第55話 蠱毒のお客さん
廃墟となった街に踏み込むと、民家よりも道具屋や武器防具屋、宿屋などが割合を多く占めていた。
「ここは元は迷宮都市だったんだろうね。粗方使えそうなもんは持っていかれた後だろうし、真っ直ぐ城を目指してもいいだろうよ」
セティが一つの店の中を入り口から観察して告げる。木造の扉は乾いて縮んでおり、触れたら勝手に倒れてしまった。
木が其処彼処、道も家も関係なく生えている中を、その根を避けて進む。
トットも採集できるものはないかと辺りを見渡したが、殆ど木に吸収されているのか雑草一つ生えておらず、肩を落とした。
城までの道程を中ほどまで進んだ頃に、セティが木を見上げて呟いた。
「上の階への道は塞がれている……地上にはコボルトやラージウルフ辺りがいるんだろうが、ここは一味違うね」
「どういうこと?」
「気付かないかい? この階層、周りはみんなトレントさ!」
楽しげにセティが答えたのを切っ掛けに、メネウ、トット、ラルフが振り返ると今歩いてきた道が無い。
道が塞がれている。それどころか、道を塞いでいる木々が地面を這ってゆっくりと向かってきている。
がら、と廃墟の壁が崩れた。
「さ、最初から分かってたんなら教えてよセティ!」
ぎょっとしたメネウが言うと、セティはからからと笑った。焦っている様子はない。
「ここまで繁殖してたら他の魔物はいないさね。襲ってくる様子もなし。後は階段があるだろう城まで行けばいいんだし、邪魔してくるのだけ倒せばいいさ」
たしかに、トレントの進行速度は植物の巨体を動かすのに苦労しているのか、メネウたちの歩行速度よりも遅い。左右で繁殖しているトレントたちも直接危害を加えるつもりは無いようだ。おとなしい。
「……トレントの木材は良い材料なんですよね」
面倒ごとの臭いしかしない呟きだ。
トットが不意に呟くと、しんがりを務めるラルフが嫌な顔をした。嫌な顔をするも、止めることはしない。
「数が数だ。機会を待て」
「はい」
階層を埋め尽くさんばかりのトレントにケンカを売るほどトットは愚かでは無い。
先頭をセティが、次にメネウ、トットと続き、最後尾をラルフが歩く。
トレントと言われてから後ろを警戒して歩いていたのだが、退路を塞ぐばかりで襲ってきはしない。
(魔物が人間を襲うのは闘争本能もあるが、魔力を蓄えた人間から元素を効率良く得るためだ。トレントは動きが緩慢な分……襲う相手を分別しているのか)
例えば、メネウに襲い掛かったとする。そうすれば彼はきっと躊躇いもなくこの階層を燃やし尽くすだろう。
分かっているから手は出さない。むしろ、正しい道に導くかのようにトレントは動いている。
(…………魔物にまで厄介払いされる冒険者というのもどうなんだ)
ラルフは目の前を歩く黒いローブの背中を見て苦笑いを零した。
良いか悪いかはさておき、ダンジョンは外よりもっと密な弱肉強食の世界が出来上がっている。
だからこそ通常より高い能力・知力を持った魔物が生まれ、生態系を作っている。蠱毒に近い循環によって、一年経てば攻略難度もぐんと上がるだろう。
周辺のトレントの気配を探ってみれば、ラルフも三体に囲まれたら自分で手一杯になるだろう。
地表の根の動きは愚鈍だが、枝葉を使った攻撃や地中に張り巡らせた根の動きは敏捷だ。
それをお構い無しにメネウは壊すだろう、とラルフは皮肉に笑ったのだ。メネウの前では数も力も大した意味を持たない。それに自身は気付いていないだろうなと思った。
しかし、トットが余所見をしている隙にメネウはラルフを振り返り、そっとたてた人差し指を口に当ててみせた。
全滅させるのは容易いけれどそれは内緒だよ、と言わんばかりの挙動である。
虚を突かれてラルフは目を丸くする。思えばダンジョンについてメネウはある程度調べていた。それは、ラルフが思うよりも数多の知識をメネウが蓄えていたと考えて良い。
周りにいるのがトレントだと気付きはしなくとも、蠱毒に近い要領でダンジョンの中が常に強者によって循環していることは理解しているのだろう。
そしてメネウはダンジョンにとっては『お客さん』である。荒らすつもりは毛頭無いのだ。
ラルフが表情を改めた時にはセティと軽口の応酬をするのに戻っている。
(厄介な男についてきてしまった……)
しかし、ワクワクもする。何をしでかすのかを近くで眺めることができる。
そんな事を考えながらセティの方向感覚に従って歩くうちに城門までたどり着いた。
近くで見ると高い塀に囲まれていて、城の周りには堀があり、跳ね橋が架かっている。
ダンジョン周辺にできる迷宮都市は栄える。この国がこの国になる前にできた街かもしれない。一瞬の栄華を極めて、今はダンジョンの中に取り込まれたのだろう。
空気中の元素濃度が高く風化が遅いのだとすれば、堂々とした白亜の風態も得心がいく。
「城の中に下への階段があるようだね」
「入った時から思ってたけど、セティは何でそんな自信満々なのさ? まるで分かってるみたいだ」
「アタイはずっと【索敵】し続けていた。だから入ってからコイツにはずっと気付いていたのさ、トレントが襲ってこなかったのは意味がわからなかったけどね」
跳ね橋の向こう、城の前庭に、地中から蔦が繭のように絡まり生えてくる。
燐光を放った繭が解けると、中からは半分植物の女性が現れた。肌は薄緑色がかり、髪が地面まで伸びて地中に繋がっている。
「フロアボス、ってヤツさね。……ドリアードだ、覚悟しな。ここは戦わなきゃ通れないよ」
セティが腰の短剣を両手に構えて舌舐めずりした。
ドリアードはどこか昆虫めいた表情の読み難い顔をしている。メネウがイメージする妖精に近い風貌だが、彼女はメネウが杖を構えると困ったように眉間に皺を寄せ、道を開けた。
というよりも、根を切り離して地面に足を下ろし、背中を見せて城の中に入った。見える位置で一行を振り返っている。
「……んなバカな! アタイは結構ダンジョンにも潜ったけど、戦わないなんてヤツには会ったこと無いよ?!」
セティが頭を抱えて地団駄を踏んでいる。
「これ……メネウさんのせいですか?」
「大方そういったところだ」
トットがラルフにこっそり訊ね、ラルフは苦々しく答える。居るだけで規格外というのはどうかと思う。
メネウは構えた杖を持ち直し、ついてこい、と言わんばかりのドリアードに向かって足を踏み出した。
「俺は最下層に行けたらなんでもいいんだけど……あ、トレントの枝が欲しいんだっけ」
トットを見て思い出すと、待って待ってとドリアードを呼び止めて何かを交渉している。
跳ね橋の中程で固まっているセティの肩を叩いて、ラルフがすまなそうに告げる。
「悪いな。経験値は入らないと思うが、楽はできると思うぞ」
「アンタら、一年くらいダンジョンの護衛でもやったら一生遊んで暮らせるくらいは稼げるだろうね」
この元迷宮都市の調査だけでも、何冊ものレポートが書き上がることだろう。
魔物が襲ってこないどころか道を譲り、フロアボスが先を案内しようとする。瞬く間に彼らは有名になり、ダンジョンは研究者で溢れることになるだろう。
トットがメネウの近くに行くと、ドリアードから花や枝を分け与えられている。
それを後ろから見ているセティとラルフだが、ラルフは胡乱な目をセティに向けた。
「……そんな気が無いことくらいは分かっているだろう」
「まぁね、アタイも命は惜しい。これは黙っておこう」
悪戯ぽくラルフに視線を返したセティに、ラルフは嘆息し、短く『感謝する』と呟いた。
「アンタも大変だね色男。アレの面倒を見るのは神経すり減るだろう」
胸の前で腕を組み、ドリアードと戯れるメネウを見定めるように眺めたセティが言うと、ラルフは戯けて肩を竦めた。
「あれでなかなか、楽しませてくれているさ」
「趣味がおかしい」
「何事も慣れだ」
この辺で軽口を切り上げて遅れた二人も城の中に入る。吹き抜けになったエントランスから見上げるだけでも内部は寂れているのが見て取れた。城内の無駄な探索はしなくても良いだろう。
トットはドリアードが溢れるほど差し出してきた材料に埋もれているのを、メネウが慌てて掘り出す。
「大丈夫? トット」
「は、はひ。というか、こんなに貰っていいんでしょうか?」
「枯れたトレントをドリアードは養分にしているんだって。まだ新しいのを分けてくれたみたいだよ。花は薬草になるの?」
とうとう魔物と話せるようになったのか、とラルフは目を眇め、セティは金の匂いに口笛を吹いた。
「はい! ドリアードの花はとても珍しい材料で、水分を抜いて保存されたものがたまに出回るだけなんです。こんなに生花を貰えたら沢山薬が作れます!」
「何の薬?」
「大体の状態異常を治してくれるんですよ。万能薬、なんて呼ばれてますけど瀕死の人に使っても意味は無いですし、重い病気や石化は治せません。でもとっても便利なんです」
麻痺や毒、火傷や凍傷、軽い擦過傷などの外傷などは治すらしい。
石化は肉体の構造を作り変えて石にしてしまうが、他の状態異常は肉体に対する外部からの反応によるものだ。それを正常な状態に戻すとなれば、ある程度万能薬と呼ばれて然るべきだろう。
メネウはポーチの中に貰った分をせっせとしまう。
「戻ったらセティにも分けるね」
「本当かい?」
「お時間があれば薬に加工してお渡ししますけど」
「いや、そこまでは悪いよ。材料だけでも高く売れそうだ、俄然やる気も出るってもんさ!」
メネウとトットの問い掛けに剛毅に答えたセティが、先にいこうと急かす。
ドリアードに着いて歩くと、そのまま大広間を抜け謁見の間に入った。
玉座があるべき場所がぽっかりと空いて階段が出来ている。
「ここでいいの?」
メネウの問い掛けにドリアードはこくこくと頷いた。
「色々とありがとう。またね」
屈託無くメネウが笑い、カンテラに灯をともして暗い階段を降りる。
トット、セティと続いて、ラルフが最後に階段の前に立った。
「……なるべく穏便に通るつもりのようだから、帰りもよろしく頼む」
魔物に声を掛ける、というのはラルフも初めてしたことだ。
ドリアードはそれを理解すると、街中の娘のようにクスクスと笑って頷いた。
『ご無事にお戻りください』
ラルフの背中にそんな声が聞こえた気がしたが、もう彼女の姿は無い。
遠くなった三つのカンテラの明かりに向かって、ラルフも歩を進めた。
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