第36話 錬金術師トット
木の採集も、トットが目的の木を知っていた為に早々に片付いた。
一緒に行動して分かったが、トットは相当知識があるようだ。空間操作についても、どういった理論でそれが可能になっているかを暇があれば考えている有様だ。
トットとは四六時中一緒にいる事になるのでメネウも能力を隠さなかったが、面倒なのでバレないようにしている、と説明して採取、採集したものは自分たちで背負って帰った。
ギルドに納品し、ヤン渓谷の討伐依頼を4つ程引き受け、例の冒険者の救助依頼を出して宿に帰った。すっかり夜である。
女将さんに、トットの分の追加の宿代で銀貨を支払っておく。
「トット、夕飯は何が食べたい?」
一旦自分たち用に採取した薬草などを宿において食べに行こうとしていたメネウだったが、トットは戸惑っているようだった。
「あの、ご飯無くてもいいので、よかったら……その……道具を買ってもらえないでしょうか?」
これには思わずラルフと視線を交わしたメネウである。
お前がいけ、とラルフに視線で押されてしまったので、メネウはトットと視線を合わせるようにしゃがんだ。
「役に立つって言ってくれたことと関係ある?」
「はい……、僕ができるの、このくらいなのに……道具のこと、忘れてて……」
トットは泣きそうになっている。
役に立つから匿ってくれと言ったのに、そのための道具がない事を忘れていたとあっては、追い出されても仕方ないと思っているのだろう。
メネウが手を伸ばすと、トットが体を強張らせた。
(……虐待、かな)
遠慮なく優しく頭を撫でる。
流しっぱなしのテレビでやっていたドラマで見た、虐待された子供の様子によく似ている。
不器用で不全ではあるが、メネウは別に他人の気持ちが分からない訳ではない。安心させるようにニッと笑った。
「ご飯はちゃんと食べなきゃダメ。道具は明日買いに行こう。それでいい?」
「! ……はい……っ!」
ローブの袖で涙を拭ったトットが大きく頷く。
(まさか、俺がご飯はちゃんと食べなきゃ、なんて言う日がくるとはなぁ……)
トットとラルフと連れ立って、繁華街の飯屋へと向かいながら、メネウはしみじみと空を見上げた。
翌日、3人は町の道具屋へとやってきた。
メネウもラルフも何が何の道具なのかさっぱりわからなかったが、トットは必要な道具を的確に選んでゆく。
銀貨3枚の支払いになったが、メネウの財布はこの程度なら痛まないので問題ない。
宿屋に戻り、女将さんにアトリエとして部屋を使っていいかと許可を取って、トットは道具を広げ始めた。
「俺たち討伐依頼に行ってくるけど、ついてくる?」
「今日はご一緒してもお役に立てないので、宿にいます」
「そっか。じゃあスタン、トットのことよろしく頼むよ」
短く鳴いてスタンはトットの肩へ収まる。随分気に入ったようだ。
メネウはトットの前にしゃがむ。
「もし何かあったら、スタンに『助けて』って言って」
それで大きくなるように、メネウは昨日『お願い』してある。
「わかりました。よろしくね、スタン」
「じゃあ行ってきます」
「行ってくる」
メネウとラルフはヤン渓谷へと向かって出発した。
トットは白いローブを着ている。その腕を捲って、道具を所定の位置に組み、羊皮紙に木炭で何枚も魔法陣を描く。
「分離……抽出……化合……凝固……」
呟きながら描かれる魔法陣は、単純な形ながらトットの魔力を受けて薄く光る。
10枚程用途の違う魔法陣を描き終わると、トットは昨日採取しておいたものを取り出した。
回復薬草、麻痺消し、毒消し、香木、魔木、魔石、他にもいくつもの種類の薬草や香草。袋に入った土もある。
道具屋で買ってもらった薬品も並べて、部屋の中にアトリエが完成した。
アトリエ……魔術工房は、準備の段階でトットが自然に結界を張っている。これはトットに錬金術を教えた、母の言いつけ通りに準備するからだ。
道具と魔法陣の配置で部屋をアトリエ化する。
遠視や透視を防ぎ、元素は通常以上に取り込むという性質を持つ。
「よーし、作るぞ!」
「ピ!」
こうしてトットはアトリエの中で『いつもの仕事』を始めた。
「ただいま。トット、お昼はちゃんと食べた?」
メネウがトットの部屋のドアを開けたのは、すっかり暗くなった頃だった。
昨日と違って買い物してから町を出たので、こなした依頼は一件だけだ。
メネウはドアを開けたものの、部屋に入る事なく足を止める事になった。
「あ、おかえりなさいメネウさん、ラルフさん。お昼は女将さんがパンの残りをくださいました」
部屋中に置かれた無数の瓶。200はくだらないだろう。
その全てに何らかの魔法薬が入って、綺麗に蓋をしてある。
その真ん中で道具に囲まれて笑うトット。
一種異様な光景であった。
「……何でお前の『拾い者』はいつも常識外れなんだ?」
「俺に言うなよ……」
ラルフがトットに聞こえない小さな声でメネウに告げる。
メネウはトットに笑いかけながら、同じくらい小さな声で返した。
「これ、貰ってください!」
トットだけは、無邪気に笑ってそう言った。
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