第51話 装備を見直してみた

「ずっとこのローブ着てるけど、そろそろ変えた方がいいんだろうか……」


 小まめに洗濯はしているし、生地がくたびれたわけでもない。何せ神から与えられた装備だ。たぶん数値的には相当良い装備だろうと思う。


 そんな事を考えながら、ローブをまじまじと手にとって眺めてみた。


(黒を基調に白の縁取りや模様……センスは悪くないし、むしろカッコいい。だけど……)


 地味。


 そう感じてしまうのだ。


 トットはそもそも調合用の白衣がわりのローブだし、ラルフはハーネスの伝手で奮発したワイバーンの革鎧だ。現状入手できる……というか市場に出回っている中でも希少なものを融通してくれたと思う。


 ダンジョンに潜るのなら、少なくともトットの装備は誂えねばならない。


(衣食住……)


 住んでる……というかトンカチ亭は女将さんと娘さんがちゃんと布団も整えてくれるし朝食も出る。


 昼飯も夕飯も食べているし、最近はラルフに野営料理も習っているところだ。ラルフは騎士ギルドにいたからか、一通りの心得があるので頼もしい。


 トットの錬成アイテムに関しては、売上の5割がトットに、4割はメネウとラルフが半分ずつ採取の護衛料として受け取ることになり、残りの1割は食費や宿泊費として受け取って欲しいと言われている。


 ハーネスやリードに直接卸すことで、市場価格の崩壊を防ぎながら需要のある所には流してくれているようだ。さすが商業ギルド。餅は餅屋である。


 それでも売上の1割は多過ぎる上に依頼や結晶の稼ぎもあるので、3分の1……トットの生活費を引いて残った分を、商業ギルドで彼の口座を開いて利鞘を稼いでいた。


 ラルフも思わぬ収入に口座を開いたようだ。余談だが、以前持っていた口座は、バレットの誘拐の賠償に全てハーネスに譲り渡した。


 残るは衣。基本的なシャツやズボン、下着は買い揃えてあるので良いとして、装備だ。


 ラルフの革鎧はもういいだろう。もっと騎士っぽい重鎧が良いなら買い換えるが、彼からそんな要望は上がってきていない。というより、身軽で動きやすい方が少人数での戦闘に向いているので気に入っている節がある。


 ワイバーンの革鎧は黒に近い紫に玉虫色の光沢があって美しくもある。剣とも合っている。オシャレ番長め。


 だが、トットを今のままダンジョンに連れていくのは不安が残る。


「よし! 装備買いに行くか!」


 午前中、ラルフは買い出し、トットは図書館に行っている。メネウは宿屋でお留守番である。今は……あまり街中に出る気になれなかった。


 しかしダンジョンに行くならばそれなりの準備は必要だ。トットに合う武器も探した方が良いだろう。


 自分のローブも、気に入ってはいるが……どうせなら見繕ってもいいかもしれない。


 こうして人知れずオシャレ心に火がついたメネウは、午後から二人を連れて防具屋へ向かう。


 行き掛けに商業ギルドでお金を下ろしたので資金も潤沢である。リードに良い店も紹介してもらえた。


 そこは木造で、黒塗りの外壁にショウウインドウのある見るからに高級店だった。


「ほほほほんとにここに入るんですかメネウさん」


 買い物の楽しさに目覚めたとはいえ、基本は質素倹約をよしとして研究費用と肉以外には払い渋りするトットである。


「お前の装備は今更変えなくていいと思うんだがな」


 メネウの装備品は見るからにオーラが漂う良い品である。ラルフとしては「街中で売ってる物が太刀打ちできるとは思えない」という気持ちは拭えない。


「いいんだよ、オシャレだよオシャレ」


 装備品は身を守るものであってオシャレをするものでは無い。


「いらっしゃいませー」


 穏やかそうな女性店員に迎えられた。


「俺とこの子のローブなんかの装備一式を見繕いに来たんですけど」


「術師系の方ですね。こちらの方に並べてあります。サイズはお直しできますのでお申し付けください」


「ありがとう」


 ラルフは入り口近くのソファで見学である。


 メネウとトットは案内されたコーナーから順に店内を見て回り、思い思いの品を手に取って試着室に入った。


 四半刻程経った頃だろうか。


「ラルフみてみて! どうかな!」


 ラルフが欠伸を噛み殺しているところにメネウが戻ってきた。瞬間、眠気と良識が吹き飛んだ。


「それを脱ぐか、俺とパーティを解散するか、好きな方を選べ」


 つまり今すぐ脱げということだ。


「えー、ダメかな……オシャレだと思うんだけど」


「お前にとってのオシャレとは奇抜という意味か?」


 メネウの着ていたものは、結論から言うと酷いものだった。


 赤と薄桃色の縞々のタイツ。足首に襞襟の着いた赤のラメ入りショートブーツ、爪先は天を向いている。眼が覚めるような真っ青なかぼちゃパンツ、フリルは金糸の縁取り付きだ。


 極め付けは普通の白シャツの上に着た、襟が頭3つ分高い針金入りのローブだろう。裏地は原色の黄色、表は深緑の革製だ。なぜか裾に房飾りがついている。カーテンか。


 見事なまでに奇怪、そして珍妙。街に出たら必ず他人のフリをしたくなる格好第1位といった所だろう。


 メネウは前世で散々オシャレなキャラを描いてきたのだが、フィードバックが上手くいっていないようだ。


 ラルフは出会ってから一番の渋い顔でメネウを試着室に押し込む。


 店員が「あんな服置いていたかしら……」と困惑している声が聞こえた。どこから発掘してきたんだ。


「ラルフさん、これ強そうじゃないですか?」


「トッ……脱げ、今すぐに」


 メネウと入れ替わりで出てきたトットの服装も酷かった。


 何故素肌に鎖帷子を着て、刺さりそうなミスリルの棘が大量についたレザージャケットを着ているのか。肩が特に酷い。落とし穴の中に敷いたら落ちた人間が死にそうなアレだ。


 揃いの首輪と、髑髏のアクセントのついたベルトに、光沢のある黒いレザーパンツを履いている。


「……僕みたいなヒョロヒョロにはまだ似合わないですよね、やっぱり」


「似合うようになったら素行に問題が出てきた時だ」


 こちらも強制的に試着室に押し戻す。


 やはり店員が「あんな尖った装備誰が仕入れたの……」と困惑している。宝探しでもしているのかこいつらは。


「じゃあさー、ラルフが選んでよ」


「そうですね、それがいいです」


 試着室から顔を出したメネウが言うと、同じくトットが顔を出して賛成した。


(結局こうなるのか……)


 まだ常識の覚束ない二人のためだ、と我慢するもため息は出る。


「…………少し待っていろ」


 そうしてラルフは、メネウには元のローブはそのままに革製の胴鎧と腕甲を。


 トットには魔法糸で刺繍の施され、ポケットの多くついた白いローブに、軽い鎖帷子を選んだ。長く歩いても疲れにくい、柔らかい革のブーツも選んでやる。


「おぉーー……なんか戦う魔法使いって感じがする……!」


「僕も、デキる錬金術師感が漂ってます……!」


 鏡の前で喜んでいるメネウとトットに、店員さんも今度は困惑せずに装備の概要を説明してくれた。


 熱心に詳細を聞いて、それをそのまま着て帰る二人の為にそのままお会計をする。


 メネウは店を出るまで自分が選んだ服に拘っていたが、ラルフが本気の目で止めた。


 店を出たラルフが、見ろ、と外にいる人を指差す。


 そこにいる人々は、それぞれ個性を持っている。


 なぜか景色から浮くことは無く、さりとて同じ服を着ている人間もいない。


「メネウ、トット。周りを見ろ。観察しろ。術師は何を着ている? どんな服を、多くの人は選んでいる? その風土に馴染み、その職業が何故、どうしてそういう装備に行き着いたのかを考えろ」


 オシャレ番長は言う事が違う。


 感銘を受けた二人は先行くラルフの背中を憧憬を持って見つめた。


「そういや、自分の服を選んだの初めてだ」


 前世は大型量販店で適当に買っていたのだ。


「僕もです。今回は二人とも失敗しちゃいましたね」


「次はラルフも文句無しの服選べるように頑張ろうな」


「はい!」


 トットとメネウはそっと拳を合わせた。


 一方その会話を背中で聞いていたラルフは、冷や汗が伝うのを抑えられなかった。


(なぜ、はじめての買い物であんな奇抜な服を選べるんだ……? 呪いのアイテムか何かだったのか……?)


 単純にラルフが言ったように周りを見る目が養われていないのだ。それが極端に行きすぎた結果である。まぁ、一部の神が見守ると称して『店にない商品を並べた』のもあるのだが、冗談半分で置いたものを的確に選ぶ辺りあの二人には才能があるのかもしれない。


 ともあれ防具は整った。


 ダンジョン攻略まであと2日。

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