第58話 ドラゴンの巣

「そういえばさ、ここのフロアボス? なのかな。が、物凄く強いんだけどどうしよう」


 と、メネウが言い出したのは野営の片付けの最中だった。天幕を畳みながらの、実にのほほんとした調子である。


「それは……どの程度なんだ?」


「うーん……勘だけど、昨日のワイバーンが100体いるより厄介かも」


「それを先に言え!」


 間違っても、今日はいい天気だね、と同じノリでする話ではない。


 ラルフに怒られて小さくなったメネウをトットが慰める。出発前に言っただけえらいじゃん、と呟くとラルフに睨まれた。


 そんな強い魔物がいるフロアで寝起きしているとは思わなかったのだ。


 安心しきっていた自分も悪い、とラルフは頭をかくと表情を改めた。


「で、方角は?」


「あっち」


 メネウが指差した方向に向けてセティは索敵の範囲を広げてみるも、特に何も感じられない。


「たぶん、索敵じゃまだ届かない。なんせフロアをぶち抜いているみたいで……」


「何だって?!」


「斜め下なんだよ、気配が。そのせいでここの正しい階段の位置が分からない」


 どうする? とメネウは3人に尋ねた。


 戻ると言うなら止めようがない。危険なのはメネウがひしひしと感じているので、上のドリアードの所で待ってもらうのもいいかもしれない。


 メネウ自身は諦める気が全くないので、一人なら一人で進む気だった。


 やりようは幾らでもあるだろうし、気配を辿ってみても敵わないとは思わない。


「どうするもこうするも……最下層に行くんだろう?」


「アタイが知る限りこのダンジョンにそんな仕組みはなかったはずさ。お宝の匂いがするねぇ」


「死なないように気をつけます!」


 ラルフは何を言ってるんだ? と言わんばかりの呆れ顔で、セティは舌舐めずりをしながら、トットは両手を拳に握って一緒に行くという。


 メネウは一人でも行くつもりだった。なのに、一人で行かなくて良いと彼らは言う。当たり前のように一緒に行くと。


(戦力的には俺一人で問題ない、問題ないけど……)


 誰かがいてくれる、というのはなんと安心することなのだろう。


 思わず口元がにやけた。むずむずする。


「じゃあ行こう!」


 にやけた顔を隠すように先頭になって進む。


 メネウの後ろについたセティが索敵を行うが、なんの気配も感じられない。


「……いよいよ不気味だね」


 スポーナーがある事は分かっている。なのに、このフロアには何の気配もない。


「縄張り、でしょうか」


「その可能性が高いな。未だに俺には気配は感じ取れないが……」


 メネウはある程度進むと、ピタリと足を止めた。


 静かに、と口元に指を当てて後ろを振り返り、前方をそっと指差す。


 まだ遠い壁面に穴が空いている。まっすぐその穴から下の床が壊れているのが、遠くからでも見て取れる。大穴と言って良いだろう。


「やだねぇ、ダンジョンってのは壊れないってのが常識だってのに」


 セティが身震いして引きつった笑みを浮かべる。


 ダンジョンは高い元素濃度に寄って凝固した建造物である。壊れる事は無く、だからこそ中で建物も魔物も育つ。


 より力の強い種が尊ばれ、フロアボスも倒されたらその分だけ強くなって生まれ変わる。


 ダンジョンは箱となって魔物を守り、魔物は強さゆえにダンジョンを守る構造が生まれる。


 しかし、こんな大穴が開いてしまっては、ダンジョンは役割を果たせなくなる。


 しかし、ここまでの道中はちゃんとダンジョンとして機能していた。


 穴が空いても問題ない程の元素濃度を、穴を開けた魔物は保っていられるらしい。


 なるべく気配を殺して(トットはラルフが抱えて)穴に近付き下を見下ろすと、思わず声が出そうになった。主にセティが。


 覗いた先には溢れんばかりの金銀財宝が積まれている。大粒の宝石が嵌った装飾品から硬貨まで様々だが、目に眩しいことには違いない。


 一度覗き見した四つ這いのまま少し下がると、セティは涎をぬぐいながら教えてくれた。


「間違いないね、あれはドラゴンの巣さね」


「ドラゴンって、何で断言できるのさ?」


 メネウが首を傾げるとセティは教えてくれた。


 ドラゴンは金属や宝石を集める習性がある事。元素の塊のような存在で、迷宮に穴を開けたのに迷宮が機能している理由としても説明がつく事。


 それらのことから、下の階層はドラゴンの巣になっていると考えられるとのことだった。


「どうしよう、ドラゴンって喋るかな?」


 話せるなら通してもらいたいところである。


「知能は恐ろしく高いんだけどね、人間を下等と見下してるから、変わり者以外は言葉を覚える気は無いんだよ。ドラゴンっていうのは生き物よりは『現象』に近いからね。こりゃ最下層に行くのは骨が折れそうだ」


 セティが肩を竦める。


 メネウはしばらく腕を組んで考え、よし、と膝を打った。


「じゃあ俺が一人で行くから、声かけたら降りてきて」


「どこがどうなってそうなるんだい阿呆」


 セティが呆れてメネウを見るが、メネウは至って真剣である。じっとセティを見た。


「セティはドラゴンと戦って勝てる?」


「……無理さね」


「ラルフとトットも無理だと思うけど、俺は勝てる」


 何故なら、勝てる剣技も魔法も無いのなら勝てるものを創れば良いのだから。


 メネウの静かな視線にセティが気圧されそうになり、ラルフとトットへ視線をやるが、二人もそれを当たり前に受け止めている。


「……嘘は言ってないんだね」


 嘘でなければ誇大妄想の類だと思うのだが、数日の付き合いでもそこまで馬鹿ではないと分かってしまっている。


 セティはため息を吐いて頷いた。


「じゃあ行ってくるね。そんなに掛からないと思うから」


「メネウ」


 ラルフがメネウを呼び止めた。


「なに?」


「見学は可能か?」


 まじめに聞かれてメネウはきょとんとする。すぐに息を吐くように笑った。


「いいよ。危ないから上から見てて」


「了解した」


 メネウは気負わずに告げると下の財宝の山目掛けて飛び降りた。


 派手な音をたてて着地する。


 ラルフ、トットは真剣な面持ちで、セティは興味津々に下を覗き込んだ。


 メネウは財宝の山から無造作に降りる。


 腹這いになって覗いている3人に伝わるほどの震動がした。足音だと気付いたのは、それが規則正しく伝わってきたからだ。


「よぉ、君がドラゴン?」


 メネウが笑い半分に声を掛ける。


 パースから見て3階建てのビル程はあるだろうか。ギガントロールと同じような位置に巨大な頭があるが、四つ脚の竜は尾まで含めたらその三倍は大きいだろう。


 緑の岩のような肌に、所々苔生し、背には木を生やした緑の竜だ。翼は玉虫色に輝き、今はその性能を発揮せずに閉じられている。


 メネウの問い掛けにドラゴンは咆哮で返した。


「言葉で答えろよ。馬鹿っぽいぞ」


 挑発するような、ラルフたちに対するよりも乱暴な言葉でメネウはドラゴンに更に声を掛ける。


「喋れるだろう? ここには人間が何度も来たはずだし、ここのお宝も人間が作ったものだ。まさか、その上で喋れない無能では無いよな?」


 ドラゴンと半笑いのメネウの睨み合いが暫し続き、負けたのはドラゴンの方だった。


「何用だ」


「喋れるんじゃん。ここ通りたいんだけど、たぶん素直に通してはくれないだろう?」


「そうだな。通す理由が無い。住処を通路にされるのは不本意だ」


 ラルフのような話し方だな、とメネウは笑った。


「何がおかしい」


「友達に似てるから。さて、じゃあ、俺はお前を『服従』させる。無理やりか、自ら進んでかは選んでいい」


 杖を構えてメネウは告げる。


「服従させるのはやりたくなかったんだけど、生き物じゃなく現象だと聞いた。なら倒すのは面倒だ。こき使ったりはしない、素直に俺の仲間になってくれ」


「どこまで愚弄する気だ、人間風情が」


 ドラゴンの口から緑の胞子が噴き出る。


 それが床に溢れると、青々と草が茂っていた床が見る見るうちに枯れていく。


 それを挑戦と取って、メネウは笑って駆け出した。


「俺は召喚術師メネウ。俺が勝ったら仲間になってもらう」


 ドラゴンの懐に飛び込み、そのまま垂直に飛び上がるとドラゴンの背に乗った。


 ゴツゴツとした首に片手を掛けて簡単そうに立っているが、足場は不安定でドラゴンは暴れている。只人なら即座に床に叩きつけられて死んでいるのだろうが、メネウは呆気なく自分の体を運んでドラゴンの首の付け根に立っている。


 その場で杖を振って、緑の魔法陣をいくつも描いた。


 暴れるドラゴンの身体に幾重にも蔦が巻きつく。


 岩のような鱗肌を這って、口まで絡みついてしっかりと拘束してしまう。


「仲間になってくれる気になった?」


「……」


「そっか。じゃあ、壊したものは自分で修理してもらおうか」


 蔦が燐光を放つと、ドラゴンは驚愕に目を見開いた。


 メネウは自分の下に茶色の魔法陣を展開させると、ドラゴンから奪っている大量の魔力を変換して壁に開いた穴を土魔法で埋め始めた。


「この魔法、どっちも使い慣れて無いから余計に魔力使うな。仲間になりたくなったら言ってくれな?」


 大きく抵抗していたドラゴンが段々と大人しくなる頃、床に空いた穴から見上げる位置にあった壁の大穴が塞がっていた。


 余計に魔力を使うと言ってもメネウの魔力は消費していない。ドラゴンから吸い上げた魔力をそのまま変換して使っているに過ぎない。


「……まだやる?」


 口元の蔦を解いてやると、ドラゴンから疲れたような呆れたような目を向けられた。


「貴様、何をしたのか分かってるのか」


「えぇと、トンネル工事と壁面修理?」


「馬鹿者! 我が消えれば均衡が崩れるわ!」


「どういうこと?」


 すっかり暴れる気力も体力も根こそぎ吸い取られたドラゴンは、四つ脚を折って床に座った。


「良いか、我らドラゴンは現象だ。雨が降り風が吹くように当たり前に存在しなければならぬ存在だ。それが消えればどうなる? 風が吹かぬ世界はどうなると思うのだ」


「それは……すごく困るね?」


「やり過ぎだ! 10分の1も一気に持って行きよって、えぇい、まともに相手にするのも憎たらしい! ……仲間になってやる!」


「ありがとう!」


 メネウは当然ながら最後のところしか聞いていない。


 その時のドラゴンの顔とラルフの表情は酷似していたのだが、それを知るのはトットとセティのみだ。


 ドラゴンから降りたメネウが蔦を解くと、ドラゴンは首を上に向けて祝詞を唱えた。


 元素が光を浴びる。きらきらとした粒子が立ち込める。


「ここに召喚術師メネウを主人と定め、その喚び声に応えて世界の果てまで参じることを誓う。風の吹く限り我は千里を駆け、万里を飛ぶ。……我を縛る名を決めよ」


「えっ、俺ネーミングセンス無いんだけど?!」


 無茶振りに雰囲気ぶち壊しの返事をするメネウに、ドラゴンは静かに続けた。


「呼びやすい名で構わん」


「えぇ、ええと、えーと……あー……森……山……! ヴァルドゥング! ヴァルドゥングでどう?」


 ドラゴンはふと笑ったように見えた。気に入ったのだろうか。前世の厨二知識が役に立った。


「我が名はこれよりヴァルドゥング。契約は成った」


 元素の光は杖を名付けた時のように眩く光ってドラゴンに収まった。


 ヴァルドゥングの顔がメネウの眼前まで降りてくる。一飲みに食べられてもおかしくない巨大さだが、不思議と怖くはなかった。


 そっと鼻筋に触れる。温かい。


「ありがとう。これからよろしく、ヴァルドゥング」


「うむ。……して、ここを通りたいのだったな?」


「うん、仲間がいるんだ。呼んでいい?」


「よい、我が運ぶ」


 ヴァルドゥングが不意に見学3人組の方を見上げると、風が3人をふわりと包んで下へと運んでくる。


 トットは興奮冷めやらぬ顔で、セティはお宝に目を輝かせて、ラルフは一連のやりとりに渋い顔をして降りてきた。


「やりすぎだ」


「でも仲間になってくれたよ。はい、ドラゴンのヴァルドゥングさんです!」


 メネウが紹介するとトットが鼻息荒くヴァルドゥングを見上げて触りたそうに手を伸ばしている。


 ドラゴンの名前にラルフが目を輝かせているのは、そっと見ないフリをした。


「僕ドラゴン見るの初めてです!」


「ヴァルさん、ここの財宝はアタイが少しばかり貰っても構わないかい? 使うあても無いんだろう?」


 セティは早速交渉に入っていた。フロア全体の所々に財宝の山が出来ている。


 トットに顔を寄せながら、ヴァルドゥングはセティに呆れた目をやった。


 もう少しドラゴンに対して畏怖を覚えてもいいはずだ。誰も彼も態度がでかい、という呆れの目だが、多少減ったところでヴァルドゥングは困らない。習性に従って集めているに過ぎないからだ。


「構わぬ。下の階層へはそこな扉を潜れば階段がある。……メネウよ。我は寛大だから良かったが、下にいるのは我とは比べものにならぬ存在だぞ」


「ヴァルドゥング、俺の肩にいるのは何だと思う?」


「む……」


 親切からの忠告に帰ってきた言葉にヴァルドゥングが目を凝らすと、メネウの肩にいるスタンと目が合った。


 そこにいるのは紛う事なき神の使い。成る程、とヴァルドゥングは得心するとスタンに目礼した。


「ヴァルドゥングは何かと詳しそうだ。できれば色々教わりたいな」


「胸の内で語りかけよ。メネウの目は我の目、メネウの言は我に届く」


「プライバシーの侵害……」


「防ぐ術も合わせて教えてやる」


 おいおいな、と言うヴァルドゥングの鼻筋をまた撫でる。


 セティが満足するまで持ち帰る財宝を吟味したのを見計らって(ダンジョンの外に出たら自分で持ち歩かなければならないのだ、それ程の量は持ち出せない)メネウたちは扉を潜った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る