第37話 いくら何でもこんなに使わない

 無邪気な笑顔でトットが言った、これ、とは、この部屋に置かれた山のような魔法薬の事だろうか。


 メネウもラルフも回復薬の値段くらいは知っている。


 最低でも一瓶で銀貨1枚だ。


 魔法薬は、魔法が全く使えない人間でも魔法に準じた効果が得られる薬品全般を指す。


 回復薬しかり、毒消し、魔物除け、麻痺の回復、石化からの回復にも魔法薬が使われる。


 回復薬にも等級があるが、メネウが旅の準備で揃えた物は中級回復薬である。低級は銀貨1枚、中級は銀貨5枚だが、大体の冒険者は中級でHPがフルに回復する。


 お守り程度に中級を持っておいて、あとは低級をいくつか買って済ますのが一般的だ。


「トット、とりあえず貰うかどうかはさておき……これ、何?」


「昨日採取したもので作りました。道具代とお宿代とかを引いても、迷惑料くらいにはなると思うんですが……」


 どう見ても過剰です。というか明らかに採取したものより量が増えている。


 トットが喜んでもらおうとしたのは分かるのだが、メネウたちの頭がまずは追いつかない。


「よし、分かった。正直何がどの薬かが分からないし、トットは自分の食い扶持は稼げるみたいだ。貰うかどうかは置いといて、明日商業ギルドに持って行ってみよう。いいかな?」


 腕組みして考えたメネウが提案すると、トットは沈んでいた顔を上げてこくこくと頷いた。


「じゃあこれを片付けてご飯に行こう。トットは凄いね」


「い、いえ、これしかできないので……」


「14歳でこれだけ出来れば凄いんじゃないかな?」


 凄いどころの話ではないのだが、現在それを言える人間がここにはいない。


 メネウがサラサラとスケッチブックに仕切りのついた木箱を描いて3箱程用意する。


 10掛ける10マスに区切られた箱に、3人で協力して薬をしまっていく。それをメネウがポーチに入れて、後片付けは終了だ。


 床に置いてある道具は、この配置で置いておくことで明日以降も使えるらしい。


 夕飯はトットが食べたいものを、とメネウが言ったので、肉の美味しい飯屋に決まった。


(草食系に見えるけど肉食系だったのか……)


 ラルフは剣士なので当然だが、トットはずいぶん遠慮していたらしい。昨日までとは比べものにならない程注文する。


「ミザリ鳥の煮込みとガット豚の臓物煮込みお待ち!」


 大皿に山盛りに盛られた料理を、3人で取り分け、今日の討伐の話をしながら食べた。


(これがトットが好きな味か……)


 メネウは大事に味わって食べる。


 今後また外に行く事を考え、トットに食べさせるために気を付けて食事をするようになったのだ。


 コンソメと甘辛いタレで煮込まれた鳥は柔らかく、トウモロコシと小麦で練った平たいパンに包んで食べる。


 臓物の煮込みは臭みが取られていて、生姜に似た薬味が効いており、あっさりとしながらも噛めば噛むほど味がして、此方も美味しい。


(あぁ……なんか、楽しいな……)


 味わって食べる、話しながら誰かと食べる、それだけで格段に美味しくなる。


 ハーネス邸や冒険者ギルドの人たちが、何くれとなく世話を焼いてくれていたのは、この味を教えてくれようとしていたのかもしれない。


 今度帰ることがあったら、ちゃんと味わって食べようとメネウは心に決めた。




 翌日、商業ギルドに顔を出してハーネスの名前を出すと、どうやら此方に来ているらしい。


 トットは材料が余っているのでアトリエで作成、ラルフは依頼に行っている。


 この町の支部長と一緒にハーネスが迎えてくれた。


「これはこれはメネウ様! お元気でしたか!」


「ハーネスは来てから君の話ばかりでね。今日はアイテムの売込みだったかな?」


 応接室と思わしき所に通され、恰幅の良いハーネスと渋いロマンスグレーの紳士に迎え入れられる。


 ロマンスグレーの紳士はこの町の商業ギルド支部長でリードと名乗った。


「ハーネス、また会えて嬉しいよ。リードさん、今日はよろしくお願いします」


 挨拶もそこそこにソファに腰掛けたメネウは、香木のテーブルの上に昨日の薬が入った箱を出した。


「俺には何が何の薬で、どの位の価値があるかわからない。量が量だし……鑑定と買取をお願いしたい」


「これはこれは……また、すごい量だ」


「一体どこで手に入れたのですか?」


 リードが箱を見て目を見開く。


 ハーネスもその量にまず驚いていた。


 メネウが何か言う前に、二人はアイテムに夢中になった。


「これだけの量となると、錬金術師が3人がかりで10日はかかりますね」


 なんて?


 と、リードの言葉にメネウが目を丸くしたのは仕方がないことだろう。


 14歳の少年が1日で作りました、とは言えなくなってしまった。


「質も非常によい。これだと通常の魔法薬より回復効果も値段も高くなります」


 一つを手に取り『鑑定』を行ったハーネスが続ける。


「えー……出所は秘密で。この町にいる間はある程度納品できると思う」


「いやいや、まさか。こんな量を作るための薬草を定期的に採っていたら、森が禿げます」


 リードが、ご冗談を、とばかりに笑うのでメネウは曖昧に笑った。


 非常識はメネウの専売特許では無かったらしい。トットの末恐ろしさに冷や汗が背に伝う。


 トットが採取したのは、見ていたから分かるが常識的な量だったと思う。少なくとも群生地でも採り尽くすことはなく、籠も7割程埋まっていたくらいだったはず。


「と、とりあえず今日持って来た分だけでも鑑定してもらえますか?」


「かしこまりました。此方としても、違法でなければ品質の良い品は大歓迎です」


「私も半分引き取らせてもらいましょう。メネウ様が違法薬物を持ち込むわけは無いですからな!」


 その自信はどこからくるんだ、と思いながらも信頼されるのは嬉しい。


(しかし、これ、違法じゃないよな?)


 森で採取した材料で錬金術師が作ったもの。


 それは間違いない、法に触ることはしていない。


 しかし、メネウは買取が終わるまでずっと気が気ではなかった。


 何せ、宿を出るときに「今日も昨日と同じくらいはできると思います!」と言われているからだ。


 この量と材料の釣り合いが取れないことも、異常な作成速度のことも、ちょっと常識をレクチャーしてもらってから問い詰めねばならない。


 そう思いながら、メネウは落ち着いた部屋でお茶を飲んでいた。さり気なく魔法薬作成の常識を尋ねながら、待った。


 残念ながら、味も何もあったものではなかった。

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