第48話 リ・バース・ザ・リアル
Dランクに上がったメネウたちはなるべくCランクの依頼を受けるようにして早期ランクアップを目指していた。
冒険者ランクEはお試し期間だったらしい。
Dに上がった時点で識別プレートが配布される。冒険者の氏名、ランクが記されており、魔物が嫌う金属で出来ていて、戦死した場合もプレートだけは回収できることが多い事から採用されているとのこと。
長方形の薄い板の両端に穴が空けられチェーンが通してあり、ネックレス状になっている。
トットも少し遅れたが、採取しておいた薬草でEの依頼を複数達成し、無事Dランクのプレートが配布された。
Cランク依頼は討伐の他に護衛もあったが、メネウの「時間が掛かるのは嫌」という鶴の一声で討伐依頼のみを受け続けることとなる。
平均討伐レベルは35〜40で、道中で倒したホブゴブリンのような、数と連携を武器にする魔物も多くなった。
すっかり定宿となった女将さんの『トンカチ亭』では、リザードの肉を分けたことや、金払いがいいのもあってか、日帰り依頼の時にはお弁当を作ってくれるようになったので食糧事情が改善。
何日滞在するかわからないから、と金貨3枚を支払ったのが良かったのかもしれない。
Bランクの依頼が受けられるようになればダンジョン入りできる。
メネウは今、依頼を一つ終えた後に、一人で図書館に来ていた。
学校は首都にしかないが、工房が多く学ぶ人間が多い事、周辺にはダンジョンや魔物が生息する区域があることから、知識の共有化の為に造られたらしい。
ミュゼリア近郊のダンジョン『迷宮・カノン』にはちゃんと神獣がいるらしい。ただ、その最下層に到達できた最後の記録は100年は前になるのだが。
神獣との契約の為にも、今は7つのCランク依頼の達成(Dランク冒険者がCランク依頼を達成すれば1度で3回分と数えられる)に向けて邁進しなければ。そう心に決めてメネウが町の図書館を出たのは、すっかり空が暗くなっていた。
(やべ、トットたち待っててくれてるかな)
ラルフがついているから、もしかしたら先にいつもの食堂に行っているかもしれない。
足早に通り過ぎる人混みの中、道に面した店の軒先に次々と灯りがともる。
トン、とフードを目深に被った男と肩がぶつかった。
「失礼」
「あ、すみません」
互いに軽く謝って通り過ぎた。……すぎた気がした。
ビクッと『椅子に座った身体』が跳ねる。
目の前には横長の大きなモニターが二枚、タブレットが一枚。スケジュールの書き込まれた卓上カレンダー、進行表、赤ペンとボールペンと複数のシャーペン。
スマホを見たら、8月27日午前09:25。
そうだ、自分が死んだ日だ。
少し湿気った黴臭い部屋の中で、エアコンがフオォーと風を送っている。締め切られ、カーテンが閉じた部屋の中に外から蝉の大合唱が響いていた。
呼吸が荒くなる。
心臓が痛いほどに心拍数があがる。耳の奥で血潮が荒れ狂っている音がする。
(俺はこの部屋を、知っている)
脂汗がドッと吹き出た。エアコンは利いていて涼しいくらいなのに、汗が止まらない。
その汗を拭おうと動かした腕が妙に重い。
「ヒッ……」
視界に入った手はペンだこがあるのに妙にぶよぶよとして、それでいて骨張っている、生白い手。
小さな悲鳴が漏れた。
メネウ……山本和也は、鈍重で軋む体を動かしてトイレに駆け込んだ。栄養ドリンクの空き瓶が足にぶつかって何本か吹っ飛ぶ。
便器の中に吐いた。吐瀉物は胃液と水分だけだ。嫌な臭いのする便器に蓋をして、水を流す。
機械的に手を洗ってうがいをし、洗面所の鏡を不意に見てしまった。
酷い隈、落ち窪んだ目、こけた頰に、皮が余って二重顎になっている。背は猫背で右に傾いていて、今見たら髪が所々抜け落ちていた。円形脱毛症だろう。
こんな見た目になるまで体にストレスを与え続けていればそうもなるだろうな、と鏡に自然に手を触れた。
蝉の声は止まない。心拍数も戻らない。呼吸も荒いままだ。
「はっ……はっ……」
ラルフは、トットは。メネウは。セケルは。
フローリングの床が素足に冷たい。じっとりと足裏まで汗をかくのに、体の芯が冷え切っている。
戻りたいなんて、思っていなかった。
今更戻ったとしても、何をしていいかわからなかった。
やっとセケルに素直に礼が言えるようになったのに、やっと他人と食卓を囲めるようになったのに、このワンルームで絵を描く事に生き甲斐を見出せるとはとてもじゃないが思えない。
(怖い……)
そう、怖い。
元々現実だったものが、怖い。
向き合うのが、怖い。
積み上げて来たものは仕事の実績と信頼だけ。人との繋がり、己を大事にすること、過去との折り合い、変わってしまった何もかもを、急に『ここ』に戻されてもどうしていいか分からない。
視界の端に何か動くものがあった。
そこを見ると『スカラベ』が居た。
山本の目が大きく見開かれる。
鈍重な体を無理やり操ってスカラベを捕まえる。そもそもこの虫は逃げる気がなさそうだった。
枕元が黄ばんでいる布団にスカラベを抱えて横になる。
声は出そうと思ってもうまく出なかった。
だから頭の中で必死で唱えた。
(セケル、セケル、セケル……!!)
意識が落ちていく。
あの引っ張り上げられるような感覚も無く、落ちていく。
頭が悲鳴をあげることすら許されない程痛むのに、意識はもう体から離れかけている。
ダメなのか? と思いながら、山本はベッドの上で、もう一度死んだ。
極度の興奮状態に弱った脳血管が耐えられなかった故の、くも膜下出血だった。
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