第50話 ダンジョン攻略の助っ人

 ミュゼリアの道、元の場所で足を一歩踏み出した状態で気が付いた。


 時間にしたらほんの一瞬だったのだろう。


 勢いよく振り返ったが、さっきぶつかったフードの男は見当たらなかった。暫く視線で探したが見付けられない。


(アレが、例の神……だったの、か?)


 足元から、スカラベが一匹離れていった。


 軒先の明かりでオレンジに照らされた人混みを歩いて、トンカチ亭に向かう。


 歩いていた足がだんだんと小走りになり、人混みが切れたところで思い切り駆け出した。


 宿屋の前で待ち合わせていたラルフとトット、スタンがメネウを見つけて手を振る。


(これは、ちゃんと現実か?)


 ドクン、と心臓が脈打つ。


 恐怖から少し離れた場所で立ちすくむメネウに、二人と一羽は臆することなく近づいてきた。


「おかえりなさい、メネウさん」


「そんなに汗をかいてどうした。体調が優れないのか?」


「ピロ?」


 スタンがトットの肩からメネウの肩にうつる。


 微かな重さと羽毛の暖かさに鼻の奥がツンと痛む。


「……生きてる」


 ちゃんとこの世界で、メネウは足を大地につきしっかりと生きている。


「……本当に大丈夫か?」


「く、薬調合しますよ!」


 ラルフとトットが心配して声を掛けてくる。メネウは零れてきた涙を袖で拭って首を横に振る。


 転生した事は言ってはいけない。


 だからさっきの事を話す事はできない。


 それよりも、今はこの暖かさが嬉しかった。心底安心出来た。


「よぉし、お父さん今日は奮発しちゃうぞ!」


 メネウが笑って言うと、生ぬるい視線が帰ってきた。


「誰がお父さんだ」


「お金に糸目つけた事あったんですか?」


「無いな」


「いつもお腹いっぱい食べてますよね」


 ラルフとトットの波状口撃も、変な感じだが当たり前で嬉しい。メネウは二人の真ん中に収まると肩を抱いて歩き出した。


「そういう気分ってこと!」


 迷惑そうにラルフには腕を払われたが、隣からは退かない。


 トットは肩を抱かれていても笑ってメネウを見上げている。


 いつもの食堂で、今日もお腹いっぱい食べて、一緒にトンカチ亭に帰って眠った。


 その際女将さんと顔を合わせ言葉を交わしてまたメネウが泣いたのは、彼らだけの秘密である。


 次の日から、また依頼をこなす日々が始まった。


 時にはまたキャンプをしながら、メネウは討伐依頼に埋没した。何かをしていないと、前世に引き戻された事を思い出して怖くなるのだ。


 街中を一人で歩くのが怖くなり、なるべく他人と接触しないように気を付けた。そんな事をしなくてもいいと分かっているのに、どうしても怖かった。


 トットも、ラルフとメネウのサポートを受けて魔物を倒しているうちに、レベルが上がり物理方面のステータスも2桁に増えた。他にも攻撃用の爆薬などを錬成しており、多少なりとも守られるだけの存在から脱却しつつある。


 聞けば錬金術師の工房を巡ったり、図書館に行ったりなどして彼なりに勉強もしているらしい。


 そうしてミュゼリアの街の最短記録で、彼らはCランクに上り詰めた。


「皆さん、お疲れ様です。こちら新しい識別プレートになります。……早速ですが、お待ちかねのダンジョン、挑まれますか?」


「挑む? 挑めるの?」


「ハイ! ダンジョン攻略となると時間がかかります。依頼を受けられていては満足いく場所にたどり着く前に時間が経ってしまうでしょう。期限を過ぎては元も子もないので、ダンジョンは特別に挑むことが許されています。もちろん、実力が無い方を入れてみすみす亡くならせるわけにはいきませんのでCランク以上との規定が定められていますが」


 3人は視線を交わして頷いた。


「お願いします!」


「で。もう一つ規定がありまして……最低で4名で挑んでもらわなきゃいけないんです。もう一人どなたかを入れてパーティを組んでください」


 そしたらまた来てくださいね、とにべもなくカウンターから追い出された。


「め、面子がたりない、だと……」


 メネウが両手両膝をついて絶望しているのを、トットがしゃがんで宥めていた。


 冒険者ギルドは酒場も兼ねているので、喧騒の中では別に目立つことでもないのだが。


「くっそー! ダンジョン行けると思ったのに!」


 子供のように地団駄を踏みかねない勢いでメネウが叫ぶも、その声もまた、喧騒や笑い声にかき消された。


 しかし、それを聞いていた者がいる。ギルドの隅で酒を飲んでいた女が近づいて来た。


「よぉにいちゃん。なんならアタイが手を貸そうか?」


 メネウが視線をあげる。


 褐色の肌に革製のショートパンツと、豊満な胸を前の空いた丈の短いライダースジャケットと胸当、少しの布が覆っている。腰には対の短剣を下げ、紺色の髪に金の目をした女性だった。猫のような印象の、つり目がちの大きな目をした美女だ。


 立ち上がると背はメネウの肩くらいだろうか。


 不敵に笑って見上げてくる。


 不意にステータスを表示して、彼女は言った。


「アタイはセティ。にいちゃんたちダンジョンに行きたいんだろ? アタイもさ。人が足りなくてどうしようかと思ってたんだ」


 片手で識別プレートを見せてくる。ランクはB。レベルも74のシーフで、22歳。少なくとも『守る』必要は無さそうだ。


「あ、の、はじめまして、メネウです。……本当に一緒に行ってくれるんですか?」


 ステータスを表示させて挨拶がてら恐る恐る聞くと、セティはメネウのぎこちなさをおかしそうに笑った。


「なんだい、野良でパーティ組むのは初めてかい? こんなのはよくある事さね、アタイの評判が気になるならカウンターで聞きな」


 カウンターに視線をやると、オッケーです、とばかりに受付嬢が親指を立てた。


 依頼の成功率などは全て記録されている。セティのことは受付嬢も知っているのだろう。


 メネウは笑って右手を差し出した。


「ありがとう、よろしくお願いします。セティさん」


 パン! と手を合わせて握ったセティはカラカラと笑った。


「なぁに堅っ苦しい挨拶してんだい! 男なら握手のフリして女の胸を鷲掴むくらいの気概は必要だよ! アタイの事はセティと呼びな!」


 それをやったらこの世界においても完全に痴漢行為である。


 ちょっと面倒くさい人だったのか? と一抹の不安を覚えたが、竹を割ったような雰囲気は今のメネウには好ましかった。


「さ、後ろのお二人さんもアタイが一緒でも構わないかい?」


 ラルフとトットに聞いているのだろう。二人も了承したので、揃ってカウンターに行き攻略許可を貰った。


 出発は3日後だ。


 また冒険者ギルドの前で待ち合わせることに決めて、セティと別れた。

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