第40話 謎の仮面XYZ
翌日夕刻、ミュゼリア北西の領主の館を見上げる位置に三つの人影があった。
小高い丘の上に拵えられた館は、町を見下ろす様に山を背にして悠然と佇んでいる。
山岳部に夕日が沈んでゆく。その最後の瞬きがひときわ輝いて彼らの横顔を照らす。
彼らはそれぞれ奇妙な仮面をかぶっていた。白磁の顔半分を覆う仮面は目の部分だけ色ガラスの様なものが嵌められている。
「行こうか。作戦は大丈夫だな?」
「俺がト……ワイと一緒に彼の母親の奪還及び館内の無力化。メ……ゼットが領主の証言をとる」
「お母さんの遺体がある場所までの道はお任せください……!」
何故か彼ら……メネウ、ラルフ、トットの仮面にはでかでかと『XYZ』と一文字ずつ描かれていた。
ラルフがX。トットがY。そしてメネウがZである。
ラルフが意味を尋ねたら「もう後がない、って意味さ」とメネウがドヤ顔で告げたのでそれ以上突っ込むのをやめたらしい。
夕日が落ちきり夜の帳が下りても、領主の館は明々と輝いていた。至る所で篝火が焚かれ、石造りの美しい館を照らしている。
その篝火に照らされるところまで近付いた彼ら三人に、門番が槍を向けた。
「何者だ!」
「領主様に御用なら日を改めるのだな!」
メネウ……Zが地面を蹴って一瞬で距離を詰め、彼らの槍を掴んで取り上げると柄で鳩尾をついて意識を奪う。
倒れ込むところを襟首を掴んでなるべく門から遠い所に投げて捨てた。まだ息はあるだろうし、今回はなるべく命は奪わない方針だ。
「さ、暴れよう。……あ、ちょっと背後でうるさいかもしれないけど演出だから」
「演出?」
簡単に門を突破する(門番が居なくなったので門を開けて普通に入った)と、メネウが筆で門に何やら魔法をかけた。
庭を巡回していた兵士や諜報で雇われた冒険者が続々と現れる。
「何者だ!」
今度の問いかけにはメネウが笑って応えた。何やらポーズ付きで。
さっきはギャラリーが少なすぎたのだ。
「謎の仮面、XYZだ!」
瞬間、背後の塀と門が爆発した。盛大に。色付きの煙をあげて。
メネウが魔法創造で作り上げた威力はあまり無いが爆風と爆音と煙が派手な爆破魔法である。無駄遣いでは無い。演出だ。
トット……Yが爆風に飛ばされそうになったのを、ラルフ……Xが抱えるようにして支える。
「やりすぎだ馬鹿!」
「いやごめんごめん、Yは大丈夫?」
「は、はひ……!」
集まった領主の館の人間が爆発に驚いて身をかがめている間に、小声で素早く声を交わす。
「じゃ、そっちヨロシク!」
煙幕になった煙の中、そのままYを抱えたXが庭を迂回して館に向かった。その足音に気付くものはいない。
Zが結界をかけていた彼ら謎の仮面XYZを除いて、暫く耳は爆音で使いものにならないだろう。
爆発を聞きつけて館から出てくる複数の足音もあった。彼らのけたたましい足音に紛れて、XとYは無事に館へ裏口から侵入したようだ。
一人残ったZは、煙幕が晴れるまで待った。
ただ、スタンを巨大化させて、だが。
兵士や冒険者が体を起こした時には、謎の仮面男と巨大な隼が煙の中から現れた。
「今回はなるべく穏便に行きたいんだけど、投降する人ー?」
不気味さと巨大隼に彼らは一瞬ひるんだ。
XYZは伊達や酔狂で仮面を被っているわけではない(デザイン面は置いておいて)。
ラルフの眼鏡を元にした、全身の認識阻害を引き起こす仮面だ。
彼ら領主側の人間には、変な仮面を被った男、としか認識されていない。街ですれ違う人を見る時に、男か女か、髪は何色か、程度しか認識しないのに似ている感覚だ。
目の前で確かに敵として見ているのに、集中出来ない。その感覚をこちらは覚えているのに、Z仮面は一人一人に視線を合わせて話している。
不気味な感覚だった。
「いない? じゃあ無力化するけど構わないね」
Zはベルトに挿しておいた絵筆を取り出すと、緑の魔法陣を3つ描いた。
「ウイングストーム!」
魔法陣を斬るように筆を振ると、領主の館の玄関前、そして庭の左右から竜巻が彼らを取り囲んで巻き上げていく。
「うわぁあぁぁあ!」
「たす、助けてくれぇ!」
「こんな威力の魔法じゃねぇだろぉぉお……!」
Zはそれを傍目に地面に茶色の魔法陣を描いた。
「バインド」
そして全員巻き上げられたのを確認すると、筆でなぞるようにして竜巻を消した。
巻き上げられていた人間たちは、建物5階~3階分の高さから落下するも、地面がゴムかスプリングの効いたベッドのように柔らかく弾んで怪我をする者はいなかった。
「スタン、よろしく」
全員の着地を待って、スタンが飛び上がり彼らを視界に収める。
「う……?!」
「動けねえ、逃げられねぇぞ……!」
本能的な恐怖に縛られて動けなくなった彼らに、Zは黒の魔法陣を展開させる。
「イモビリゼーション」
黒の魔法陣はZが視認した全ての敵の元に分かれて飛んでいき、彼らを縛る魔法のロープに変わる。
全員を庭に転がすと、Zは悠々と館の玄関を開けて中に入った。
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