第38話 気付いたらフラグがたってた

 回復薬を一本精製するのに回復薬草10本。魔力のこもった水、適量。


 薬草を魔力のこもった水で煮込んで有効成分の抽出を行い、錬金術で余計な成分を除いた濃い液体が上級回復薬。


 半分に薄めたものが中級回復薬。


 10分の1に薄めたものが低級回復薬。


 しかも手法は分かっていても錬金術師独特の魔法を使わないと、煮込んだ時点で薬効は飛ぶ。


 余計な成分を飛ばす時に、薬効を飛ばさないようにするのは精密な作業の為に錬金術師でも1日に10本が限度なんだとか。


(……常識よし!)


 脳内で教わったことを反芻して確認する。


 ポーチには金貨60枚の入った革袋がある。


 一箱20枚。これが卸値ということを考えると、相当質のいい品々だったのだろう。3箱目は別に全部埋まっていたわけでは無いし。


(一応目録は貰ってきたけど……)


 上級回復薬最上等120本。


 あとは毒消し、麻痺消し、遠魔薬、誘魔薬、コカトリスの涙(石化治し)、の最上等がバラバラに……コカトリスの涙って何だ。そんな材料採取してたっけ?


「メネウ。売り込みは終わったのか?」


 考え事をしながら歩いていたら、冒険者ギルド帰りのラルフに声をかけられた。すっかり夕刻である。


 残り3つの依頼のうち、今日も1つを片付けたらしい。


「あぁ、いや、終わったんだけどこれからっていうか……」


「……?」


 不思議そうなラルフを誘って人通りの少ない小道に入る。


 今日の出来事をざっと説明すると、ラルフは口に手を当てて考え込んでしまった。


「実は……冒険者ギルドで些か聞き込みをした。例の違法魔法薬に関してだ」


「領主の方はいいの?」


「そっちと繋がりがありそうだ。トットを匿った日から、上位の冒険者が何人も領主に召し上げられている。特に偵察に適した職のものだ」


 はい、フラグですね。


「……嫌な予感しかしないんだけど、トットを探す為、っていうのがすごくしっくりこない?」


「領主の館は北西に位置する。宿屋が対局の位置で助かったというべきか、今ももはや危ないのではないかというべきか。……聞き込みによるところだが、偵察に長けた者は情報の入手もお手の物だからな……パーティから情報に慣れた者が抜けて、違法魔法薬をつかまされた上でギルドを放られた冒険者が何人かいるらしい」


 メネウは脳内で情報を整理した。


 領主は自ら違法魔法薬を蔓延させ、その売上で私服を肥やしていたと仮定する。


 その作り手であるトットを失い、今までは販路にしていなかった冒険者に薬を流している。


 ついでに、販路の邪魔になりそうな情報と偵察に長けた人材の確保をして、トットを探している。


「たぶん、今……収支が合わないよな?」


「だろうな。人件費がかかりすぎだ」


 となると、短期決戦でトットを確保するつもりだろう。


「よし、宿屋に帰ってトットから話を聞こう」


 裏付けが取れてから対策を考えれば良い。


 メネウたちは急いで宿屋に戻った。


 ドアを開けると、トットが「おかえりなさい」と笑う。


 足元にはまた貴重な魔法薬が山と積まれていた。


「う、うん、ただいま」


 毒気を抜かれたメネウは肩を落とし、持ち帰ってきた木箱に魔法薬を片していく。


(ラルフっていっつもこんな気分なのかな、なんか申し訳なくなってきた……)


 しかし、ラルフはトットに関することだと割と冷静に対処しているように思う。


 アトリエ部分以外を綺麗にすると、メネウとラルフはトットに向かい合って座った。


「まず、今日の売上。これはトットの財産だから、トットが受け取るように」


 メネウから渡された革袋の重さに、トットは目を白黒させていた。


「えっ、えっ、うそ……こんなに?」


「そう。だけど、聞いてきた材料や作り方と量も質も時間も合わない。トット、この薬はどうやって作ったんだ?」


 トットはその質問に体を強張らせた。


「今、偵察に長けた者が領主に集められている。誰かを探しているようだ」


 いえない、と言おうとした所で、ラルフが口を開く。


 トットは更に体を強張らせた。


 俯いてしばらく震えていたが、観念して涙目の顔を上げた。


「聞いて、もらえますか……僕の話……」


「当たり前だよ。助けてって言われて、俺たちはそうする事に決めた。トットを助ける」


 メネウがごく当たり前のように告げると、トットが堪えていた涙を流して泣きじゃくった。


「おか、おかあさんが死んじゃったんです……!」


「トットのお母さんが? いつ?」


「いつ、かまえ……っ、それで、ぼく、おかあさんにいわれ、っとおりに逃げ……」


 しゃくりあげながら話すトットに、ラルフが階下にお茶を貰いにいった。


 メネウはそっとトットを抱き寄せると、落ち着くまで小さな背を撫でた。

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