第46話 野営デビュー
ヤン渓谷へ辿り着いたメネウたちは、冒険者がキャンプ地として使う比較的安全な場所にテントを広げた。
これはギルドで場所を教えてもらい、依頼を受けている冒険者ならマナーを守って好きに使える場所だ。
他にも何組か冒険者は居るが、装備の物々しさから見て彼らの目的はヤン渓谷を上った先にある洞窟のリザードマンだろう。
メネウたちの獲物はリバーリザードとロックリザードだ。討伐レベルは20前後、比較的初心者に優しい獲物だが、統率は無くとも数が多い。
数が増えて下流の川にまで流れ着き、小さな村などで被害が出ているらしい。冒険者じゃない者にとっては脅威だろう。
被害が出た場所には騎士ギルドから派兵されているので、冒険者ギルドには元の数を減らす依頼が来ていたのだ。
同じキャンプ地を使う冒険者には挨拶するようにダンに言われていたメネウは、その教えを守って挨拶して回った。
「どうも、よろしくお願いします」
しかし、ステータスを見せ合うと大抵馬鹿にされたような目を向けられる。というか罵られているのだが、いまいちメネウは理解していなかった。
(レベルが低いからか? うーん、世知辛い)
当のメネウはそう思う程度で、大して気にしていない。
前世でいじめにあった経験から、そういった空気を察知すると言葉を聞き流すように習慣付いている。
それよりも、トットを助ける関係で、一気にレベルが10まで上がっていたのだ。
これは嬉しい。自分が嬉しいのだから、それを他人に馬鹿にされても一向に構わない。
そういうポジティブに自己中心的な思想がうまく根付いていたのでメネウが気にしていないだけで、このキャンプ地を回っただけでも「あら、自殺志願者なの?」だの「武器も買えないから寄生して素材を取る気か?」だの「帰って母ちゃんの乳でもしゃぶってな」だのと言われていた。
そしてそれに怒るのは、メネウでは無く他2人のようだった。
「メネウさん、悔しく無いんですか? 僕、麻痺毒ならその辺の草で調合できますけど」
「依頼より先にリザードマンごと潰すか?」
自分たちのテントに帰ってきたメネウに告げた第一声がこれだ。
「え? 毒なんて使わなくても生息地見つけたら焼き払うからいいよ。なんでリザードマン? 素材欲しいの?」
当の本人が余りに気にしないので、二人の怒りの矛先がメネウに向きそうになった程である。
「早くダンジョンの依頼受けたいから頑張ろう!」
メネウはやる気に満ちていた。
Eランク冒険者がDランクの依頼を1つ受けると、Eランクの依頼を5つこなした事になる。ただし、達成できなかった時の違約金は10倍である。
無理をして冒険者を辞めざるを得なくなった者は沢山いる。
DランクでCランクを受けたら3つこなした事になり、CランクでBランクをこなしたら2つ、それ以上は違約金だけ10倍になるだけで、変わりない。
メネウたちのランクはEだ。今引き受けているDの討伐依頼4つ……残り2つを熟せばランクが上がる。
ダンジョン行きたい、で頭がいっぱいのメネウは『ちょっと頑張って』上のランクを受けることを躊躇わなくなった。
というか、Eランクは採取依頼ばかりで効率が悪かったのだ。市場が傾かない程度の依頼しかなく、時間がかかる。そもそも、メネウもラルフも武闘派である。
トットは勝手に採取をするし、彼にはスタンがついている。
「じゃあ、行こうか。トットはどうする? 素材剥ぐ?」
「いいですね、やってみたいです!」
テントの中にポーチから出したキャンプ用品一式を詰め込んで身軽になったメネウが言うと、トットは瓶ぞこ眼鏡を輝かせて頷いた。
長年狭い部屋の中で暮らしてきた反動に加えて、彼は根っからの錬金術師のようだ。好奇心が凄まじい。
「メネウ、素材を剥ぐなら弓か短剣だぞ」
「だね。魔法じゃ結晶しか残らない」
ホブゴブリンの群れを倒した時もそうだが、死体を全損してしまうと即座に結晶化してしまう。
ラルフの剣のように全損させないように殺す必要がある。時間が経てばそれでも結晶になってしまうので、その前に素材を剥ぐ。
キャンプ地から存分に離れたところで、焼き払わないならと、トット特製の誘魔薬を撒いた。
リバーリザードは川底を好み、ロックリザードは岩場を好む。大きな岩石と川の地形は彼らの好むものだろう。
予め買っておいた弓をメネウが、護身用に誂えた短剣をトットが装備して準備完了だ。
そぞろ獲物が集まってきた。
「10……20……完了報告は魔石でいいし、これだけいたら5体くらい素材にしたら焼いていい?」
「リザードの肉は美味いぞ」
「全部物理でいこう!」
ラルフの言葉にメネウは魔法を封印した。随分と食いしん坊になったようだ。
リザードという種族は、体調80センチほどのオオトカゲだ。どちらかといえば凶暴さはワニかもしれないが、ワニよりかは動きがトカゲのように滑らかですばしっこい。
岩場や川底を縄張りにして群生する特性がある。縄張りの場所によって進化の仕方が違うので、川ならばリバーリザード、岩場ならロックリザードと呼ばれるわけだ。
誘魔薬に釣られて出てきたリバーリザードとロックリザードを一体ずつ処理する。手加減しないと彼らの攻撃力ではミンチになってしまうため、慎重に殺さなければならない。
岩に擬態するための硬い殻を持つロックリザードはラルフに任せ、メネウは川から這い出てくるリバーリザードに矢を放った。
一矢一殺、眉間を狙ってショートボウから矢を放ってゆく。
三ヶ月の密度の濃い鍛錬で弓の扱いも学んでいたメネウが、危なげなく川底から這い出てくるリバーリザードを狩る。
時には弓を斜に構え、3本矢をつがえて一斉に放つ。眉間に吸い寄せられるようにして三体のリバーリザードがひっくり返った。
誘魔薬に釣られているので動きが単調なのだ。
10分も続けると、誘魔薬に釣られていた群れは全滅した。
中和するために退魔薬を上から撒いて、メネウとラルフはリザードを回収しはじめる。
リザードの死骸を山と積んだところで、どこかに行っていたトットとスタンが戻ってきた。
狩には参加できそうもなかったので薬草採取に行っていたらしい。用意したカゴに、こちらも山盛りの薬草が積まれている。
渓谷の奥に魔力溜まりがあるせいか、川端には小さな森が連なっている。多種多様な薬草が生えており、マミアの森には劣るが採取ポイントさえ分かれば短時間でも効率よく採取できる。
冒険者は図鑑片手に採取をするので効率が悪く、生産系の術師は魔物を恐れて採取に赴く機会がない。
誘魔薬でメネウたちが魔物を惹きつけていたので、トットは実に安全に採取ができたようだ。
「よし、解体するか」
「ラルフ師匠、よろしくおねがいします!」
「おねがいしまーす!」
この中で魔物を捌けるのはラルフだけである。
素材はいっぱいある。ラルフ指導のもと、メネウとトットはリザードの解体にあたった。
戦闘よりも余程厳しい指導のもと、山のようなリザードを骨、皮、肉、内臓に切り分けていく。
不思議なことに、素材に切り分けるとコトンと魔石が落ちてきた。解体したことで全損とみなされるのだろう。
全ての死骸を捌ききる頃には空が橙色に染まっており、メネウのポーチに入れてテントに持ち帰った。
(今夜はリザードの串焼きと野菜のスープにでもしよう)
「おっ肉、おっ肉!」
慣れない労働をしたからか、テンションの上がっているトットにメネウは何の気なしに聞いた。
「そういえばさ、トットは何で肉が好きなの?」
「……月に一度の感謝祭の日に、お客様の食べ残しのお肉料理が貰えたんです。いつもは野菜スープとパンだったので、お肉ってこんなに美味しいのかと……、外で食べるお肉はもっと美味しかったです!」
「…………お父さん張り切って焼いちゃうぞ……!」
メネウは目頭を抑えながら力強く言い切った。
ラルフは二人の後ろを歩きながら薪になりそうな枝を拾っていたが、何故か拾う速さが上がったようである。
トットだけはキョトンとしていたが「リザードのお肉楽しみです!」と言ってスタンと戯れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます