスの様子を伺いながらトットが呟いた。
「あれは明確に鶏肉と蛇肉ですね」
「蛇もねぇ、なかなか淡白で美味しいんだよね」
「俺食べた事ないかも。大きいと大味とも言うけどどうなんだろうね」
「またアレを食べる気なのか……」
メネウは昨日使わなかった残りの『何かの肉』の手の部分をコカトリスに向かって放り投げた。絶対に食べないという不可侵条約が結ばれた箇所だ。
コカトリスは喜んで啄ばんでいるので、食べ終わりを待ってメネウは昨日と同じような捕縛魔法を発動させた。
暴れようとするが、喧しい鳴き声をあげる以外は動けないでいる。
「トット、鎖が邪魔じゃなければ君がやってみるかい?」
「僕にできるんでしょうか……」
「安心しろ。俺が後ろに控えている」
どうせ解体するならトットの経験値になってもらった方がいい。
「わかりました! やってみます」
コカトリスの眼前に立つと、トットはナイフを構える。
いつまでも足手纏いではいられない、と思っているのだろうか。集中が深くなり、コカトリスを素材として捌くと決めた瞬間足が地面を弾いた。
それは一瞬のうちに済まされ、喧しい鳴き声もナイフの一閃と共に掻き消えた。後には綺麗に分別された素材の山があるだけだ。
落ちた結晶はセティがさっさと拾っている。うっとりしている彼女の横を通り抜け、メネウとラルフがトットに近付いた。
「よかった〜〜、トットやったね!」
「はい!」
トットに駆け寄ったメネウはハイタッチをすると、ラルフと入れ替わりに素材回収に向かった。
アイテムの収納は自分の仕事と決めているからか、どうにもメネウは雑用が多かった。苦にはならないが、そこまで目立つ活躍もしていないので『楽をさせてもらっている』という気持ちが強い。
周りからそういった目で見られることも無いし、ふざけたことをすれば怒られるが、サボっているとは言われない。
(誰かのサポートってあんまりしたこと無かったけど、悪くないな)
とはいえ自分が最下層に行きたいというわがままを言い、それに付き合ってもらっているのだ。このままサポート一辺倒では良くない気もする。
どうした物かと頭を悩ませながら次の階層も、その次の階層も難なく超える。代わり映えが無いのだ。
フロアボスもコカトリスの次はキメラ、キメラの次はバジリスク、そして今目の前にいるのは鎧を纏った巨大なケンタウロスだ。
「あれは食べられませんね……」
「もう肉はいっぱいあるからね?」
どこまでも食材目線で敵を見るトットにメネウが真顔でつっこむ。
牛肉、鶏肉、蛇肉(コカトリス、キメラ、バジリスク)、獅子肉、山羊肉、らしきもの。らしきものだ。
どこまで食べていいのか計り知れない何かの肉がメネウのポーチにはいっぱいに入っている。
メネウはここまで、主に捕縛とアイテム回収しかしていない。
「よし、ここは俺がやる」
「いってらっしゃい!」
「解体は僕がしますね」
「終わったら呼べ」
誰一人として止める者も手伝う者もおらず、少々寂しい気持ちを抱きながらもメネウは颯爽とケンタウロスの前に立った。
「ちょっと運動不足だったしなぁ」
敵を目の前にして杖でいこうか剣でいこうかメネウは悩み始めた。
自分のレベルがアテにならない事はもはやセティには自明の理である。今さら隠すことも無いのではないか? と、思えど、魔法だけならまだいいとして、剣の腕を知られてここで逃げ帰られたら変な噂が立ってしまうかもしれない。それは困る。
自分の目の前で云々唸る人間を、ケンタウロスは強い目で睨んで剣を掲げた。そのまま一刀のうちに両断しようと振り下げるも、メネウは膂力で飛び上がるとケンタウロスの兜の上に危なげなく乗ってしゃがんだ。
「よし。今さら気にしても仕方ない、剣でいこう」
ようやく決めたメネウが仕込杖を抜いて兜の上から脳髄を貫く方が、邪魔な小虫を払おうと手を上げたケンタウロスの動きよりずっと早かった。
一撃で命を奪われたケンタウロスが倒れ込むのと同時に床に降りる。
「終わったよー」
能天気に声を掛けると、見学していた3人が出てきた。
「剣の腕までたつとか、気持ち悪いね」
セティの第一声に大いに傷付く。顔が心底気持ち悪いと語っていたのがまた効いた。逃げる素振りがないだけマシなのかもしれない。
ぎゅっと胸を抑えるにとどめた。
「思ったんですが、ケンタウロスってそもそも食べませんし……解体しなくてもいいですよね?」
トットが死体を見ながら真剣に尋ねてくる。世が世ならトットは美食ハンターでも良かったのかもしれない。
「死体を嬲るのはよくないな。焼いてしまったらどうだ?」
原形をとどめない程度のダメージを与えなければなかなか結晶にならない。かといって肉や素材が欲しいわけでもないのに切り刻むのは趣味がよろしくない。
という事で、ラルフの案を採用して鎧ごと魔法で火を付けた。
魔物の装備はどれも人には大きすぎて、余程珍しい素材か装飾品でも無ければ特に欲しいものでも無いらしい。セティが何も言わないのでそのまま燃やしてしまった。
燃えかすの中に落ちてきた結晶をセティが拾うと、粛々と階段を降りた。
次もまた似たような階層で、残り5階層だよなぁと指折り数えながら、罠を避けてフロアボスの方へ向かう。
階段前にいたワイバーンを見て「リザードが美味しいんだからきっと美味しいですよ!」と興奮するトットのリクエストにお答えし、捕縛魔法で捉えたワイバーンをセティとラルフが捌いた。
火球を吐いてくるのが厄介だったので、火を口に溜めたところで細長い口を鎖でぐるぐる巻きにすると、口の中で炎が弾けて大分教育上よろしくない見た目になってしまった。トットは気にしていなかったが。
そんなこんなで迷宮カノンの7階層まで降りてきた所で野営することに決まった。
今日の議題は、コカトリスとキメラの接合部分は何肉か、だったのだが、結果は出ることが無く、無事な(?)部分を焼いて食べた。
知っている鶏肉より味が濃かったが、昨日よりは会話が弾んだ。
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