第56話 部位ごとに違う説を推したい

「なぁちょっとやってみたい事が」

「却下だ」

 湿った暗い階段をカンテラの明かりを頼りに進む道中、メネウが切り出したが即座にラルフに却下された。

「なんでだよー、楽したいじゃんよー」

 子供のように頰を膨らませたメネウにラルフの冷たい視線が飛ぶ。間に挟まれたトットは苦笑いするしかない。

 先頭を進むセティが背後のメネウを振り返った。

「何がしたかったんだい?」

「カズサさんがやってたショートカット。できるかなって」

「アンタの空間系はアイテムボックスじゃないのかい?」

 セティが驚いて足を止める。

 メネウはうんと頷いて笑ってみせた。

「空間操作って大雑把なスキルなんだよ。アイテムの出し入れにしか使ってなかったけど、さっき見せてもらったからできるかなって」

「はぁ?!」

 セティが目を丸くしている眼前で、ラルフが冷静に嗜める。

「やめとけ。せめて帰りにしろ。ダンジョンの構造もわからんだろうが」

 出来ない、とは言わないが、うっかり道ならぬ道に出されてはとんでもない事になる。

「あーそっか。出る場所がイメージできないもんな……」

「くくく空間操作、って、アンタ、アンタ、レベル10だろう?!魔法は強いだろうと思ったし肩の鳥もとんでもないとは思ってたけど……」

 スタンが誇らしげに胸を張る。膨らんだ胸元をメネウが指先で撫でた。

「メネウさんのレベルってあてになりませんよね」

「信用できるのは名前と生年月日くらいだな」

 トットがラルフを見上げて確認するとラルフも頷く。

「召喚術師って所も信用してよ」

 見当違いなツッコミを入れるも、誰も聞いていない。

 ラルフとトットがメネウの非常識さを語りながら、一行はまた階段を降り始めた。セティは驚きっぱなしである。

 トットにとってはこんな人もいるんだな、という尊敬を多分に含んだ話だったが、ラルフにとっては嫌味を含んだ話だ。

 日常的に行われる非常識な行動の火消しはラルフの役目だからだろう。思った以上に苦労しているらしい。愚痴が止まらない。

「あ、ねぇついたんじゃない?」

 何とか話を切れさせたいメネウであったが話すのが得意でない上に間違った内容は何も言われていないため、物理的に会話を切ることが出来るタイミングは見逃さなかった。

 階段が途切れ、仰々しい両開きの大扉が目の前に現れると、自動的に扉脇の燭台に火が灯る。

「くぅあ〜〜!ダンジョン本番、って感じするな!」

「ふぅん……元々あの城が今のギルドの役目を担っていたんだろうね。ここから8階層が本物のダンジョンってことかね」

 セティが扉を調べながら告げる。

 重たい金属扉に大粒の宝玉が嵌っている。幾何学的な模様が彫り込まれている事から、何らかの魔法が働いているのかもしれない。

「開けるぞ」

「よし来た!」

「が、頑張ります!」

「おっ宝、おっ宝」

 ラルフが扉に手を掛けると、メネウも反対側の扉に手をかけた。2人の後ろでトットとセティがそれぞれ気合いを入れている。セティも気合いを入れているはずだ。たぶん。

 彼らの前で厳かに扉は開かれた。

「ダンジョン、って感じだな」

 石畳の敷かれた床に、所々に小部屋がある。

 屋内に作った街といったところだろうか……魔物以外が住むことはない街だが。

「ここから先は戦闘は避けられないだろうね。上は明らかに後からドリアードたちが棲みついていた。燃やされたら復活できないんだろうが、ここはスポーナーがあると思っていい」

 セティにとってはようやく勝手知ったるダンジョンである。ダンジョン初心者のメネウたちにしっかり警告した。

 スポーナーというのは結晶の超巨大版のことだ。そこから止め処なく魔物が溢れてくる。

「しかしまぁ、古いダンジョンだね。罠があるから迂闊に動き回っちゃいけないよ」

 索敵では罠は発見できないらしい。

「それならサーチを使おう」

「サーチって……いちいち掛けて回るの面倒じゃないかい?」

 効果範囲は通常、サーチ使用者から5メートル程である。

 ラルフは『あれか……』と頭を抑えたが、今度は宣言してからなので特に文句は言わない。

「こうすれば大丈夫」

 メネウが一歩進んで3人を振り返ると、8つの黒い魔法陣が全員の目の前に浮かび目の中に吸い込まれていった。

 セティが目をチカチカさせている。

 右を向いても左を向いても罠がある所は頭の中に警告が浮かぶ。間違っても罠に掛かりようがない。

 サーチは正常に働いているが、自分が使ったわけでもない魔法が働いているというのは多少なりと気持ちが悪い。

「罠がある所まで調べてたら日が暮れちゃうでしょ?これなら安全だ」

「メネウさんの魔法の使い方って斬新ですね!いつか解析したいです!」

 トットは純粋に喜んでいる上に、メネウもいいよいいよと笑っている。が、これはとんでもない技術である。

 セティ風に言うならば、金の匂いがぷんぷんするのだ。

「……アンタ、苦労するね」

「金儲けに使うというなら楽なんだが、本人は至って純粋に冒険したがっているからな」

 黙っておいてくれ、とラルフは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 セティはからからと笑った。

「言っても誰も信じないさ。メネウにしかできないんだからね」

「そうだな。……トットならいずれ解析するかもしれん」

 ラルフの言葉に、セティは目の前ではしゃいでいる小さい方の子供に視線を投げた。大きい方はメネウである。

「あの子供かい?随分買ってるんだね」

「……これは賄賂として渡しておこう。その子供が作ったものだ」

 そうしてラルフが自分のポーチから上級回復薬を一本渡す。

 物の価値を知らない人間ではないセティは、一目で質の良さを理解したらしい。

 もう一度ラルフを見上げて心から同情する顔になった。

 視線を振り切ってラルフが一歩進み出る。

「……お子様が待ち切れないようだ」

 何も言うな、ということである。もっとも、ニュアンスとしては『何も言ってくれるな』という意味なのだが。

 セティはこれ一本で暫く生活に困らない薬を仕舞うと、ラルフと共にメネウたちに近付いた。

「とりあえず進めるところまで行って疲れたらキャンプしよう」

「そんな適当でいいのかい……」

「階段探さなきゃいけないんですよね。僕頑張りますね!」

「魔物が出るらしいから余り俺から離れるなよ」

 4人はセティを先頭にメネウ、トット、ラルフと隊列を組んで進んだ。

 途中、メネウが態と床のスイッチを押そうとしてみたり、それをラルフが止めたり、セティが索敵してるにもかかわらずミミックの宝箱にちょっかいをかけたり、それをラルフが止めたりしながら二つほど階段を見つけた。

 どちらも入り口に戻される罠だと警告が出たので足を踏み入れなかったが、このダンジョンは中々複雑に迷宮化しているようだ。

 襲ってきた魔物はレベル帯で言えば40程で、苦戦する事なく撃退していたのだが、正解の階段を探すのは難しい。

「メネウが居なかったら余計苦労していただろうね」

 水を飲むのに立ち止まって休憩していると、セティが首を鳴らした。索敵を使い続けるのは疲れるらしい。

「うーん、でもあと少しだと思うんだよね」

「根拠は?」

「勘……なんだろう、強いのが居るなぁと思ってあんまり近付かないような道を選んでたんだけど、もうそこしか残ってない」

 メネウがスタンに水を飲ませながら白状すると、セティが血相を変えた。

「アンタそれフロアボスだろう?!」

「え、そうなの?そっちが正解?」

「フロアにはボスが居るってアタイ言ったよね?!」

「あ、そうか。セティに最初から相談すればよかったね」

 ごめん、とメネウはヘラヘラと笑っている。

 セティの索敵は便利なもので、敵が近付けば数と方向が分かるスキルだ。

 一方メネウが、強いのがいる、と思うのは索敵ではない。それこそ本当に勘であり、第六感というべき本能的な能力だ。

「もうアンタをダンジョンに縛り付けておいた方がいい気がしてきたよ」

 罠には掛からない上に次の階段も直ぐに探せて腕も立つ。極上の道案内だ。

 セティが疲れ切った顔でメネウを睨むがメネウは気にしない。

 ラルフがセティの肩に手を置く。無駄だ、と。

「とりあえず下に降りようかい。疲れたからそこで休もう」

 主に精神的にである。セティの提案にメネウとトットも賛成した。

「という事はフロアボスと戦うんだな」

 ラルフの呟きははしゃぐお子様2名の声にかき消された。

 メネウの案内で真っ直ぐフロアボスのいる階段前にたどり着くと、そこにあったのはミノタウルスの石像だった。

 小部屋の壁に隠れて様子を見る。

 大斧を構えた姿は生きているような精悍さだ。地面にどっしりと構えた脚は太く、鍛え上げられた筋肉まで細かく作り込まれている。

「アレだと思うんだけど……石像だよね」

「そうですね……どう見ても石像ですね」

 しかし、サーチの結果ではミノタウルスと出る。

「ここで見ていても仕方あるまい。行くぞ」

「そうさね、どうせ階段はあの後ろさ」

 ラルフの提案にセティが乗る。前衛2人がやる気なので、メネウとトットも後に続いた。

 メネウは杖で床をトン、と一度叩く。

「……備えあれば憂いなしってこっちでも言うのかな」

 疑問を呟くとすぐに合流した。

 ミノタウルスの横を抜けようとした時、石像が小さく震えた。

 その震えで表面の石灰が剥がれて行く。荒々しい毛皮の怪物が赤い目を光らせて咆哮をあげると、完全に石灰が剥がれ落ちた。

「やっぱり罠かい!」

「トット、離れていろ!」

 前衛2人が慌てて距離を取る。

 トットはラルフに言われるまま距離をとった。

 そのミノタウルスの足元に黒い魔法陣が展開し、鎖が雄々しい身体の動きを封じる。

「ほらほら!今のうちにやっちゃって!」

 セティとラルフが一瞬呆然としたのにメネウが檄を飛ばす。

「……こういうのは先に言えと最初から言っているだろうが!」

「全く同感だね!」

「本当に石像だった時恥ずかしいじゃん!」

 ラルフとセティが動きを封じられたミノタウルスに斬りかかる。セティの素早い剣がミノタウルスの脚を的確に削り、ラルフが武器を持つ腕を断ち、そのままミノタウルスを駆け上がって脳天に剣を突き刺した。

 ミノタウルスは抵抗出来ずに敢え無く床に沈んだ。

 巨体が倒れると離れていたトットまで震動が伝わる。恐る恐るトットも近寄ってきた。

「お疲れ様〜!2人とも強くて助かるよ!」

 メネウの言葉に嫌味はない。本心から頼って褒めている。

 魔物……特にダンジョンにいる魔物は魔力が高い。カズサがスキルに関して言っていたように、魔法も魔力が高い方が優先される。

 ダンジョン内のミノタウルスの抵抗が効かない程の魔法を掛けて動きを封じておいて、メネウは「2人の補助をした」としか考えていない。

 素直に喜べないラルフだったが、セティは考えるのをやめたらしい。楽ができればそれでいい、という考えなのだろう。素直に賞賛を浴びている。

 ラルフもさっさと頭を切り替え、まだ結晶になっていないミノタウルスを一瞥してトットに声をかけた。

「トット、解体の練習をするか?」

「いいんですか?」

「道中は練習できなかったろう。実際の魔物でやっておくのも大事だ」

 ラルフとトットのやり取りに、セティがメネウにこっそりと尋ねる。

「解体ってなんだい?」

「トットの特技だよ」

 ひそひそとメネウが答えると、見てて、とトットの方を指差した。

 トットはローブからナイフを抜くと、ミノタウルスの前でナイフを片手で構える。

 一歩踏み出した、と同時にその姿が消えたように見え、そして倒れたミノタウルスの足の方に現れた。

 トットが通り過ぎた後、ミノタウルスの巨体がばらけた。

 角、骨、内臓、肉、毛皮、蹄、と綺麗に分別され、ゴト、と巨大な結晶が落ちる。

 トットは素早さがそこまで高いわけでは無いのだが、トンカチ工房でも見せた通り、素材となれば瞬時に解体してしまう。

 本人はナイフとナイフの扱い方を得て始めて魔物を解体したことに興奮していた。

「ラルフさんに教わった通りできました!」

「俺はミノタウルスの解体なんぞ教えてないんだがな……よくやった」

 ラルフはトットの頭を撫でてやる。本来は褒めて伸ばすタイプなのだ。本来は。

 メネウはせっせと素材を回収している。

 結晶はセティに譲った。道中の魔物の結晶も、メネウたちにはそこまで欲しいものでは無いのでセティに譲っている。

 自然に素材はメネウたちが、結晶はセティが受け取る構図になっていた。

「はぁ〜〜、ミノタウルスの結晶なんて幾らで売れるだろうねぇ〜〜……」

 うっとりと巨大な結晶を眺めていたセティだったが、素材回収が終わると頭を切り替えて3人と共に階段に脚を踏み入れた。

 ここの階段は短く、5分ほどで次のフロアにたどり着く。5分間階段を降りた分、天井は高い。

 扉は無く、似たような石畳と小部屋の景色に出た。

 まだ2階層潜っただけ、と言うべきなのか、もう2階層潜ったと言うべきか。

 セティは大分疲れていたが、索敵を行う。近くには特に何も居ない。

「そこの小部屋でいいんじゃないかい?」

「じゃあそこでキャンプにしよう。明日はもっと降りれるかなぁ」

 セティの提案にメネウがのる。ポーチから退魔薬を取り出した。

 ラルフが少し考えてメネウに尋ねる。

「フロアボスの方は分かるのか?」

「うん、あっち」

「なら明日はまっすぐ進めばいい」

 呆気なく指をフロアの対角に示したので、ラルフは頷いた。

 トットはその間黙っていたが、会話が途切れたのを見計らって口を開いた。

「ところで……ミノタウルスの肉は牛なのでしょうか。人なのでしょうか」

 解体はしてみたものの、肉を使う調合はした事がない。内臓はまだ薬の材料になるが、肉は食材である。

 そしてトットは肉食だ。

「トット……?まさか……食べるの……?」

「牛なら食べたいんですが、人なら食べたくないです」

 メネウが生唾を飲み込んで尋ねると、真剣な表情でトットは返した。

「そもそも食べようと思った事が無かったな……」

「アタイもさ……どっちなんだろうね?」

「脚とかは牛だよね……」

 4人はキャンプ設営の間、真剣な顔で話し合った。この道中で一番真剣に議論した。

 しかし、結論は出る事がなく……その日の夕飯には『何かの肉』のシチューが出た。リザードの肉では無い。もっと野趣溢れる風味と噛みごたえのある肉だったという。

 美味しかった。美味しかったのだが、翌日以降、誰も同じ議論を投げかける勇気は持ち合わせていなかった。

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