第39話 トットの正体

 『そこ』には、物心がついた時にはすでにいたのだという。


 母親と二人、小さなアトリエと簡素な部屋。


 食事は日に2回で、いつも同じメニューだった。


 母親は優秀な錬金術師で、支給された材料で何とか材料を余らせて、トットに栄養を与えていた。トットの錬金術の手法も、その時に母親が編み出したものらしい。


 やがて、トットが10歳になる頃、母親は命令されてトットに錬金術を教える。魔法薬で育ったトットは、尋常ならざる魔力を秘めていた。


 それに気付いた領主がトットのステータス鑑定を行わせた。ステータス鑑定の秘術は教会でしか行えない。


 教会に連行され、ステータスを暴かれ、トットは錬金術師として登録される。


 母親とトットは領主の館で、何年も何年も互いの命を人質にとられて、違法魔法薬を精製させられていたらしい。


「そして母さんは……魔力が尽きて、ろくな魔力の回復手段も無くて、だんだん衰弱して……死に、ました」


 衰弱していく中で、トットに違法魔法薬について、通常の魔法薬について、領主の館について、そして誰が違法魔法薬を蔓延させたのかを教えたという。


「僕は……、顔馴染みになった小間使いの人の隙をついて、逃げました……母さんが死んだら安置所に運ばれるから、それに会いたいとせがんで、その途中で……。館には、常に風暴団の人が居るから……必死でした」


「風暴団だって?」


 何やら先日壊滅させた所と似た名前が出てきたぞ? と、メネウは目を見開いた。


 ラルフも初耳らしいが、これはいよいよきな臭い。


「風暴団は、風の一家のひと柱です……ここの領主は手駒の一つにすぎません。大陸全土で違法魔法薬の製造と販売をしている、巨大組織とお母さんは言っていました」


 風の一家さんには先日、目を付けられることをしたばかりなのであまり関わりたくはないが、トットを放っておくこともできない。


「領主は自分の背後に風の一家がついていると、それを盾にして騎士ギルドに融通を利かせさせています……悪いことだとわかっていても、騎士ギルドの人も上に言えないんです。現場の、自分の一言で、大陸全土で大規模な暴動が起きるかも、と思ったら……僕なら、言えないから……」


 考え込んでいたラルフが慎重に口を開いた。


「いや……他国のギルドとも連携をとって内部調査もしたが、風の一家が騎士ギルドに接触する事は無かった。領主が勝手に虎の威を借りているんだろう」


「今の話を聞くに、ここの販路を一個潰したところで、俺たちを殺すコストの方が高いって思ってくれたら手を出して来なさそうだね」


 メネウの言葉にラルフも頷く。


「マムナクの時もそうだが、手堅く、腐った部分は切り落としながら商売しているのだろう」


「頭が無事なら、っていうか無事な部分の方が常に多い商売をしてそうだ。となると、やるべき事は領主の失墜かな」


 トットは目の前の二人の話に目を白黒させていた。


 具体的に、急速に対策を練る二人の話を聞いていると、まるでそれが可能なように思えてくる。


 トットにとっては狭いアトリエと母親がすべての世界だったのに、それが何だと視界を広げてくる。


「領主の失墜か〜〜……できれば風暴団の人に騎士ギルドとは関わる気が無いって証言をしてもらえると助かるよね」


「そこまでせんでも、民衆の声が高まれば騎士ギルドは動かざるを得ないだろうな。ちょっとした事は揉み消せるだろうが、耳目に触れた数が多ければ揉み消すことは難しい」


 自分たちだけが黙っていればいいのではなく、誰かを黙らせる……そうなってはもはや騎士では無い。


 トラブルに際して騎士ギルドが動かなかった……それだけで暴動は必至だろう。


 そこまで耳目に触れるような事を領主がしでかせば、騎士ギルドも風暴団も手を引くはずだ。


「という事は、派手に行くのがいいだろうな」


「……派手じゃない事があったか?」


「うるさいよ」


 トットはただ、涙をたたえたままの目をポカンと見開いていた。


 なんで個人の手でそれが可能だと、この人たちは思っているんだろう。それが分からなかったから。


「一世一代の大捕物だ!」


 メネウはトットの気も知らずにニヤリと笑った。

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