第47話 冒険者の嗜み
キャンプ地に辿り着くと、メネウは山盛りのリザードの肉を取り出した。
ラルフとトットはかまどを組んだり野菜の下処理をしている。
6キロ分ほど取り分けて、またテントを回って肉を配って歩いた。これでもまだまだ山のように肉が残っている。帰ったら女将さんにも分けよう。
ダン曰く、食べられる食材は余剰があるなら周りに分けておいた方が円滑に過ごせる、との事だった。
食糧事情は冒険者にとっては死活問題だ。自分たちが飢えている横で楽しく飯を食われていたら、それは確かにしんどいだろう。変な逆恨みも買いそうである。
「リザードの肉です、よかったら」
メネウがそれぞれのテントに2キロずつ肉を持っていくと、目を白黒させた荷物番の人間がお礼を言って受け取った。
外食続きでもリザードの肉は見かけたことが無かったから、珍味なのかもしれない。
冒険者パーティは荷物持ちや拠点で番をする下働きの人間を雇うものらしい。メネウたちは全く気にしていなかったが、言われてみれば確かに治安的に問題がある。
今後はキャンプ用品はポーチに入れたままにしようと密かに誓った。
メネウを馬鹿にしていたパーティの主力はどこも帰ってきていないようだ。午後から出掛けたのだから斥候だけだろうに、どうした事だろうか。
「あの人たち、まだ帰ってこないんですか?」
「はい、まだ……3パーティで向かってリザードマンの巣を潰す算段なんですけど……」
話を聞くと、メネウが挨拶してすぐに斥候に向かったらしい。だが、近くで野営するという狼煙も伝令も無く連絡が途絶えているとの事だ。
「俺たちも気を付けておきますね」
「すみません、よろしくお願いします」
メネウが自分のキャンプに戻ると、既に調理が済んでいた。あとは肉が焼きあがるのを待つだけだ。
ラルフが鍋をかき混ぜながらメネウに尋ねた。
「奴らは戻っていないのか?」
「うん。連絡が途絶えてるらしいよ。ご飯食べたら様子だけでも見に行こうかな」
キャンプ地で挨拶して回るのは、最低限の横の繋がりを作るためである。
強い魔物の討伐に向かって戻ってこない事があれば、依頼失敗の上に死亡している可能性が高い。そうなればランクを上げて依頼し直す必要もあるため、治安維持の面でも必要な事だ。と、ダンが言っていた。
「メネウさんが行けば大丈夫でしょうけど……」
頭からバカにしていた人間が助けに来たとなれば、変に反発されはしないだろうか、とトットは危惧している。変な噂がたつのはメネウにとっても有難いことではない。
ラルフは黙っているが、もしメネウが乱入したとすれば、それはギルドのランク制から逸脱した行為になる。様子見だけで済まないようなら止めなければ、と考えていた。
「まぁ、もし乱入するならコレの出番だよ」
ポーチからZ仮面を取り出してメネウは笑う。
ラルフとトットはその仮面を見ると「あ、大丈夫そうですね(だな)」と乾いた笑いを溢した。
リザードの肉から落ちた脂が焚き火で跳ねる。そろそろ良い頃合いだろう。
「いただきまーす」
冒険者たちの事は頭の隅に追いやって、まずは食事である。
肉の表面で脂がジュワジュワと音を立てている。下味をつけた肉にかぶりつくと、鶏肉に似た弾力と豚の脂に似た甘みが口の中いっぱいに広がった。
意外とあっさりとした脂なのはトカゲだからだろうか。
しつこくない脂が乗った肉はあっという間に3人の腹に収まっていく。食べる端から各々串に刺しては火にくべて、また焼いては食べるを繰り返した。
野菜スープもラルフの無言の圧力により強制的に食べた。肉ばかりは良くないですね、ハイ。
野菜は野菜で朝買ったばかりの物をメネウのポーチで保存していたので、新鮮で美味しい。味に文句は無いが、メネウもトットも積極的に食事を摂るようになって間もない。どうしても肉に惹かれてしまうのだ。
余談だが、ポーチの中では物は劣化しようが無い。メネウが任意でポーチの空間に物を入れるので、腐敗や劣化を及ぼす微生物はメネウに認識されず、中に入らない。また、酸素も中に入らないので真空無菌状態になる。熱や冷気も『入れない』ので、鮮度がそのまま保たれるのだ。
寄生虫なども勝手に弾かれるため、メネウのポーチに一度入れた肉ならば生でも安全である。
ただ、腐った肉などはメネウが腐っていると認識するために、鮮度が巻き戻ったりはしないようだ。
3人がお腹いっぱいに食べ終わった頃、川の上流の方から複数の気配がした。
あの冒険者たちだろうか。安全地帯とはいえ、魔物が全く寄ってこないわけではない。
まだ遠い地点にいるうちにメネウが魔法で灯りを飛ばして確認すると、やはり例の冒険者たちだった。
何人か大怪我をしたようで、支えられたりしながらよろけて帰ってきている。
「トット、この薬買ってもいいかな」
ポーチを軽く叩いて尋ねると、トットは「それは元々メネウさんのものです」と言って笑った。
あの冒険者たちに使う事が流れで分かったのでトットにしたら面白くない気持ちはあったが、メネウはあの人たちを助けたいからする、のではなく『冒険者としてこうしたい』と思って言っている事も分かる。
「ありがとう。じゃあ二人とも手伝ってくれるかな」
メネウはそう言って、どう見ても潰走してきた彼らに向かって歩き出した。
合流地点でメネウはあるだけの敷布をポーチから取り出し、ラルフとトットと共になるべく平らな所に並べた。
重症者は5人いる。
彼らをそこに寝かせ、軽症者には買っても使っていなかった中級回復薬を配った。
3パーティの面々は、盾役が3人、魔導師2人、治癒師2人、剣士、暗殺者、槍使いという攻撃職が4人だった。計11名いる。約半数が重症を負ったようだ。
「これで全員?」
「あぁ。斥候だけのつもりが、あいつらの規模が予想以上にでかくてな。いつのまにか巣に突っ込んじまっていたらしい……」
軽傷の盾役に聞いた。重装備の彼らは斥候には向かない為、殿を務めていたという。
彼も腕から血が滲んでいる。
レベルやHPという概念はあっても、それは肉体の損傷を数値化しただけで、HPが1残っていれば戦えるというわけではない。
それはただ、まだ呼吸ができて心臓が動いていますよ、という事に他ならない。
怪我や病気はスリップダメージになるのだ。
魔法回復薬は、経口摂取する事で体内の魔力量を一時的に増やし、自動でヒールを行う効果がある。
他人がヒールを掛けるより、自分の魔力を使う為に負担が少ない。
低級ならヒール、中級ならハイヒール、上級は治癒師でも使い手の少ないエクセレントヒールの効能を持つ。
メネウはどの魔法も使えるが、今は薬があるのだからこちらを使うべきだと判断した。
体の負担もそうだが、職業から逸脱した行為は歓迎されていないものだ。
「さ、飲んで」
「飲んでください」
自分で歩ける程度の怪我をした人間は配った中級回復薬で全快するだろう。
動けない人間には3人で上級回復薬を飲ませて回った。みるみるうちに傷が消えていく。
「お、おいそれ上級回復薬じゃねぇのか……?」
上級回復薬は一つ銀貨20枚……金貨2枚の価値がある。どんな大怪我でも大抵は治してしまう『死ぬか破産か』という代物らしい。
彼らはその支払いができる程懐が潤ってはいないのだろう。
「大丈夫ですよ、うちの優秀な錬金術師のお手製で、タダですから」
メネウは笑って告げた。その瞬間、盾役の男の顔色が変わった。相手のレベルは10で、上級回復薬なんて高級品を持っている。コツコツと依頼をこなすよりも、奪ってしまった方が余程稼げる。魔が差した、という瞬間だろう。
その視線を見逃してやる程、ラルフもトットも優しくはない。
「メネウさんに感謝してください。僕は他人を馬鹿にする人は、嫌いです」
「そう言うな。調子に乗って全快した所で襲いかかってきたら、今度は全員重症にして放置して帰るだけだ」
「低級か中級なら手持ちか荷物番の方がお持ちですよね。メネウさんもラルフさんも犯罪者にしたくないので生きて帰ってくださいね」
「アイテム狙いの強盗、ましてキャンプ地でなら正当防衛で済むだろう。メネウはレベルだけは10だからな、レベルだけは」
レベルを見てメネウを侮った上に侮辱した鼻っ柱の高い冒険者がやりそうな事に、釘を刺しておく。
いっそ煽っているような調子のトットとラルフを慌ててメネウが止めた。
「ちょ、ちょっと2人とも……彼らがそんな馬鹿な真似するわけないじゃないか。キャンプ地で争うのは御法度だよ。冒険者がそんな真似したら即刻盗賊落ちだよ。誰がここに来ているか記録を取られてるんだから」
彼らの傷は治ったが、防具も武器もボロボロだ。それで勝てるほどこの3人は甘くない。準備万端でも勝てる理由も道理も無い。
「そうだな。スマン、言いすぎた」
「僕もごめんなさい」
どんどん青ざめていった軽傷だった冒険者たちに、ラルフとトットは満足して謝った。
魔が差しただけで盗賊落ち、その上重症にする何かしらの手を持っていると彼らは言っている。
少し考えれば分かることで、上級回復薬を作れるのなら、相応の毒も作れるということだ。眼鏡をかけた剣士の殺気も肌に刺さる。
ラルフとトットは最初にメネウが馬鹿にされたことが相当悔しかったらしい。
メネウがせっせと治療にあたっていた重症者も起き上がってきた。もう大丈夫そうだ。
彼らが至極恐縮して(何人かは青ざめていたが)礼を言ってテントに引き上げてから、血や泥で汚れた敷き布を回収する。
トットが汚れを分離したものから、順にポーチに戻した。錬金術便利。
「いやー、冒険者っぽい事したな!」
「……そうだな」
呆れるほど鈍いメネウにラルフが疲れたように返す。
その後、テントに戻った冒険者たちはお裾分けの肉を喜んだ。
魔が差した何人かは、何が入っているのか怖くて中々口にする気が起きなかったようで、リザードの肉を食べ損ねて干し肉を齧った。
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